冥界の死竜
ホヅミは目を覚ますと、隣のベッドにはリリィがまだすやすやと寝息を立てていた。どうも自分でテーブルからベッドへと移動したらしい。
「ふっ、うーんっ」
昨夜は気持ちよく眠れたらしい。今思えば異世界に着いて色々な出来事があった。出会い
(今頃シュウはどうしてるのかな……)
シュウは最初とてつもなく嫌な人間だと思っていたが、後々シュウの優しさに気づかされるばかりだった。
(リリィって何者なんだろう……)
入れ替わり中に王都で目にしたリリィの体の能力。その称号には魔物と人間のハーフとあった。リリィの傍にいて感じたことは、リリィは人間よりも魔物よりも強い力を持っているという事。今のところ、アンデッドを除けば向かうところ敵なしだ。
(もしかしたらリリィって……私の……私やシュウの……)
ホヅミはとある疑念を抱いた。もしそうならばと、ホヅミはしたくもない予想をしてしまいそうになって首をブンブン横に振る。
「よいしょっと」
ホヅミは起き上がって背伸びをした。ベッドから足を出して、そのまま窓へと向かう。両開きのドアを開けると、程よい冷たさの気持ちのいい風がふわりと部屋へ吹き込んできた。
「んはよう……ホヅミん」
「あ、ごめんね。起こしちゃって」
リリィは上半身を起こして眠たそうに目を擦っていた。寝癖の跳ねたところが愛らしくて、先程抱いた疑念を吹き飛ばしてくれる。
二人は朝食を食べて身支度をすると、宿屋を後にした。借家の情報を求めて、
「ようこそいらっしゃいました。本日は依頼をお探しですか?」
「いえ、そうじゃなくて、借家を探しているんですけど……」
「ああ!借家ですね。でしたら仲介屋をお尋ねください。今地図を渡しますね」
受付嬢は屈むと、カウンター下部から地図を取り出して羽根ペンで丸印をつける。
「こちらが仲介屋の住所になります」
現在地と仲介屋に丸印がつけられていて、仲介屋はそう遠くない場所にある事が分かった。
「ありがとうございます! これ
「どうぞどうぞ。無料で差し上げますよ」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」
ホヅミは地図を受け取って、リリィと二人で
二人は地図を見ながら道を違わない様にゆっくりと歩いていく。
「ここから行った方が早いんじゃない?」
「うん、そうね」
互いに一枚の地図と睨めっこ。話し合いながら目的地へと向かう。
「ここを通ったら近道かも」
「ボクもそう思う」
二人はとある薄暗い路地へと入る。人気がなく少し躊躇ったが、リリィと二人なら怖くないとホヅミは足を踏み入れた。中まで入ると、前からは武器を剥き出しに歩くガラの悪い二人がやって来た。ケタケタと下品に笑いながら少女二人を見る男二人。
「引き返そう」
リリィの提案に小さく頷くホヅミ。だが後ろからも武器を剥き出しのガラの悪い男二人がこちらへと向かってきて
「ボク達に何の様?」
怖いものなしに先に切り出すリリィ。ホヅミは怖気付いて、その陰で身を震わせている。
「お嬢ちゃん達。悪いようにはしねぇから、ちょっとお兄ちゃん達のお願い聞いてくれないか?」
「何なのお願いって」
「昨日たんまりと
それはもう全部寄越せと言っているに等しい理不尽な文句だった。
「それは出来ない相談だね」
「おっとお嬢ちゃん。俺達には浄化は効かねぇぜ?」
「
リリィはホヅミを抱えて空へと飛び上がる。ガラの悪い男達はどよめいた。
「なっ!? 飛翔魔法!? 何であんなガキが!」
「何でもいい! 逃がすんじゃねぇ! 」
男達は路地を出て空を探し回るが、どこにも少女二人の姿はなかった様だ。
「くそっ! 見失った!」
一人がやけになって武器を地面に叩きつける。
「あ、あれ……見てください……あれ」
「何だ? 見つけたか?」
「違います……あれ……あれ……」
気が動転してしまった男が指す空の先を見たもう一人の男は動きが固まってしまった。
「ぐあ……ががが……ぎぎぎ」
「おい! どうした!」
男は
「何してる! おいやめろ!」
もう一人の男は男の手を止める。
「ぐあ、あ、ああああがああああ!!!…………………………」
「おい……死んだのか?」
腹から顔までが引っ掻き傷だらけになって白目を剥いた男は、口から吹き出した泡をもう一人の男に塗りつけるにして地面に転がる。
「兄貴! こいつ、どうしちまったんでしょう!」
兄貴と呼んだ男に、仲間の異常な行動やその姿に怯える子分が問いかける。
「兄貴!?」
「おまえらバッカ!早く逃げるぞ!デスドラゴンが向かってきてる!」
兄貴と呼ばれた男は一目散にその場から逃げ出していた。
「えっ!? あの
「俺も置いてかないでください! 兄貴ぃ〜!」
こうしてガラの悪い男三人は町から逃げ出していった。
空へと飛び上がって四人組から逃げ出した二人は建物の陰を利用して見つからないようにすぐ
「この町物騒だね」
「私もそう思う……(王都ほどじゃないけど)」
ホヅミは手に持つ地図を広げて再度仲介屋への道筋を見るが、気乗りしなくなってしまった。
「どうする?」
この町での居住は
「うーん。やっぱり別の町にする?」
リリィの力量ならば、あの四人組が相手でも大した障りにはならない。けれどホヅミは気が休まらない思いをする事になる。
「一旦、
「うん、そうしよ!」
リリィの案に納得したホヅミ。二人は
「何かあったんですか?」
リリィが聞くと、あたふたとした男は足を止めずに町の奥へと走っていく。
「あのぉ!」
リリィの声などまるで聞こえていないかのように走り去っていく。
「ねぇリリィ、あれ……」
「あれは……
その巨大でとてつもなくおぞましい姿には、思わずリリィも目を見張る。
「ホヅミん、ホヅミん!?」
「ぅぅうううあ…あ……あ」
ホヅミは急に自身の首を絞め出していた。どうやら
「ホヅミん!怖がっちゃダメ!意識をしっかり保って!」
リリィはデスドラゴンを知っていた。塾で習った事だ。この世には恐怖を与えるだけで命を奪ってしまう魔物がいると。
「ホヅミん! 目を
「ぐぐぐぐぐぐ」
ホヅミの頭には血が上り真っ赤に染まっている。そしてその口からは白い泡が吹き出ていた。
「ホヅミん!ボクが絶対守るから!……だから怖がらないで?」
「っ!? うぇえっ!! えっえっ! げぼっ!げほっげほっ!!げほげほげほ! げほっげほっ!…………はぁ、リリィ?」
「良かった……死んじゃうかと思ったよ……ホヅミん」
涙を流すリリィをホヅミは不思議に思った。
「いいホヅミん? ここから何があっても、何が聞こえても絶対に怖がっちゃだめ」
「う、うん……分かった」
「それからホヅミん。ここで耳を塞いで待ってて」
リリィの真剣な面持ちに事の重大さを感じ取るホヅミ。
「どうして? あの魔物は何なの?」
「あれはデスドラゴンっていう
それにはゾッとするホヅミだったがぐっと堪えた。
「なら大丈夫!……怖がらなきゃ良いんでしょ?」
「だめ! 危険すぎる!」
リリィの必死な目つきにホヅミは押されてしまう。
「だったらリリィだって……」
「ボクは大丈夫………強いから」
そう言うリリィは不敵に笑ってみせた。そして脇目も振らずに走り出す。
(さっき……絶対守るって言ったじゃん)
分かっている。リリィの守るというのは、魔物を絶対にホヅミの元へは行かせないという事だ。ホヅミ自身それは理解していた。
(私も……リリィの力になりたいよ)
残されたホヅミは一人その場で
ニト町の前に降り立ったデスドラゴン。赤黒い肉体は血が固まりこびりついたかのように不気味で、体中には今にも絶叫をあげてしまいそうなおどろおどろしい形相の顔がいくつも浮き出ていた。そんなおぞましい姿を目にしても臆する事なく、多くの
「あいつを倒せば特別報酬緋金貨一枚だぞ!」
「うっげ、マジで気持ち悪いな」
「へっ、おまえら油断するんじゃねぇぞ」
余裕の表情の
「行くぞ! お前ら!!」
その掛け声を引き金に、
「うおりゃっ!」
戦士の斧は肉を
「ははっ!
戦いは人間達が優勢に見えた。だが魔法使いが未だに魔法を放たない。みればデスドラゴンは翼をゆらゆらとはためかせるだけで何一つとして反撃をしていない。不可解な出来事にとある戦士は魔法使い達に呼びかけた。
「おい! 何してる! 今のうちだぞ!」
魔法使いは驚き困惑した表情でその戦士の一人を指す。
「おい!……ん?」
戦士は自分が指されているのだと気づいて自身の体を見る。
「な、何じゃこりゃあ!?」
戦士は体中の肉が抉れてしまっていた。切り傷に刺し傷が積み重なり戦士の体はボロボロ。気づいた時には手遅れで、そのまま吐血して倒れてしまった。
「い、いやぁ!!」
魔法使い達は見ていた。戦士達や剣士達はデスドラゴンに向かっていったかと思うと、いきなり仲間同士で殺し合いを始めてしまっていたのだ。デスドラゴンに攻撃を与えることなくあっという間に前衛のほとんどが
「うぇっ! うぇーっ! も、もう無理……私帰る」
この
「うううぐぐくごぼがあばあばばば」
錯乱状態になり自身の首を絞める者や自身の前上半身を爪が剥がれてしまうほどに掻きむしる者、自身の体を噛みちぎって食したりする者、自身の目を抉って食したりする者、舌を噛んで
「ぐおおおおお!!!」「「「「「きぃやあああああおおおおおお
!!!!!」」」」」
デスドラゴンは
「やめてやめてやめてやめてやめて!! ……ああああぁただだだぐぎぎぎぎぃぃぃぃげぇえ」
「
デスドラゴンは巨大な火炎に包まれた。
「ぎゃあああああおおおおおお!!!」
「皆! しっかりして! 怖がってたらそれこそ命、持ってかれるよ!!」
リリィの掛け声に正気を取り戻す者もいた。戦う士気をなくしていた者は再びデスドラゴンを前に大地を踏みしめる。
「そうだ! 俺達は
「その通りよ! 私達は魔物になんか屈しない!」
「子供にばかりいい
デスドラゴンは
「「「うおおおおお!!」」」
デスドラゴンに休む間も与えず、魔法使い達は魔法で激しく
「デスドラゴンの体から出ているガスだ! あれさえ吸わなければ俺達の攻撃は届くぞ!」
生き残っている戦士達や剣士達は再び武器を取った。息を止めてデスドラゴンの間合いに入って袋叩きにする。デスドラゴンは
「ぎゃあああああおおおおお!!」
リリィはというと負傷者の元へと向かって
「どこのどなたか存じないが、ありがとう」
負傷者の手当が完了し次々と
戦力も多くはないがリリィの魔法が向かい風を呼び込んだらしい。このままいけばデスドラゴンを
「ぎゃおおおお!!」
デスドラゴンは動きを止めて、大きく息を吸い込んだ。その
「逃げて皆!!」
リリィの声は遅かった。デスドラゴンから吐き出される紫色の炎、
「う、腕が……腕が!?」
当たった箇所は
「も、もう勝てない……何だよこいつ!
見れば先までデスドラゴンを押していたはずなのに、デスドラゴンの体には傷があまりついていない。いや、傷が消えているのだ。
「再生? でも早すぎる」
何かおかしいと感じたリリィは辺りを見回した。すると先ほどの死炎で焼けて出た煙をデスドラゴンが吸い込んでいたのだ。
「死炎で焼けて出た煙を吸い込んで再生してる?」
みるみるうちにデスドラゴンの体についた傷が再生されていく。
「無理だ! こんな奴……勝ってこない」
「私ももう魔力が残ってないわ」
「くそっ……殺すなら殺せ!」
皆が
「皆、どこかに隠れてて!」
「何言ってんだ! まさかお前一人で戦うって言うんじゃねぇだろうな?」
「さっきの魔法凄かったわ、まだお嬢さんなのに。同じ魔法使いとして尊敬したわ。だから逃げなさい。私達が時間を稼ぐから」
それを聞くとリリィは町でなくデスドラゴンにでもなく横に向かって戦場を突っ切っていった。それを見た
「未来は……
「さあこいや!デスドラゴン!」
デスドラゴンは再び息を吸い込んだ。
「
その魔法はデスドラゴンの右後ろから放たれていた。
「さあこっちだよ! ボクについてらっしゃい!
デスドラゴンはリリィの方を見ると、体の向きを変えて
「おいおいマジかよ。あいつ本当に一人で戦うつもりか?」
「追いかけるわよ!」
リリィは西へ西へと飛んでいく。それを追いかけて、後ろからデスドラゴンが追いかけてきていた。
「ぎゃあああああおおお!!」
当たればひとたまりもない
リリィは草原、森と越え、荒地まで飛ぶと地上に着地した。ここであればいくらデスドラゴンが死炎を吹こうと草木が枯れることも誰かに被害が
「ここなら、ボクが本気を出しても大丈夫だよね」
追いついてきたデスドラゴンが地面に降り立つと土煙が吹き荒れる。腕で土煙を防いだらさっそく魔法の準備に取り掛かる。
「ぐおおおおお!!!」「「「「「きぃやあああああおおおおおお
!!!!!」」」」」
雄叫びと多面相が
「そんなの全然怖くないよ……じゃあ、いいよね」
リリィの唱えようとしている魔法。リリィは子供の頃にとある魔法を使って魔物を倒して見せた事があった。リリィとリリィの母マリィが魔物に襲われて、マリィは魔法ではどうする事も出来ずに立ち往生していた。そんな時にリリィが新しい魔法を覚えたと言ってその魔法を唱えた。その魔法は瞬く間に魔物を消し炭にして周りの木々を燃やし、マリィがやっとの事で鎮火したのだ。
『リリィ、その魔法は絶対に使っちゃだめよ?』
「
空中にバチバチバチと破裂音が鳴り響く。リリィの空に掲げる掌の上には激しく燃え盛る
「まだだよ……
リリィは火の粉が森に降りかからないように魔法を
「天に召されろ! デスドラゴン!」
不敵に笑むリリィの瞳は紅色に輝く。
「ぎゃあああああ!!!!!!!」「きぃやあああああ!!!!!!!」
デスドラゴンと多面相の奇声の様な断末魔が荒地に
リリィは魔力を霧散させてぱっと炎を消し飛ばす。
「ぎぃ……ぎゃあああお」
デスドラゴンは見るも無惨に焼け焦げた姿になってもなおまだ生きていた。死炎を吹こうとするが全身を焼かれていて息をすることもままならないようだ。このままではデスドラゴンも無意味な苦痛を味わうだけなのでリリィはもう一度魔法を放とうと掌を翳す。
「待て」
「え? ……今の……デスドラゴン? ……あなた喋れるの?」
今まで獣の様に叫ぶだけ叫んでいたデスドラゴンが驚くことに言葉を話したのだ。言葉を話すデスドラゴンなど、リリィは塾で習いもしなかった。
「
息も絶え絶えに震える声を絞り出しながら語るデスドラゴン。
「答えよ。お前が私の友を殺したのか?」
「友? ……デスドラゴン…さんの友だから……同じデスドラゴンさん?」
こくりと頷き返すデスドラゴン。
「ボクは分からないかな。襲ってきたら燃やすけど」
「そう……か……がはっ!」
デスドラゴンは青色の血を口から吐き出した。苦痛に顔を歪め、息も荒い。早く楽にしてあげなければならないとリリィの心が騒ぐ。
「最後に……魔物でも……人間でも魔族でもないお前に……頼みがある」
どうやらデスドラゴンにはリリィの正体がバレていたようだった。
「私の肉を……完全に燃やしてくれ……一片の細胞も残さずに燃やしてくれ………………私の……デスドラゴンの肉体が……誰かの手に渡るなど…………誰かに食されるなど…………あってはならんのだ……それが人間や魔族ならば……甚だ屈辱だ……」
リリィは考えていた。冥界の死竜と呼ばれる魔物がなぜ人間の町を襲いに来たのか。それも王国や王都でなく、何の変哲もないただの町にだ。わざわざ町を
「分かった……
完全に消し炭にするならば、
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