第7話 女神

 薄情にブツッと切られる音楽。写真を撮るためにスタンバイしていた、七三で黒縁眼鏡をかけたおっさんも、ポケットから取り出した煙草を吸う。俺がそうさせたのか、おっさんは灰色の空を見上げて、眩しい表情を浮かべていた。だが俺は悪くない。……まぁ、非常に申し訳なくは思ったけど。


 このステージからはもう給料が支払われていないようだ。そう感じた俺は、無音の中、一人静かにテントへ向かった。


「あ、あのっ」

「……へ?」


 背中の丸まった俺はうっかり声を出してしまう。既にプリンスレンジャーのレイではなく、県立北谷きただに高校の大雅に戻っていたからだ。

 だが振り向くと、その彼女は一瞬にして俺をプリンスレンジャーへと変身させる。俺は背中をシャキッと伸ばした。

 いやいやだって、流石に誰だってそうなるだろ。瞳を潤ませ、頬を染めるファンが来てくれたのなら。


「あのっ、写真を一緒に撮りたいです……!」


 勇気を振り絞ったように言ってくれた彼女は、前から気になっていた成海さんだった。


 男を意識した女子が多い中、可愛らしい成海さんは俺の中では目立つ。喋り方も汚くないし、清楚な感じも好感が持てる。だが素朴とも真面目とも違う、明るくて素直そうな雰囲気が、なんかちょっといいなと思っていた。

 でもそこまでで、彼女にしたいとか話をしたいとか思っていたわけでもなく、可愛い女の子って印象だけだったんだ。


 成海さんは目をぎゅっと瞑ったまま、俺の返事を待っていた。

 喋れない代わりに手を取ると、成海さんはハッと目を開けて、真っ直ぐレイを見たんだ。


 触れた手と、濡れた瞳が熱っぽくて。

 それは俺の中の何かをはじき飛ばしたり、掻き立てたりする。


 それからは俺なりにレイをフルに演じて、成海さんと一緒に写真を撮った。肩に腕をまわしたのは設定上の産物で、決して要らぬ心がそうさせたわけではない。俺だって同じクラスの、気になる女の子と二人きりで写真なんて、なかなかなんだぜ。隣でピースなんてヒーローが出来ないだろ。そもそも子ども相手の予定なんだから、マニュアルとの不一致が起こるのは理解がいく。


 つまりだ。

 何が言いたいのかというと、この時の心臓はヤバかったってことだ。


「嬉しい……。あの、今日のレイくん、一生懸命ですごく格好良かったですっ」

「え⁉」


 思ってもみない言葉に、今度はうっかり大きな声を出してしまったんだ。

 だいぶ焦ったが、成海さんはおっさんの手から戻ってきたスマホに感動していて、声には気付いていない様子。俺は、ほっと胸を撫で下ろし、成海さんの言葉を思い返して喜びに浸った。


「もう少し一緒にいたいですけど、片付けも始まっちゃってるし……名残惜しいですが帰ります」


 成海さんの口から何か言葉を紡がれる度に、ドキッとさせられていた俺。だけど平然を装い、俺はレイとして頷いて手を振ると、成海さんは大輪の花が咲いたように、ぱぁっと朗らかに笑ってくれたんだ。

 ああ、すげぇ。思い出すだけで、今も胸が熱くなる。


「また会いに来ますね」


 成海さんはそう言い残して、スマホを胸に抱えながら帰っていった。


「大雅くん、着替えてきていいよ」


 叔父さんの撤収を促す声が背中に聞こえてきたが、俺は成海さんの姿が消えてしまうまで見送った。早足になる心臓の音と、ループする成海さんの言葉。そして頭から離れない成海さんの色んな表情。これだけ条件が揃えば、誰だって自覚するだろう。


 そう。俺はこの日、成海さんに恋をした。

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