第33話 顕現する脅威
光学迷彩で潜伏しながら走り続けていた藤堂兄弟は、遂に修司たちが逃げ込んだ空間に辿り着いた。
通信端末で位置情報を把握していたものの、到達までの障壁が意外なほど低かったことに驚きを隠せなかった。
二人はこれが罠である可能性を否定できない状態でいた。
酒呑童子と思わしき人物たちに近づくにつれて足音を殺し、遂には無音で付近の物陰に隠れた。
藤堂兄弟は修司たちの背後を取り、再びの奇襲をかける好機を窺っている。
「——後ろにいるのはわかっているよ。さっさと出てきたらどうだい?」
修司が振り返らないまま兄弟に向かって語り掛けた。
すべてを見透かされた将人は怖気づいたように奇襲を躊躇う素振りを見せていたが、兄の行動に思わず凝視した。
(将人。迷彩を解け)
小声で弟に伝えた裕斗は光学迷彩を解除し、再び実体化した。
(ちっ、やっぱバレていたのかよ)
(今は逃げも隠れもしないということを証明するしかない)
(……)
将人は不満気な態度を示していたが、兄の指示には黙って従うほかなかった。
藤堂兄弟がゆっくりと物陰から出て修司たちの背後へ近づくと、修司と朧はその変化に気付いて彼らの方に向きを変えた。その表情は真顔から崩れず、奇襲を仕掛けられた時とは打って変わって対話を求めるような姿勢に変わっていた。
「あなた方とは戦いたくありません。どうかここは対話に応じていただきたいのです」
朧がそう告げるが、将人は裕斗が銃撃されたことに怒りを募らせ、両手は拳を作っていた。
「兄貴を撃っておいてその要求は受け入れられねぇな」
「やめろ、将人」
撃たれた本人である裕斗は弟を制止させる。
「ここで斬らなきゃ次はねぇんだぞ?」
「落ち着け。俺たちが敵う相手ではない。傷一つ付けることもできないと分かっただろう?」
何かを言いかけようとした将人だったが、兄の正論に何も言い返すことができなかった。
「——わかったよ。面倒ごとは兄貴に任せた」
裕斗が弟をなだめ終えると、彼は修司たちの前に出て対話に乗り出した。
「一つ聞いてもいいか?」
裕斗の問いかけに、修司は紳士のように優しく「いいとも」と答えた。
「どうして俺の急所を外した?」
「兄貴……!?」
将人は状況を掴めていない様子だ。彼にとっては、銃弾が裕斗の腕を掠めたようにしか見えなかったのだ。急所を敢えて外していたのであれば、銃型ユニットを扱う者としては相当な熟練者という認識になる。
「貴様の射撃技術ならば大きな隙を作っていた我々などいともたやすく殺せたはずだ。なぜそうしなかった?」
「簡単さ。君たちのような若人の未来を撃ち抜きたくなかったのだよ」
修司の答えを聞いた藤堂兄弟は驚きを隠せなかった。果たして彼の発言は多くの大罪を作り続けた悪鬼だと言えるのだろうか、そう既存の考えから大枠を壊されたような感覚に陥っている。
「おっさん。あんたは本当に酒呑童子なのか? 先代から聞いていた話と全く違うぞ」
本音を隠しきれなかった将人が単刀直入に問うた。
「やはり、君たちはまだ気づいていないのか」
修司は藤堂兄弟をからかうように不敵な笑みを浮かべている。
「どういうことだ?」
周囲が静寂に包まれる数秒の沈黙を経て、修司は軽口でも言いそうな口調で答えた。
「——僕自身から酒呑童子であると名乗った覚えはない」
修司の言葉の意図に気付いたのは裕斗だった。
「まさか、その強さをもってして酒呑童子ではないというのか?」
裕斗の疑問に答えるように朧が頷いた。
「我々を酒呑童子の生まれ変わりだと誤認識させた黒幕がいるのです。その黒幕こそ、酒呑童子です」
「嘘だろ? あんたらの上がいるならとっくに
「電妖体ではない」
修司がきっぱりと否定する。
「じゃあ人間だっていうのか――」
将人がそう言い切ろうとした瞬間、音速で飛ぶ戦闘機のような轟音と共に遺跡の壁の一部分が大きく崩れ落ちた。
瞬く間に砂ぼこりが舞い上がり、全員はそれらを吸い込まないように腕で顔を覆う。
次の一瞬には修司たちと藤堂兄弟の間に人の姿らしき存在が姿を現していた。
それは頭部に二本の角を生やし、藍色に染まった長髪を持つ少女だった。
すべてを無に帰すような恐ろしさを解き放っていることを四人は肌で感じ取っていた。すべてが無機物で構成された生ける機械、そしてその中に魂を宿しているような人形だった。
「我は酒呑童子。我を滅ぼした世界に復讐を成すため、ここに来た――」
揺れるエフェクトが掛かったソプラノボイスが空間に響き渡る。
鬼の少女の表情は冷淡で、どこか悲しげに四人を視界に捉えていた。
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