未洗練な僕らは仮面の下で恋をする

りほこ

綾瀬大雅

第1話 恋心

 十二月の廊下は陽の光も届かず寒い。

 だがアホでかいストーブの影響で、教室は火照るほど暑く、むしろ換気のために開けられた窓と、廊下の冷気が有り難いとさえ思えてくる。特に授業中の貢献度は半端ない。

 俺はチャイムが鳴る度に、薄暗さと冷気を背中に、右隣からはゲーム論を浴びていた。


 最近は、ここが俺の定位置。


「はぁ~。かっこいい……」


 窓側の席で頬杖を付いて熱いため息を零すのは、成海なるうみ妃色ひいろ、一七歳。


 自然な栗色をしたサラサラヘアーが好きだ!

 その頭をそっと撫でる風に俺もなりたい!

 なんならその髪になりた――


「なあ大雅たいが、聞いてるか?」

「ああ翡翠のチェストプレートが手に入ったんだろ? 良かったな。俺はまだだ」


 煩悩とは裏腹に涼しく答える俺。


「だろ~。俺スゲーから、のキングだから~」


 せかせかとは、スマホアプリゲーム「メイクTHEワールド」、縮めて「せかつく」をもじった愛称のこと。

 そして俺の顔を見るなり、ゲーム記録を延々と話す金髪頭のこいつは、友達の麻生あそうだ。

 麻生が鼻高々に、でろーんと窓枠へ身を預けると、すりガラスはボロそうな音で鳴いた。


 実のところ、あまりゲームに興味はないのだが、だからといって友達の話に付き合わないほど、俺は薄情ではない。ただ今は集中出来ない事情があって、上辺だけ繕った形になってしまっているが、放課後は時間を待ち合わせてオンライン上でも遊んでいる。それは仕方がなしではなく、特別苦じゃないから誘いを断ったりはしないってだけで。

 それにやっぱ友達だから、いつの間にか楽しくなるもんなんだ。


「大雅~。今日も、せかせか出来る? バイトだっけ?」


 その質問に一点を見つめたまま俺が短く返事をすると、麻生は肩を落としたように「ちぇ」と吐き捨てた。

 フレンズ登録者数は日々更新しているだろうに、俺と遊びたいとは可愛いやつだな。

 悪いが今日は、フレンズと共に国民を豊かにしてやってくれ。俺はリアルで世界を救わねばならんからな。


「悪いな」

「いいよ。しょーがねぇもん」


 麻生は俺の顔を見上げてあっけらかんと笑うと、ため息混じりに「じゃあ大雅のために材料調達でもしておくかー」と言って、壁に凭れたままズリズリと腰を下ろした。盛大に足を開いてしゃがむと、麻生は見上げるように黒目を動かす。そうすると容易く目視出来た、額の皺。


 業間前、三時限目の自習時間での話。


 男子はどいつも自分の席から離れず、動画観てるかゲームして過ごすかってとこ。で俺は音楽聴きながら、今と同じように可愛い可愛い成海さんで頭をいっぱいにしていた。

 もちろん脳内より直に観たいのは山々だが、俺の席からだと振り向かなければ成海さんは見えない。だから取りあえず妄想で楽しんでいた。


 女子の方は、立ち上がってまで友達の元へ駄弁りに行ってるやつが多かったかもな。

 女子ってのは、男子に人気の若い先生を年寄り扱いしてるくせに、井戸端会議しているおばさんと変わりのないことをしていた。


 そんな中、俺の前の席に座る麻生は、睡眠時間を減らしてまでゲームをしていたらしく爆睡していたのだが、そこへ顔面を厚化粧で武装した女子二人が現れると、無抵抗をいいことに勝手に前髪を結び始めた。

 それが終わると二人組は、俺の方。後ろに振り向いてきた。

 一人は片目を瞑り、人差し指を口元に立てて、俺へ強迫ポーズをとる。もう一人は、笑って人差し指だけを立てていた。でもびっくりするくらい可愛くなかったから、俺は表情一つ変えること無く、スマホの音量を上げてやり過ごしたんだ。


 どうやら麻生は、まだ前髪の変化に気付いていないらしい。顔がいい麻生だから被害は少ないだろうけど、そろそろ訊いてみてやろうかな?


 声を掛けようと口を開くと、麻生は俺に気付いたようで、目がバチっと合った。すると突然。


「お。パンツ見えそう」


 麻生は無料アプリでもポチる感覚で、立ち話をしている女子のスカートに向けて手を伸ばした。


「やめてよ~」


 振り返った女子は、口に反して満面の笑み。


「うぜー」

 うぜー。


 一体なんの遊びだよ、麻生。見る気もないくせに。


 きゃんきゃんと煩い声をフル無視して、麻生はまた飽きもせずにせかせかの話を再開させた。だから俺の方もフル無視で目線を戻させて頂く。


 今日も成海さんは紺のブレザーがとてもよく似合っていた。

 男女揃いのネクタイを、ふんわりした雰囲気の成海さんが身に付けていると、なんともいい。リボンも似合うだろうが、可愛いのにネクタイっていうパターンが最高だと思う。何より俺と同じだしな。


 くっ。中に着ているセーターが長いのか、袖口から指先だけ見えているのが堪らん!

 無論、成海さんだから発動する効果だ。


 その可愛い成海さんを、二人の女友達が取り囲む。

 確か成海さんの方を向いて、椅子に跨がっている前の席のやつが野島のじまで、成海さんの席の横で、こっちに尻向けて突っ立ってるもう一人が真辺まなべだったか。


 正直、成海さんに被るから邪魔だ!

 だが、成海さんの笑顔のためになるなら許そう!

 何を隠そう俺は、成海さんのことが好きだから!


「大雅よ、呼吸が荒いんだが」

「ぜぇぜぇ。あ、あぁ~、大丈夫だ。ストーブのせいだからな。心配かけて悪い」


 麻生はニヤリとして、俺はヒヤリとする。


 い、いかん。心の中とはいえ、麻生の前でまた告ってしまった。


 麻生は首元の後ろを掻いて気怠そうにしている。

 俺が成海さんを好きだってことは、麻生でも知らない。流石に付き合ったら一番に話すけど、別にいちいち報告することじゃないだろ?

 だから普通に教えていない。……というよりもまぁ、恥ずかしいのが本音だ。


 ストーブ、暑いな。


「はぁ~。かっこいい……」


 成海さんはまた、ケラケラ笑う二人の真ん中で、目をトロンととろけさせた。


 ああやばい。すっげぇ好きだ……。

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