第三話 変なひと、登場!
その人が、シンクにはまったまま笠ごと首を向けた。
男の人だ。私と目が合う。私は尻もちをついたまま後ろにずるずる下がっていった。なんだか分からないけど、大変なことになっちゃったみたい。
校内に不審者。しかも、どこから来たのか分からない。でも何となくさっきの光る玉が関わっている気がする。
としたら、この人が出てくるきっかけを作ったのって、私じゃないの?
男の人がシンクのふちに両手をかけて立ち上がった。
服装もおかしい。黒っぽくて赤い模様が入っていて、昔の侍みたいだけど歴史の教科書に出て来るのとも違う。マントを付けてて腰にあるのは、剣? で、頭のこれは編笠っていうヤツ?
コスプレしてるの?
シンクの中に立ってるから、頭が天井にくっつきそうになってた。
バカみたいに見上げている私の目の前に降りてくる。ゆっくり辺りを見回すと、笠の下から私を見る。こっちは昨夜に引き続き、今度も言葉が出ない。
「……禁封を解いたのは、お前か?」
男の人が言った。日本語だ! でも、何のことか分からない。
「だ、だれ? ど……どっから来たの?」
「なんだと?」
男の人が怒ったような口調で言った。目つきは鋭いけど、でも顔は……え、やだ、すごいイケメン!
あーこんな時に何考えてるんだ、私はー。
「お前が解いたのではないのか?」
「と、解いたって、何を?」
男の人がフンと鼻を鳴らした。
「あの……あなた、どこから?」
と言いかけて、さっきのことを思い出す。赤い玉がシンクに落ちて、光って爆発して、それでこの人。やっぱりあれから出てきたの?
いやいやいや、そんな漫画みたいなこと、あるわけないでしょ。
と思っていたら、その人が机の上の二つの玉に目を止めた。いきなり怖い顔になると、空手の型みたいに身構えて右手を突き出す。
その手から、ええーっ 火? 炎が噴き出した!
二つの玉目掛けてすごい勢いで火が出て、ちょっと、火事になっちゃうよ!
「やめてー!」
手を突き出して叫んだ。と同時に火が消える。
え、机は? でも、机は何ともなかった。二つの玉もそのまま。でも今の炎は、間違いなくこの人の手から出てたよね。
「ちっ」
男の人は、舌打ちしながらまた私を見た。
「やはり、お前が解いたようだな」
何を言われているか分からないけど、怖いよう。
その時、外から人の声が聞こえてきた。
「こっちでしたよね!」
「理科室ですか?」
「まさか、薬品が爆発したとか」
先生たちだ。さっきの音に気付いて見に来たんだ。このままじゃまずい。
私は立ち上がると、思わず男の人にしがみついた。
「とと、とにかく、元に戻って!」
自分でも何がしたかったのかわからない。戻れってどこに戻ってもらうの? でも、そう言った途端、急に手の感触がなくなった。コーンっという音がして、足元にあの赤い玉が転がっている。
同時に、理科室のドアが開いた。先生たちが入ってくる。
咄嗟にしゃがみ込むと、足元の赤い玉を拾う。机の上に手を伸ばして二つの玉もそっと回収。全部あの袋に入れてポケットに突っ込んだ。
目をつぶって深呼吸すると、覚悟を決めて立ち上がる。
「あ……先生」
私は、精いっぱい間抜けな声を出した。
「柴咲、どうした? 大きな音がしたぞ。大丈夫か。けがは?」
中村先生と、生物の渡辺先生、それに地学の泉先生。あ、そうか。理科の先生たちで打ち合わせだったわけね。
「すいません。へへ、転んじゃって」
「何かが爆発したかと思ったぞ」
「あーすみません。資料の箱を落としちゃって。そんな大きな音がしました?」
ぺこりと頭を下げる。
「柴咲さん、血が出てるじゃないの」
渡辺先生が近寄ってくる。私は今さら気づいたように、血の付いた手と膝こぞうに目をやった。
「ホントだ。戸棚の角で切ったみたいです」
「保健室に行きましょう」
「あ、でも資料を片付けないと」
中村先生が脇で手を振る。
「あーいい、いい。俺がやっておくから。本当に大丈夫か? 何か変わったことは起きなかったか?」
「はい。何にも。お騒がせしてすみません」
またぺこりと頭を下げる。中村先生と泉先生は、腑に落ちない顔できょろきょろ見回していた。でも、教室内に特に変わったことはないし、さっきの人が手から火を噴いたのはびっくりだけど、どこも焼けても焦げてもいない。
私は準備室のカギを渡すと、渡辺先生に付き添われて保健室に行った。
スカートのポケットにあるゴロゴロした感触が、すごく気味悪かった。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
家に帰ってくるまで、あの袋はポケットに入ったまま。
触るのも怖くて、ゴロゴロした感触を我慢しながら電車に乗って、今日はあの自然公園も通らずに帰ってきた。
リビングに入ると灯りをつけて、何度か深呼吸をする。ポケットからあの袋を取り出す。テーブルに置いて、私はソファに座った。
もう一度冷静に考えてみよう。
まず、この袋はいつの間に、何処から来たか? で、中の玉はいったい何か? あの変な男の人は誰で、この玉との関係は?
私の生活に突然現れたということは、普段と違うことがきっかけか。とすると昨日のあのおじさんの一件と関係ありと思える。
そういえば、あの時ハンカチを水で濡らして持って行った。カバンはあのおじさんのすぐ近くにあったはず。としたら、この袋は知らないうちにあのおじさんがカバンに入れた。そう考えるのが妥当だよね。
で、さっきの男の人が言っていた。
――禁封を解いたのは、お前か
キンフウとか、トイタとか、たぶん私が何かをしたんだ。やっぱりこの袋の中に入っているあの赤い玉が関係してるのかも。
でも信じられない。マンガやドラマじゃあるまいし、あんなものから人が出て来るってないでしょ。それにあの人、日本語を話してた。ということは日本人だよね。
腕組みして目の前の袋をじっと見ながら、論理的な説明がつくか考えてみた。一つ一つ思い返してみる。
赤い玉を落っことして、それがシンクに落ちてボーンっ! 煙が晴れたらあの人。
ちょっと待てよ。そうか、私あの人が出てくるところは見ていない。煙で周りは見えなかった。ということは、あの赤い玉がボーンっ! となったとして、煙が出ているうちにあの男の人は外からそーっと入ってきて、シンクの中に座った。
あ、これならいけるじゃん。
という考えはすぐに消えた。それ、何のためだよ?
芸能人のドッキリじゃあるまいし、私を驚かせるためにそんなことを仕掛ける必要がどこにあるの。
頭を抱える。
とにかく、まずはこの袋と中の玉をどうするか?
はっきり言って、こんな気味の悪いものはすぐに捨てちゃいたい。でも、もしあのおじさんがカバンに入れたんだとしたら、何か理由があったんだとも思う。うわ言みたいに繰り返していた言葉。何かを探していた男の人たち。この袋をカバンに入れて消えたおじさん。
何だかすごく貴重な、というより危険なものの気がする。もちろん持っていたくはないけど、適当に捨てたりしたら、後でどんなことになるのか。そう考えるとそっちのほうがよっぽど怖い。
あーやだやだ。こんなことで深刻に頭を悩ませるなんて、私のキャラじゃないよー。
水希ちゃんが帰ってくるのを待って、相談するしかないか。時計を見たらもうすぐ五時。水希ちゃんが帰ってくるまであと二時間くらいかな。それまでどうしよう。テーブルの上に置きっぱなしでいいのかな。
そう思ってもう一度袋を見たときだった。
――コトリ
袋から音がした。
私の身体が固まる。袋が動いたみたいな……
眼は真ん丸に開いたまま。背筋がぞーっとしてきた。
恐い。チョーコワイんだけど、でも、中がどうなっているのか確かめたい。この気持ち分かるでしょ。
帰ってくるまでポケットの中で平気だったんだから、すぐに何か起こるわけじゃないはず。
さっきの男の人を思い出した。変な格好だったけど顔はイケメン。まさかあの人がミニサイズで入っているとか? 想像したら、こんな時なのにちょっと可笑しくて、思わず笑いそうになった。
いや待て待て、まさかまた会いたいのか、ワタシ?
でも、あの人日本語をしゃべったし、意思の疎通はできるってことだよね。で、残りの二つは何ともなっていなかったから、変化のあったのはあの赤い玉だけ。
――コトリ
また音がする。やっぱり、ビミョウに動いている。
あーもう。
すごく怖いけど、このままでも気持ち悪い。だんだんストレスが溜まっていく。
散々迷った挙句、ついに私は袋に手を伸ばした。
ちょっと覗いてみるだけ。確認したら、すぐ戻して、そうだ! キッチンの圧力鍋に入れてフタしちゃおう。
袋の口を縛ってる革ひもを解く、そろりそろりと袋を開けた。広げて中を覗き込む。
玉はやっぱり三つ。
男の人のミニチュアサイズもいないみたい。ほっとして息を吐く。
元通りにしようとしたけど、あれ? 確か三つとも白いひもでぐるぐる巻きになっていたよね。男の人が消えた後、赤い玉はひもがなくなっていたけど、今は三つともない。いつの間に?
そう思った途端、今度は三つの玉が全部光りだした。
ええーっ! どうして?
袋の口から三色の光が漏れる。袋がズシンっと重くなった。
やばい! やばい!
絶っっっ対に、やばい!
袋が生き物みたいに跳ねて、私の手から床へと落ちる。中から三つの玉が転がりだす。
リビングに赤と青と銀の光をまき散らしながら勝手に転がっていくと、赤い玉はソファの下、銀の玉は空いていたドアから廊下へ、そして青い玉はキッチンの冷蔵庫の裏へと転がっていった。
ボバーンっ!
まただー! 思わず頭を抱えてしゃがみこむ。
部屋中にあふれる煙。それが次第に薄れていく。また誰かが立っていた。学校の理科室では、赤い玉一つで男の人が一人。
ってことは、今度は……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます