裏文芸部はこうして結成された!

高山小石

裏文芸部はこちらです!

「くっ。また負けたとか」

「今回もまた惨敗だったねー」

「~~まだまだ! 次も勝負よ!」


 有名進学女子高校には文芸部が2つある。

 ひとつは『文芸部』。いわゆる普通の文芸部。

 もうひとつが『裏文芸部』。こっちは非公式で部員数もわからないながらも、確実に存在している。

 

 できた切っ掛けはささいなことだった。


「今回もすっごい良かったよー」

「続き、楽しみにしてるからねー」


「嬉しい! ありがとう!」


 さえないクラスメイトが囲まれて褒められているなんて何事か、とクラス委員は思った。なんであんな子が注目集めてんのよ。


 さりげなく囲んでいた子に聞いたら、小説を書いているという。

 はっ。さすが暇人はこれだからと意地悪く思っていたら、その子の口は止まらない。


「も、なんていうか、あーもーっ、んーーって感じで、病みつきになるんだよー。読まなきゃもったいないよー。読んで読んで読んでー」


 あの、手足をバタバタされても全然わからないんだけど。もう少し日本語で話してくれないかしら。

 

 その子からそれ以上を聞き出すことはあきらめて、問題の小説が載っているというサイトを教えてもらった。

 

 帰宅して日々の勉強を終えた後、おもむろに小説サイトを開く。

 ちなみにクラス委員は、これまで小説といえば、ベストセラーや話題になったもの、有名人の作品やおかたい賞をとったものしか読んだことがなかったので、小説サイトを見ることさえ初めてだ。


 こんなサイトがあったのねぇ。

 私の貴重な時間を使わせたんだから、つまらない内容だったらゆるさないわよ?

 まぁでも、けちょんけちょんに批評してあげるためなら、貴重な時間を使うこともやぶさかではないけどね。


 ぴっしゃぁああん。


 クラス委員の衝撃はまさに青天の霹靂だった。

 

 なにこれ! なにこれ!! なにこれ!!!

 こ、こんな小説があったのね。

 すごい、すごいわ! 確かにあーもーっ、んーーって感じだわ! 

 え、もう読み終わってしまったじゃない。続きは? 続きはないの?


 どれだけクリックしたところで続きが表示されることはなく、仕方なくクラス委員は同じ作者の別作品を読んで心を落ち着けた。


「あの、昨日は教えてくれてありがとう。その、あんな小説って他にもあるの?」 


 クラス委員は昨日さりげなく聞いた子に再びたずねてみた。


「あるあるあるある。すっごいあるよー。あれ気に入ったんだったら、似た作品を教えるねー」


 その日からクラス委員の日課に『ネット小説の読書』が増えた。


   ※ 


 クラス委員はとても真面目だった。

 オススメ作品をどんどん読み進めて、ついには自分でお気に入りを発掘するまでになった。

 そうして読んでいくうちに、誰もが思うところに至った。


「ねぇ、私も書いてみたんだけど。ど、どうかしら?」


 あの日から親しく話すようになった子に、恥ずかしながらも自分が書いた作品を差し出したのだ。


 差し出された子はびっくりした。


 ええー? これって初めて書いた作品、いわゆる処女作だよね? 恥ずかしくないの?

 あぁ、顔、真っ赤だから恥ずかしいけど見せてくれてるんだ。

 真面目で気難しい子だとは思ってたけど、なんかカワイイかも。


「大事に読むね」


 数枚の紙をうやうやしく受け取って、ぱらりと読んでいく。


 んんんんーー?

 漢字多っ。表現が教科書みたい。私には難しすぎるよー。

 や、小説だからそれでいいんだけど、これ、誰向けに書いたものなんだろう?


「えっと、家でじっくり読みたいから、持って帰ってもいい?」


「ええ! よろしくお願いします!」 


 大事な処女作を預かった子は、他のクラスにいる友達と一緒に帰った。


「あのさー、例えば、小説読んでって言われて読んだんだけど、難しくって、どう言っていいのかわからない場合はどうしたらいいと思う?」


 他クラスの友達はピンときた。

 『例えば』『友達の話だけど』が枕詞まくらことばにつけば、だいたいが自分の話だ。

 

「あんたって二次から入ってようやくオリジナル読み始めたばっかだもんね」


「そうなんだよー。一次創作だってネットのしか読んでないし。普通の小説って教科書や授業でしか読んでないから、どう言ったらいいのかわからなくって」


「ああー。感想って難しいよね。そんなつもりじゃなくても傷つかれることもあるし。まぁ二次はもっと激しいけどね」

 

 友達は物心つく頃から二次創作をたしなんでいたので、すでに数々の苦渋をなめてきていた。


 今まで仲良くしていたのに、推しがカブっただけで「同担はゆるせないの」って仲違いされるとか意味わかんないんだけど!


 推しが一緒でも相手が違うとか、かけ算の左右が違うだけで「あなたとはわかりあえないと思う」ってなんなのよ!


 友達と推しは別腹でしょ!!


 そんなわけで、友達は悩める子羊に言葉を選んで慎重に答えた。


「あのね。小説を読んで思うことは本当に千差万別、人の数だけ感想があるんだよ。同じ人だって、そのときの状況や気持ちや年齢が違えば、同じ作品に対して感じることが変わる。苦手な作品を好きになったり、好きな作品を苦手になったりもする」


 二次あるあるだ。

 前まで知らなかったカップリングに興味を持ってもらえたり、素晴らしい作品にじそうさくに出会えば、今までの自分カップリングが間違っていたと思ったり。


 まぁ最終的に、みんな違ってどれも美味しいなんだけど。


「だから、相手や作品を否定する言葉じゃなければ、素直に言うのが一番いいと思う。とにかく自分と違うからってだけで否定するのだけはダメ」


「わかった、と思う。がんばる」


   ※


「あのね、家で何回も読んだんだけど、私、ちゃんとした小説を読んだことなくて、あんまりわからなかったの」


「そうなの……」


「あっ。あっ。でもね。読んでたら、教科書に載ってた小説を思い出して」


「もしかして○○?」


「そう! すごい。よくわかったね」


「嬉しい! 私、あの作者が一番好きなの!」


「そうなんだ。なんとなくそんな感じがしたってだけしかわからなくって。せっかく読ませてくれたのに、ごめんなさい」


「ううん。真剣に読んでもらえて嬉しい。ありがとう」


「それ、どうするの?」


「どこかに残しておきたいとは思ってるんだけど」


「じゃあ、小説サイトに載せてみる?」


「あ、あのサイトね」


 すっかり小説サイトに慣れたクラス委員は少し考えてから口を開いた。


「私のはちょっと違う感じがするから、もう少し探してみるわ」


 クラス委員は真面目だった。

 もちろんあのサイトで読む小説は大好きだ。今でもずっと定期的に読んでいる。

 でも、自分でも同じような作品を書きたいかというと、ちょっと違うような気がするのだ。というか、きっと同じようには書けない。


 自分が書けるのは、書きたいのはーー。


   ※


「ここにしたんだね」


「そうなの。ここなら私と似た感じの小説が多いから、同じような作品を好きな読者もいるのかなって思って」


 確かにその小説サイトは、最初に紹介した小説サイトとはテイストが違っていて、クラス委員の小説に合っているように思えた。実際、年配者からの丁寧な感想が書かれるようで、クラス委員は感想を励みに技術を磨いている。

 

「私はここで書き続けて、いつかあの子を抜くのよ!」


「ええ? どうやって?」


 小説サイトさえ違うのに、どう戦うというのか。


「しおりの数とかレビュー数とか読者数とか?」


「なるほど?」


 向こうはすでに有名で大量の読者を抱えているし、新規読者も獲得しやすいジャンルだ。

 対してこちらは、落ち着いたジャンルかつ新人なので、読者数もそこまでついていない。


 まったく勝てる要素がないんだけど、いいのかなぁ。

 まぁライバルがいる方が燃えるって友達もよく言ってるから、いっか。


「私は公平にどっちも応援するね!」


「ええ! 真剣勝負はいつでも正々堂々としなくてはね!」


 真面目なクラス委員はそのまま宣戦布告して、勝負はクラスメイト全員の知るところとなった。


「小説仲間だね! 嬉しいな! お互い頑張ろうね!」


 ライバル宣言されたクラスメイトが屈託なく受け入れたことで、クラスメイト全員も決して贔屓ひいきしたりズルしたりしないことを約束した。


「今回の作品、表現がすごくキレイだったね。私はあんな風な文章が浮かばないから尊敬するよ」


「あ、あら。今回のお話のやりとり、相変わらず、もだえさせてもらったわよ」


 あれ、なんでだろう?

 この二人を見てたら、私もなんか書きたくなってきたかも?

 友達に教えてもらって、こっそり書いちゃおっかなー。


 そうして書いた作品が百合部門で人気になり、二人をモデルに自分が書いたとは言い出せなくなったのは、また別の話。



 --そんな裏では、読み専たちが暗躍していた。


 このストレス生活を癒やす作品を生み出してくれる貴重な作家様!

 そんな作家様の心や筆を折るのは、アンチや心ない感想!

 私たちの心のうるおいは、私たちが守る!!

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裏文芸部はこうして結成された! 高山小石 @takayama_koishi

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