第24話 願い

 修司と朧は懐かしい友人と昔話をするかのような語り口で、加奈たちに引き起こされた夢の話を始めた。


「君たちがあの蕎麦屋に居合わせたのは決して偶然ではない。コイン投げで必ず表裏が出るような、必然的なものだ。だが夢の話をする前に、僕たちのルーツを教えなければいけない」


 朧が一つ頷いた。


「わたしたちは以前から人間と電妖体が共生できる理想郷を創りたいと考えていました。しかし、元々わたしはあなた方と同じ人間であったため、現想界に棲む電妖体の方々は反発していました。そんな時に、わたしは修司様と麻依さんという親子に出会ったのです」


 朧が麻依に視線を向けると、彼女は観念したように口を開いた。


「——信じられないと思いますけど、お父さんとあたしは電妖体の血を引いた人間なんです」


 その告白を聞いた加奈と巧一朗は、脳内に残っていた謎を一気に解き、一つの結論にたどり着いた。


「そうか、君が若くしてサイバーアーツを扱えたのは、生まれながらにして呪粒子を体内に持っていたというわけか」


「はい。加奈さんや巧一朗さんの思っている通りです」


「麻依ちゃんは最初から守護士の素質を持っていたんすね。にわかには信じがたい話っすけど」


 加奈たちは完全な理解までには至らない。守護士への人体実験以外で現想界に耐えうる肉体を手にする手段が思い浮かばなかったためだ。


「最も、呪粒子という名前が会った事実は麻依から聞いて初めて知ったがね。僕たちの間では『呪術師ドルイド』と呼んでいた。いずれにしても呪われていることには間違いないね」


 修司は皮肉交じりにそう答えた。


「わたしの家系もまた、最初から呪粒子を体内に持つ者が多かったのです。故に現実世界では人権の無かった守護士のように迫害され、現想界の中を生きるしか道はありませんでした。そんな時、修司様はわたしを救おうと手を差し伸べてくださいました」


「僕も人間と電妖体の関係性には辟易していた。負の遺産と向き合う必要のある現状を受け入れなければ事態は深刻になるとね。だから僕たちと同じ境遇を持った彼女を受け入れた、それだけのことだよ」


 経緯を聞き続けた加奈と巧一朗は、次第に自分たちが麻依と引き合わせた理由に近づいていると勘づいた。


「私たちを通じ、『人と電妖体の友和を担ってほしい』——だから顔見知りの麻依と夢で会わせたのか?」


 加奈の推察を聞いた修司は「その通りだ」と答え、笑みを浮かべた。


「なかなか鋭いね。君たちのような守護士サイディアンを、ずっと探していた。電妖体は人の支援なしでは生きられない。同時に現想界が無ければ人類の繁栄はなくなる。だからこそ二つの世界を救ってほしいのだ」


「俺たちでいいんすか? 今のままだと裏切るかもしれないんすよ?」


 巧一朗が疑念の声を出すのも無理はなかった。直に命令を下しているのは研究機関とはいえ、その命令に背けば築き上げてきた守護士協会への信頼は文字通り水の泡となる。


「あなた方はわたしたちの力に抵抗できず、身をもって無力だと知ったはずです。この二つの世界を超越する存在がいることを」


「……」


 巧一朗は何も言い返せなかった。加奈も巧一朗の心中を察し、否定することはできなかった。


 その沈黙を破ったのは、麻依だった。


「あたしからもお願いします。このままだと二つの世界はますますバラバラになって、人も電妖体も滅んでしまいます。あたしたちを助けてください!」


 勢いよく頭を下げた麻依に加奈と巧一朗は驚きを隠せなかった。


「麻依ちゃん……」


 端を切った麻依に、加奈が優しげな声で話す。


「麻依。顔を上げてくれ。私たちの立つ瀬が無くなる」


 加奈は複雑な迷路の出口を探るように熟考した。守護士協会を裏切らずに修司たちの願いを受け入れられないか模索している。


 上層部に虚偽の報告をするわけにもいかず、非情に難しい判断を強いられているようだった。


 麻依たちの願いを実現させるには一人でも多くの協力者が必要不可欠となる。解決するためには人が足りない。


 悩みこんでいた加奈よりも先に、巧一朗が言葉を紡いだ。


「俺の所属する研究所でも協力できないか、ダメ元で掛け合ってみるっす」


 加奈は巧一朗が握りこぶしを作っていたことを見逃さなかった。彼の心の内では今も信じるか疑うかのせめぎ合いを続けているように見えた。


 巧一朗の選択を尊重するように、加奈は一つ頷く。


「麻依のこともある。できる限り私も協力したい」


 修司は笑みを元に戻し、真剣な表情へと変化した。


「いいだろう。君たちが二つの種族の懸け橋になることを期待している。また会おう」


「失礼します」


 修司と朧が踵を返した瞬間だった。みるみるうちに二人の全身が透け、遂には完全に姿を無くした。まるで幽霊にでも遭遇したかのような出来事だった。


「消えた……?」


 加奈が言葉をこぼす。しかし二人は既におらず、僅かながら空気を振動させるだけだった。


「夢じゃないっすよね? 光学迷彩でもここまで完璧な退却は見たことがないっす……」


 現実世界の想像を超えた現象を目の当たりにした加奈たちに、麻依が声をかけた。


「巧一朗さんの言う通り、夢なんかじゃないです。これは全部現実です」


 物憂げな眼を隠せない麻依は、隠していた事実に目を背けないように必死で平静を保っていた。


「麻依、報告を終えたら風雷に戻って佑香さんと話そう」


「はい……」


 加奈がフォローするが、麻依は返事をするのがやっとの状態だった。


「巧一朗も、向こうの研究所は任せた」


「了解っす。できるだけのことはしましょう」


 三人はビルを離れて繁華街の安全な地点まで退避し、三國を通じて上層部へ報告を行った。

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