第五話 従姉も仲間入り、だぞっ

 はぁーっ。

 出るのはため息ばかりなり。


 お父さん、お母さん、ごめんなさい。私は、高校二年生にして、見知らぬ男性を三人も自宅に招き入れるという大罪を犯してしまいました……

 反省します。


 ソファーに座って、途方に暮れた。

 いっときは変な三人組を怒鳴りつけたものの、時間が経って頭も冷めたら、もうそんな気力はまるで出てこない。


 三人掛けソファーの左側に、縮こまるように座る私。

 同じソファーの右端にノリの軽い白い衣装のあの男。私の真向かいの一人掛けに赤い玉の人。最後の対角線上には、ほっぺにアレをくっつけて電気出してた人。この人には手と顔をよーく洗ってもらったけど、まだあの印象が強すぎて一番遠いところに座ってもらってる。


 改めて三人を見る。

 みんな頭にかぶっていた笠やら帽子は脱いでもらった。そろって土足なんだけど、そっちは頑として脱ごうとしない。まぁ、外から上がってきたわけじゃないからいいか、ってどこから湧いたのかさえ分からないんだけど……


 全員二十代後半くらい。普通の人間だとしたらの話だけどさ。そろって芸能人並みにカッコいい。電気の人も顔を洗ってもらったら、やっぱりすごい男前だった。


 正面の赤い玉の人は黒髪で、目つきはちょっと怖くて近寄りがたいけど、絵に描いたようなイケメン。着ているのは黒字に赤い刺繍の入った服で、和服っぽくも見えるしオリエンタルな感じでもある。腰に短剣を差して、黒地に炎みたいな柄のマント。かぶっていた編笠も黒。


 その横の電気出してた人は、韓流ドラマの剣士みたいな恰好で、服の色は濃い青地に金色の模様入り。長い剣を持ってる……物騒だな。

 髪は栗色で、赤い玉の人よりは短い。服さえマトモなら爽やかスポーツマン系かな。


 最期に私の横の白い人。灰色がかった髪で、愛想はいいけど正直一番アブナイ気がする。

 襟元が合わせになったゆったりめの白い服で、銀とオレンジの飾りが入ってる。どこかで見たイメージだと思ったら、前に観た中国映画に出てきた「道士」っていう人に似てた。

 で、こいつは何を着せても多分ホストにしか見えんだろうなぁ。


 ソファーに座らせたものの、何から訊けばいいのやら。

 雰囲気的に、赤い玉の人も電気の人も、この白いチャラ男を追っかけてたみたい。でも二人の仲も悪そうで、そうすると結局三人ともいがみ合ってるってことよね。


「……と、とりあえず、皆さんがどこの誰かを訊きたいんですけど」


 って、こういう質問の仕方でいいのかな?

 さっきまでパニックだったけど、冷静に一連のことを思い出そうとする。あの光る玉がどう関係しているかは置いといて、とにかく目の前に三人の男性がいる。

 で、全員どうやら普通じゃない。恰好がどうこう言うより先に、私が住んでるこの世界のことをほとんど知らないし、手から火が出たり電気が出たり、マジックでもなさそうなんだけど。


「お前たち、どうするんだ?」

 軽ーい調子で、チャラ男が言った。


「この娘が禁を解いたんだぞ。何か言うことはないのか?」

 相変わらず他人事みたいで、なんか気に入らない。

「ねえ、その禁を解いたって何なの? 私が何をしたの? あなたたちに」


 三人を見回したけど、誰も答えようとしない。白いチャラ男まで思わせぶりに笑うだけ。

「さっき、私のことをアルジって呼んだよね? 私があなたたちのご主人になったんでしょ。それなら質問に答えてよ!」

 ついに言ってやった。でも主になんかなりたくないし、正直どうしたら良いのかさっぱり分からない。

 私がまた口を開きかけたとき、玄関の鍵が開く音がした。あ、水希ちゃんだ。


「ただいまー、アオイー」


 しまった! この状況をどう説明するか全然考えてない。


「夕飯作っちゃった? 肉の丸山でギョーザの特売やっててさ。いっぱい買ってきた。あんた、スマホ出ないんだもん」

 慌てて立ち上がったところに、水希ちゃんが入ってきた。四人の視線がリビングの戸口に集まる。


 部屋の中を見た水希ちゃんが固まる。買い物袋がドサリと落ちた。


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


 それからおよそ十分後。

 私はキッチンから持って来た椅子に座りなおして、思いっきりあの「バカな人」の顔で目の前の光景を眺めてる。


 ――あのね、知らないうちにカバンに三つの玉が入ってたの。それがいきなりボーンってなって、気が付いたらこの人たちがいたの。


 この説明で、納得する水希ちゃんも水希ちゃんだ。


 ソファーには三人組と、私の代わりに水希ちゃん。テーブルの上には彼女が淹れた紅茶とクッキー。

 お化けもどきの人たちに茶を出すってなに? だいいち飲むのか、こいつら?

 何よりどうよ、水希ちゃんのあのキラキラした顔。目の中は星だらけ。背中にハートマークをしこたま背負ってるよ。

 従妹の知らなかった生態を目の当たりにして、こっちはいっぺんに心が冷めた。昼間の大騒ぎと私の心配は何だったんだろう。


「それで、みなさん、お名前は?」

 水希ちゃんがワクワク、興味津々で訊く。こっちは他人のお見合いを傍観しているようで、居ごこち非常に悪し。


 赤い玉の人は、相変わらずしかめっ面で私たちを見てる。電気の人も口はへの字のまま。で、当然口を開いたのは例のチャラ男。思いっきり営業スマイルで水希ちゃんに顔を寄せてくる。


「お留守に上がり込んでご無礼を。そちらのお嬢さんが言った通り。我々は禁璽の霊玉から出てまいりました」

 キンジのレイギョクって、あの玉のことかな?


「昔の方の様にも見えるけど、現代の日本語がすごくお上手なんですね」

 そう言う水希ちゃんに、チャラ男がふっと笑った。

「我々は、あなたたちの言葉を話しているつもりはありません。そちらにそう聞こえるだけですよ」

 それってどういうこと? と思っている横で、水希ちゃんはすぐ納得したみたいだった。

「なるほど。つまり言葉が表す概念のレベルになってるのね。それをこちらが自分たちの流通言語に合わせて解釈してるというわけか」


「それって、じゃ、この人たちの言ってることって、もしアメリカ人が聞いたら」

「アメリカ人ってw……、あそこは多人種国家だけど、つまり英語圏の人が聞いたら英語に聞こえるんでしょうね」

「すっごい便利! 外国語習わなくってもペラッペラ」

「それ、意味ちがう……」


 と、あまり本題とは関係ない私たちの会話を終わらせるように、水希ちゃんが三人を見ながら言った。

「で、どこのどなたかは分からない。お名前はまだ教えていただけないわけね」

 無言でコクコク頷く私。

「つまり、自分の名前を無暗に漏らすことはできないっていうのね。うんうん、理解できるわぁ」

 ニコニコ顔の水希ちゃん。

「で、でも、私をアルジって呼んだんだよ。主人の命令には従わなきゃいけないよね!」

「まぁまぁ、落ち着いて。お名前はともかく、この人たちからもらえる情報はたくさんあるじゃない」

 その言葉に、三人がいっせいに水希ちゃんを見る。


「分かるって、どんなことが?」

 彼女がウフッと笑う。

「そもそも、この方々の格好からして、少なくとも現代人じゃないわよね。何処の国か時代かは分からないけど、何世紀という単位で昔の人。というより、さっきの言語の話と言い、私たちとは一線を画す存在じゃないのかな。でも、アオイをアルジと呼んだからには、手段はともかくその封印というのを解いたのはアオイ。そして封印を解いた者とは主従関係にならざるを得ない、一種の契約が成立する」


 興が乗ってきたようで、立ち上がるとその辺を歩き出した。なんだか、名探偵ナントカのアニメみたい。

「三人とも知り合い。でも反目しあってる……ということは、三人に共通の良からぬ事件が起きて、それが発端でこの関係となった。しかも霊玉とやらに封印されたということは、その事件の結果として、もっと大きな力に巻き込まれたのよね」


 三人とも黙ってるけど、図星を射されて言い返せないでいるようにも見える。水希ちゃんはちょっと考え込んでいたけど、おでこをトントン叩きながら三人を見て言った。

「ううん、ちょっと待って。巻き込まれたというより……もしかして、皆さんは誰かに罰を受けたんじゃないの?」


 水希ちゃんの問いかけるような言葉に、電気の人が反応した。目の前のチャラ男をにらみつける。

「……もとはと言えば、貴様が」

「ふふん。所詮はお前のしくじりだ」

「なにをっ」

 

「二人ともだ」

 赤い玉の人の声が響く。相変わらず怖い顔でにらんでる。


「貴様ら、二人とも同罪だ」

「……だから、何度も言うがコイツが」

「ひとのせいにするな、ポンコツ」

「なんだと!」

 電気の人が剣の柄に手をかける。


 ゲッ、やばいっ! 

 と思ったその時、急に三人の表情が変わった。一瞬で緊張したような、何だかちょっと凄みが出てくる。


「くそっ……もう来たか」

 そう言ったのは電気の人。

「あいかわらず、鬱陶しい連中だ」

 とチャラ男。

「どうする?」

「俺はごめんだよ。面倒くさい」


 二人を尻目に、赤い玉の人が立ち上がると、無言のまま庭に面したサッシまで行く。


「え、来たって、何?」

「何か始まるの?」

 眉をひそめて訊く水希ちゃんと私。

「小物が来たので追い払うんですよ」

 チャラ男が言うと、目の前のティーカップを手に取って匂いを確かめるようにして飲む。納得したように、うん、とか言っちゃってる。 


 赤い玉の人はガラス窓をちょっと不思議そうに手で探っていたけど、鍵を見つけて動かすと窓を開けた。

「手伝うか?」

 電気の人が声をかける。

「俺一人でたくさんだ」

 ぶっきらぼうに言うと庭に出ていった。


「まぁ、あいつに任せれば問題はないか」

 電気の人が言う。

「あぁ……家が火事になるかもしれないが」


「ちょっ、ジョーダンじゃないわよっ!」

 慌てて立ち上がった。

 水希ちゃんはあの炎を見てない。ダッシュでつっかけを履くと庭に出た。後ろから、おいよせ、だの、お嬢ちゃん危ないよ、という声が飛んできたけど。それどころじゃない。


「お前は中に居ろ」

 赤い玉の人が月夜の空を見上げたまま言う。ちょっとドキッとした。気遣ってくれたのかな?

 横顔を見てるとほんとカッコいいの。でもポーっとしてる場合じゃない! ここでまた何かされたら大変だよ。


「待ってよ。また火を出すんじゃないでしょうね? 困るよそんなの!」

 と言いながら同じように上を見上げて、そのまま私は動けなくなった。


 家の屋根よりも高く、木の幹みたいな脚を何本も生やした、ものすごく大きな何かがいる。

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