第32話 暗闇を駆ける

 藤堂兄弟の追走は、通信端末の画面上で逃走する修司たちを捕らえ続けていた。

 

 まだ標的を逃してはいない――否、標的を逃してはならない、二人はそう思考しながら疾走する。

 

 色を失った世界は相変わらず薄気味悪く、追われる者たちと追う者たちに対して平等に光を注いでいた。

 

 廃墟から廃墟へと飛び移る光景は守護士であれば見慣れた日常の一つで、標的となる電妖体を追うのであれば当然の行動ともいえる。

 

 藤堂兄弟は現想界の奥地にある遺跡のような場所にたどり着いた。二人はそこで足を止めた。


 出入口が一つしかないその場所へ、修司と朧が入ったためだ。


 現想界の遺跡は決まって幾何学的に形成しており、廃墟や瓦礫の多いこの異世界の中でも異色の風景が広がっていた。


 規則正しく作られた正多面体の石が点在し、それらが神の代わりに拝まれていた崇拝物のようにも見えた。


「懐かしいな。オレらの先代が酒呑童子を倒した場所じゃねぇか」


「敢えてこんな場所に誘い込むとはな。もはやもぬけの殻だというのに……」


 二人は何の因果が関係しているのかを理解するよりも、偶然で片づけた方がいいと捉えた。


「兄貴、奴らはオレたちの戦術を見切ってんぞ。どうすんだよ?」


 将人が裕斗へ目を見やるが、彼の表情は穏やかだった。


「俺たちのやるべきことは変わらない。今度は二人で仕掛けるまでだ」


「この遺跡に呼び込んだのは罠かもしれねぇぞ?」


「だったら飛び込むまでだ」


 裕斗の導き出した答えは一つ――酒呑童子と呼ばれたあの男を仕留めるために前へ進むしかなかった。


「わかったよ。今度はしくじるなよ?」


「ああ。援護を頼む」


「ついでにオレたちの追手にはプレゼントが必要だな」


「また最高傑作か?」


「ちげぇよ。時間稼ぎのために作った良作だ」


「ならばその間にあの二人を屠らなければならん。行くぞ」


 藤堂兄弟は互いの視界から姿を消し、僅かな空間の歪みを形成しながら遺跡の中の闇へ消えた。


   ▽


「——バックアップは任せたぞ。ああ。またあとでな」


 揺れる自律車両の車内では、加奈が通信端末で巧一朗とのやり取りを終え、ポケットに端末をしまい込んだ。


 電妖体の血を引く者たちと守護士協会のツートップが遺跡に侵入して数分後、加奈と麻依は風雷が用意した自律車両で遺跡の前に到着した。


 飛び出すように自律車両から降りた二人は遺跡の全体を見上げた。


 通信端末で修司たちの位置情報を確認し、この先に彼らが逃げ込んだのだと思われる。


「早く修司さんたちを助けないと……」


 加奈はユニットを起動したいという衝動を抑えながら麻依に話した。


「お父さんと朧さんは強いので、きっと大丈夫です」


 麻依も同様に起動を急ぎたくてたまらない。それでも、今は引き金を抜くべきではないと耐えている。


「今は巧一朗が来るまで時間を稼ごう」


 麻依は静かに頷いた。


 二人は段差を警戒しつつ早足で遺跡の中を駆け出していく。


 しばらく進んでいると気温の高い外部に相反して、遺跡の中は鍾乳洞の空間のようにひんやりとした静けさを保っていた。


 閉ざされた空間の中で響くのは二人の足跡だけだった。


 どこまでも暗闇が続く内部を、加奈たちは手持ちのライトで照らしながら前へ歩んでいく。


 遺跡の内部は壁や柱の破片が散らばっており、床には無造作にそれらが意思を失って転がっている。


 所々に点在する石像は、そのどれもが精巧に創られた彫刻で、在りし日の哲学者や各地で伝承されていた魔物の姿を成している。しかし、二人はそれらを観光するような気分ではいられず、すぐそばを走り去っていくだけだった。


 少しでも修司たちとの距離を縮めなければ、人類——そして電妖体の絶滅という最悪の事態を起こしかねない。


 遺跡の内部を駆け抜ける最中、加奈たちの所持している通信端末から悲鳴のようなアラートが鳴り響いた。


「電妖体か」


「かなりの数がいます!」


「私が道を切り拓く。援護は頼んだぞ」


「勿論です!」


 二人は足を止めずに前方をライトで照らした。そこには無数に蠢く四肢を持ったぬえたちが集団で牙を剥き、襲い掛かって来ようとしていた。鵺は数こそ多いものの小動物ほどの体躯では非力に近いため、単体では加奈たちの敵ではない。


 この状況下では否応なしに戦闘を選ぶ必要があった。


 加奈と麻依はサイバーアーツを全身に纏わせ、ユニットの力を解放する。


 行く手を塞ぐものたちを踊るように断ち切り、撃ちぬく。サイバーアーツへの順応も相まってこのままずっと戦い続けたいと願いたくなる。しかし、その選択をすれば重大な機会損失を避けられない状態になる。


 交戦する加奈は、麻依の撃った銃弾の弾道を追いながら鵺を斬り続け、遂に遺跡内部の先へ通ずる道を切り拓いた。


「行くぞ!」


「はい!」


 加奈は背後にいた麻依に呼びかけ、鵺たちの追随を許さない疾走を始めた。それはまるで、最初に彼女を助けた頃のような走りに似ていた。その頃と異なっていたのは、麻依が加奈の隣を走っていたことだ。共に戦う戦友であり、互いに愛おしい絆で結ばれた関係はどんな言葉にも代えがたい存在だった。


 二人の守護士は守るべきものたちを救うため、韋駄天のごとく遺跡の奥深くへと走り続けていく。

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