私は読者も仲間もいらない

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

私は私が満足できれば、それでいい

 今回のお題は「私と読者と仲間たち」か。他の人らがどんなもの書いてるか、見るまでもないわね。どうせ作家志望者のぬるい思い出話とかを書きたがるんでしょ?

 「カクヨムをやってたおかげで仲間にも恵まれて幸せな執筆生活が遅れるようになれました」なんてのもありそうね。ふん、進研ゼミの漫画かっての。

 もちろん私にだって、そういう短編を書いたほうが受けがいいことくらい分かってる。今回のコンテストは「作者でもあり読者でもある」人が大勢参加している以上、作家志望あるあるみたいなネタを書けば評価してもらえることは想像に難くない。

 けれど私はそんなの書きたくない。

 読者に媚びて評価してもらうなんてのはまっぴらごめんだ。

 私は自分がいいと思ったものだけを書いていたい。

 極論、私は他人の評価なんていらないんだ。

 自分が満足できる小説さえ書ければ、それでいいのだから。


 卒業式を間近に迎え、私のクラスも惜別のムードが漂っていた。

 とはいえまだ高校一年生なので、この学校とお別れするにはまだ早い。来月にはクラス替えが行われるから、今のメンツと別れを惜しんでいる子が多いっていうだけだ。

 私は環境が変わってもそれなりにやっていけるタイプだから不安は無いけどね。「私と読者と仲間たち」のお題に沿った面白い短編のネタが思い浮かばないことのほうが不安なくらいだった。

 そんな最中、何の因果かクラスメイトの送別品を私が用意する羽目になった。谷岡という男子がどこかへ転校するのだという。

 適当な寄せ書きでも用意して渡せばいいだろうに、わざわざそんなものまで用意しようだなんて。このクラスはよほど情が深いらしい。担任の先生と学級委員長からお金を預かった手前、何を渡すか考えなければいけない。

 谷岡。印象も何もない、無味無臭の男子。休み時間のあいだ、ずっとスマホをいじってるイメージしかなかった。私と違って友達と話しているところもほとんど見たことがない。谷岡という名字であることも、ついさっき知ったくらいだ。それくらい興味も関心もない男子だった。

 スマホが好きなら課金用のプリペイドカードでも渡せばいいか。そう思っていた矢先に、谷岡のスマホ画面が目に入った。

 あれはカクヨムのワークスペース画面だ。ユーザーネームは「VALLEY HILL」。そのまんまじゃない。

 私は家に帰ってからそのアカウントを見つけて、どんな小説があるのか試しに読んでみた。

 私は本来、素人が書いた小説なんて読む価値が無いと思っている。本屋に並んだものだけが真の小説であって、それ以外のアマチュア作品はまがい物であるとさえ考えている。だからカクヨムでも他人の書いた小説をわざわざ読みに行くようなことはしたことがなかった。

 そんな私が谷岡の小説を読もうなんて思ったのはただの気まぐれでしかなかったんだけれど。

 谷岡の小説は圧倒的に面白かった。

 短編は二度三度とヒネリが効いていて、一万字に満たない小説とは思えないほどの読み応えがあった。長編は全体的に淡々としてはいるものの独特の情景描写が冴え渡っていて、固有の世界観を確立していた。

 アマチュア小説にのめり込んだのはこれが初めてだった。しかも書いたのはあの地味な男子の谷岡。

 この宝石のような小説たちを生み出したのが、アイツなわけ?

 そんな不条理に苛まれながら、私は日付が変わってからも谷岡の小説を読みふけっていた。


「谷岡くん。聞きたいことがあるんだけど」

 翌日の放課後。早速私は彼を問いただすことにした。一週間後にはサヨナラして二度と会うこともない関係性だ。深堀りしたって構わないだろう。

「あなた、ネットで小説書いてるのよね。チラッとそれらしいのが見えたわ」

「そうだけど、それが何か」

 動揺するかと思いきや、谷岡は少しも表情を変えなかった。

「悪いとは思いながら、どんな小説を書いてるか見せてもらったの。面白かったわよ。それを伝えたようと思って」

「俺のをチラ見してすぐ気付いたってことは、水原さんもカクヨムで小説書いてるってことか。見せてよ」

 思わぬ展開に私の方が動揺してしまった。まさかそう来るなんて。

 けれどそんな気持ちの揺れを谷岡に知られたくなくって、私は平気な風を装いながら「ほら、これがユーザーネーム」とスマホの画面を見せた。

 谷岡は「へえ」なんて興味のあるんだかないんだか分からないような声だけあげて、あとは黙って私の小説を読み始めた。

 まだクラスメイトがチラホラ残っているというのに、あの谷岡に自分の小説を読まれているというこのシチュエーション! 面と向かって人に自作を読んでもらった経験の無い私にとって、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいことだった。

 「ミズ、なにしてんの? 谷岡と仲良かったっけ?」なんてクラスメイトから声をかけられた時は死ぬかと思った。「転校する前に話だけしとこうと思って」なんて言って適当にはぐらかしておいたけど。

 谷岡が私の小説を黙って読み始めて三十分は経っただろうか。流石にもう耐えられない。

「谷岡くん、私の小説読んでくれたのは嬉しいけど、三十分も待ちぼうけにさせるってのはヒドいんじゃない? 私、これから用事があるから、感想があれば適当にコメントしといてね」

「読み始めてまだ十分も経ってないけど」

 ハッと気付いた。実際はまだ七分程度しか経っていなかったことに。針のむしろだったから勘違いしていたのだ。

 恥ずかしさのあまり「そ、そうだったわね! どう、感想は?」なんて言って無理やり話題を変えた。

「水原さん、こまめにコメント返ししてるんだね。俺はそういうの一切しないから新鮮に見えた」

 「小説の感想じゃないんかい!」なんておどけて言ってはみたものの、その指摘に心がざわつくのを感じていた。

「あと、けっこう尖った感じの小説が多いね。もっとベタなのが並んでるのかと思ってた」

「それを言ったら谷岡くんもじゃない? すごい独自性があって、本当にスゴいと思った。自分の書きたいものを、ただひたすら追求して書いてるってのが伝わってきた」

 これはお世辞なんかじゃない。認めたくはないけれど、私は谷岡の小説を書く姿勢みたいなものに憧れを覚えていたんだと思う。

「私も、私が書きたいものだけを追求して書いてるつもり。受けるように狙って書くことだけはしないでいるから。実は私、周りと違ったのが好きなんだ」

「へぇ、そう」

「他人からの評価なんて私には必要ないの。自分さえ満足できればそれでいいんだから。谷岡くんもそうだよね? けっこう似てるね、私たち。仲間みたいだ」

 うっかり甘い言葉を投げかけてしまった自分に気付いた。らしくないな、なんて思いつつも谷岡のリアクションが気になってしまう。

 けれど谷岡はいつもの能面のまま、思いもよらぬ言葉を返してきた。

「でも水原さんって中途半端じゃない?」

「え。なに、それ。どういう意味?」

「自分が書きたいものだけを追求してるんなら、わざわざネットに上げて世界中に晒す必要なんて、ないと思うけど」

 その通りだと、思った。思ってしまった。

 けれど認めたくなくって、反論してしまう。

「いやいや、でも谷岡くんだってネットに上げてるじゃない。少なからず自己顕示欲がある証拠でしょ」

「俺? 小説なんてただの暇つぶしだよ。くだらない。もう終わりにするつもりだったんだ」

 谷岡がスマホを操作し始めた。嫌な予感がする。思わず、谷岡のページを確認した。

「谷岡くん、あなた本当に……!」

 谷岡は、自らのアカウントを抹消してしまったのだ。

「俺は親が転勤族でね。もともと、この学校には一年くらいしか居る予定はなかったんだ。次はイギリスに行くから、日本のウェブサービスにはもう興味なんて無いよ。向こうでは別の暇つぶしを見つける」

 私は言葉を失ってしまった。

 谷岡は椅子から立ち上がり、帰り支度を始めた。そして去り際にこう言った。

「俺は、俺が決めたルールに従って生きているつもりだけど。でも水原さんのは違うよね。ただ、ぜんぶが中途半端なだけだ」




 カクヨムの通知に気付いた私は、感想文に対して丁寧なコメントをしたためた。そして感想をくれた人をフォローした。

 谷岡が転校して一ヶ月が経った。新しいクラスメイトとはすぐに仲良くなれた。特に不満もなく学校生活を楽しんでいる。

 けれど私は、彼が言うところの「中途半端な人間」なままなのだろう。友達もほどほどに居るし、何より自己顕示欲が捨てられない。

 自分が書いた小説を誰かに評価してもらいたいという気持ちは、どうしても残ったままだ。

 そう、評価がいらないなんて嘘っぱちだ。本当の私は、どこにでもいるただの小説書きだ。評価がもらえると嬉しくなって、ついコメント返しをしてしまって、あわよくば商業出版ができたらいいな、なんて夢物語まで思い描いてしまう、どうしようもない一般人だった。

 谷岡は、あの光り輝く作品群を何のためらいもなく消し去ってしまった。彼にとっては、小説執筆なんてのは本当に時間つぶしでしかなかったんだ。

 私は彼のようにはなれない。ああいう人間に、心のどこかで憧れがあったのだと、今では思う。

 他人から好かれたいのならそのための努力をするべきだし、アウトローを気取りたいなら八方美人ぶるの止めなければならない。

 私は前者を選んだ。人から嫌われてまで自己を追求する茨の道は、私にとって険しすぎたのだ。

 けれど自分の心に向き合った途端、心の中の汚泥が雪がれたような、そんな気持ちになった。

 やっぱり私は凡人で、人並みに承認欲求があって、チヤホヤされて生きていたいのだ。

 『でも水原さんのは違うよね。ただ、ぜんぶが中途半端なだけだ』

 谷岡の言葉が頭の中でリフレインする。あんなの、ボッチ野郎のたわごとだ。誰からも相手にされなかったから、私のことを僻んでいるだけなんだ。そう思いたかった。

 けれど、どうしても否定できなかった。

 彼の生き様が、カッコよく見えてしまったことを。

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