シュウ=トサカ
ホヅミは宿の部屋に着いていた。
この世界での通貨は、安いものから順に、石貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨が流通している。石貨十枚分が銅貨一枚、銅貨十枚分が、銀貨一枚と、桁が上がる事に通貨の価値も上がるのだと、シュウには教えられていた。手元には銅貨二枚。宿代は銅貨八枚で支払った事となる。残りはシュウの雇用費だ。ホヅミはベッドに寝転んで、じっと銅貨を手に見つめていた。
「これから……生きていけるのかな…私」
ホヅミは先行きに不安を感じる。恐らくエルフに渡されたお金は、エルフの村の少ない財から搾り出したものだろう。元々人との関わりが少ない上に、一度村を襲われているのだ。お金が少ないと感じてしまうのも仕方がない。もしこれで失敗すれば、エルフの期待を裏切るだけでなく、リリィや自身の不幸を招いてしまうだろう。
「あのシュウって人、本当に勇者なの? あんなに乱暴な勇者なんて聞いた事もないよ」
勇者であるかはともかく、日本人という点においては幸いだ。だがシュウの態度を見る限り、あまり人との関わりを好んでいないようで、助け合う事の出来る人間かも分からない。せっかく同じ日本出身なのにと、ホヅミは残念な気持ちである。もしかすれば、異世界での暮らしに
「はぁ〜、不安だよ」
ホヅミは目を
「そういえば……今はリリィの体なんだっけ」
太もも閉じて擦り合わせる。そこには前まであったものがなくなっていて、ホヅミは安心という名の感覚に浸ることとなる。
「これが……私の望んだあたり前……これが……私の普通」
リリィには悪いが、ホヅミは少し良い気分に口元を緩ませる。そしてにやにやが止まらないホヅミの耳に、突如声が聞こえる。
「何にやにやしてんだよ、お前」
「っ!?」
驚いて声も出なかった。目を開けると、そこにはシュウの顔があったのだ。
「ちょっと話があってきた」
それからホヅミはこの世界に来た
「なるほどな……俺と似てるな」
「あの……良かったらシュウくんのも、聞かせてよ」
せっかく自身から交流を図りに来てくれたシュウの機嫌を損ねないよう、
「あ? 何で俺がお前に教えるんだ?」
こちらの思惑など一切気にせずに、荒々しい態度でいちいち睨みをきかせるシュウ。やはり仲良くは無理だと、ホヅミは肩を
「…………俺は」
シュウは橋川中学校に通う中学三年生で、
「私も、何か能力があるのかな」
「さあな。あっても俺よか強くねぇだろ」
「へぇー、じゃあシュウくんはどんな能力があったの?」
聞かれたシュウは待ってましたと言わんばかりに、自慢気な表情で胸を張る。
「俺の能力は、スーパーパワーだ」
「スーパー……何その分かりやすいネーミング」
「あんっ?! なんか文句あんのか?」
シュウは馬鹿にされたような気がしてホヅミに突っかかる。
「いえ、ないです」
誤魔化す様に苦笑いで答えるホヅミ。
起点はどうあれ、ホヅミは同じ日本出身のシュウと出会えて良かったと感じていた。言葉遣いは酷いがちゃんと話せる人間で、しばらく日本の話題で盛り上がっていた。聞けばシュウも同じ宿に泊まっているそうな。途中宿主が割り込んで食事の支度か出来たとの
(何よ、可愛気ない)
シュウは部屋を出ると、それを追いかけるようにホヅミも部屋を出た。良い香りが漂ってくる。自身の部屋に戻るシュウと分かれてホヅミは下の階へと向かう。
「おい、ちょっと待て」
「何ですか?」
少し他人ぶった素振りで振り返ると、頬を指でかきながら照れ臭そうにシュウが横顔を向けている。その様子をホヅミは
「…まえ」
「……?」
ボソッと小さく言うものだから聞き取れず、ホヅミは更に怪訝に表情を変える。
「なまえ! お前のなまえ、教えろ」
「何だ名前か……私はホヅミ」
「それ苗字だろ」
「良いじゃない? 可愛くて」
にこりホヅミは笑うと下の階へ向かう。シュウはそれをじっと見つめて鼻を鳴らすと、自分の部屋へと戻っていった。
リリィはまず魔力の回復をしなくてはと、ある物を探していた。上階へと一つ登ったところには人の気配がなく、先まで聞いていた悲鳴は更に上の階から聞こえてきていたものだろう。今いるフロアには部屋が三つ左沿いに存在しており、リリィはちょうど二つ目の部屋を探索していた。
「ない! ここにも! そこにも! んぁあーっ!」
リリィの探しているのは、魔力を回復するための
リリィは書斎の机から棚の上、タンスの中まで隅々に探すがお目当ての物は出てこなかった。
「くそっ、次の部屋行こ」
リリィは二つ目の部屋を後にして、三つ目の部屋に向かう。薄暗い部屋。魔法のランプに魔力を込めると
「何? ここ」
リリィは色々なフラスコの置かれた机の引き出しを開けた。するとそこには、
「よしっ……早くこんな
リリィは
「ちっ! 使えない玩具だな。いったい私がいくら払って買ってやったと思っているんだ!」
怒りに任せて毒づく男の声。忘れもしない。リリィは慌ててランプの灯りを消して、彫像の後ろへと身を隠す。
「ん? 扉が開けっ放しではないか ……まあいい」
バタン。男が床に何かを放った。ランプに火を灯すと、浮かび上がるのは忘れもしないあの顔。エピルカだった。エピルカは辺りを見渡すと、机に視線を合わせる。床に放られた、ボロボロの布キレ一枚を着せられ
「ふっ、貴様など……我が力の
エピルカは机に置かれたフラスコに入った液体を、赤、黄色、緑の順で一つの試験管に調合する。女エルフの元に寄って屈み、その口元に調合された液体の入った試験管を添えた。
「ほら、飲め」
言われても反応を示さない女エルフにイラつき、無理やり口の中に試験管をねじ込む。女エルフが液体を飲み込んだ事を確認すると、試験管を机に戻した。
「エイビョウイヤァーサーシンビョウイヤァーサー……」
訳の分からない
「ぬ、ぬおおおおお!!」
驚く事に、エルフの体は溶ける様に少しずつエピルカの体と
「ふははは……力が
大きく身振りを交えて笑う様は、悪魔のようにも見えた。
「さて、リリィといったか。あの新しい玩具で楽しむとしよう……じゅる」
凍りつくほどの恐ろしい笑みを見たリリィの頬には冷たい汗と
魔物は
そうこう考えているうちに、エピルカは部屋を出ていった。すると足の震えが治まってきてほっとするリリィ。だが少し考えて、まずい状況にいる事を改めて知る。今のエピルカの様子だと、恐らくエピルカは牢屋に向かうのだろう。新しい玩具と口にしていたので、恐らく自分の事だ。もし自分がいない事をエピルカが知ったら、慌てて自分を探し回るだろう。それに
「どうする、どうする」
エルフとの融合を果たしたエピルカは力が漲ると言っていた。予想するに以前戦った時よりも強さが増しているに違いない。
「あぁ…元のボクの体があれば」
リリィは自身本来の体でない事を
明朝。シュウとの約束を守り、ホヅミは早起きをする。ぐっすりと快眠をしたようで、体が軽い。早めに寝ておいて正解だったようだ。日がまだ顔を出していないので、冷たい空気が肌を刺す。ホヅミは着替えがなく、宿主に自身の着ていた服を洗濯してもらう代わりに寝巻きを用意してもらっていた。鏡の前に立つと見慣れぬ異世界の寝巻きに、見慣れぬ
「えっと、こうするんだっけ」
ホヅミは
「わわっ」
慌ててイメージを"滴る水滴"まで整え直すと、水はなだらかに蛇口から流れ出る。ホヅミは両手で水を掬うと、顔にかけて洗う。冷たい刺激がしゃきりと顔の表情を引き締めた。備え付きの布で濡れた顔を拭いて、横のバスケットに目を移す。そこには昨晩宿主に渡しておいた洗濯物が綺麗に畳まれて置いてあった。
ホヅミはブラシを使って髪の毛を整える。歯ブラシを使って歯磨き。昨日、宿主に記憶を無くしたとかで濁して、異世界について何も知らない旨を話すと、一通り説明をしてくれたのだ。電気水道、それらに
「忘れないように…ね」
ホヅミはぎゅっと短剣を抱きしめて祈りを込める。
「サーラさん、どうか私とリリィを守ってください」
ホヅミは部屋を後にする。集合場所は町の入り口ではあったが、その前に
トントン。
ノックをするが反応がない。すると誰かが階段から上がってくる音がした。
「あら、あんた…勇者様ならささっと支度して出ていったよ」
宿主の言葉にホヅミは慌てて宿から出ようとする。
「あ、待って! お弁当用意したんだよ。朝早いからって聞いてたからね」
「ありがとうございます」
宿主から
「はぁ、はぁ、ごめんなさい…はぁ、まさか、こんな早く来てるなんて」
「ふんっ」
「あ、はぁ、待ってよ…はぁ」
ホヅミの言葉を気にもかけずにそそくさと歩くシュウの後に、息を切らしながらついていくホヅミ。
しばらく歩くうちに日が昇り、温かい日差しが二人の頭に
「ねぇ」
ホヅミはシュウに声をかける。しかしシュウは見向きもせずにずんずんと先を行く。
「…ねぇ」
まるで聞こえていないかのように反応を示すことがなく。
「ねぇ!」
するとシュウは動いた。手を腰に巻いた巾着袋に回して、その中から竹筒を取り出すと、キャップを外してゴクリと水分補給。ホヅミの思っていた行動とは違っていた。さすがのホヅミもイラつき、シュウに駆け寄ってその肩に手を伸ばす。
「ねぇっわわっ!」
宙を一回転。ホヅミは背負い投げをされてしまう。そして地面に叩きつけられる瞬間、腕を引っ張り上げられてシュウの前で着地する。何とか無事で済んだホヅミ。けれど突然の事にさすがのホヅミも怒り心頭。振り向いてシュウを睨みつける。
「何すんの!!」
「何じゃねぇよ! いきなり俺の肩に触れんじゃねぇ魔物かと思ったろうが!」
シュウもホヅミに張り合うように睨みをきかせて言い返す。だがホヅミも負けじとシュウに張り合う。
「へー、魔物か人間かも区別がつかないんだぁー。勇者の名も形無しだねー」
「んだとてめぇ! あ゛! もういっぺん言ってみろよコラあ!」
「何度でも言ったげるわ勇者の名も
シュウの目付きが鋭いものへと変わった。地雷を踏んでしまったのだろうか、ホヅミは動揺。シュウは腕を曲げ拳を握ると、それはホヅミ目掛けて放たれる。
「え? うそ?
ホヅミは頭を抱え縮こまった。
ドゴォン。
「グギャアアアアア!!」
後ろで何かの悲鳴が聞こえる。自身には何も起こらないのでちらっと片目でその方を見ると、胴体のちぎれとんだ大きなニワトリの様な魔物が叫びの表情をして、数メートル先にまで吹っ飛んでいた。下半身は手前に残し、そこからは青黒い血が噴き出しており、驚いたホヅミは慌ててシュウに抱きつく。
「抱きついてんじゃねぇよコラ」
「…ごめん」
それからホヅミを体から離したシュウはしばらく考え事をしていた。先ほどのホヅミとのやり取りが腑に落ちないでいる。
(あいつに触れられた時、急に魔物の気配が現れてすぐに消えた……あれは俺がさっき倒した魔物とは違う……もっとものすげぇ……感じた事のねぇ気配だ……)
倒した魔物は鶏の頭に蛇の尻尾を持ったコカトリスという魔物。シュウに言わせればたかがBクラスの魔物だった。
(なんなんだ……この違和感は……勘違いなのか?)
二人が歩く道のりは、草原、森と越え、荒地。ホヅミが今までに歩いてきた道よりは、遥かに楽な道のりではあった。だが辺りには何も無い。川の水も流れてはいない。ホヅミは喉が渇いていた。そして異世界について何も知らないホヅミは水筒も持ち合わせていなかった。
「ねぇ、シュウくん。そろそろ休憩にしませんかぁー?」
「まだだめだ」
返答はしてくれるようになったところ、遅刻した事についてはもう怒ってはいないらしい。
「ねぇ、シュウくん。私もう喉が渇いたよぉ」
「あ? だったら自分の小便でも飲んでろ」
と冷たい一言が返る。
「シュウくんって…冷たいよね」
「あ? ……ちっ」
するとシュウは巾着袋から水筒を取り出すと、ホヅミに差し出す。
「え? くれるの? 私に? やったぁーって、え?」
ホヅミが水筒に手を伸ばすと、シュウは避けて水筒を頭上に振りかざす。
「この水筒が欲しいか?」
「うん、欲しい」
「三回廻ってワンだ」
「え?」
ホヅミは聞き慣れない言葉にもう一度聞き返す。
「三回
「な、何それ! 意味わかんない!」
「ほぅ、じゃあいらないんだな?」
「そ……それは」
ホヅミはしばらく考え込む。喉はカラカラで声も掠れているほどだ。しかしどうしてもプライドが許せない。
「や……やるわけないじゃん」
「そうか……ならばやらん」
向き直って歩を進めるシュウ。ホヅミは
しばらく経っても景色も全く変わらず何も無い荒野続き。脳みそまで乾いてしまいそうなほどだ。どうもシュウが言うには自分達のいる場所は
「この辺りで休憩にしよう」
シュウは岩に腰掛けると、巾着袋からお弁当を取り出した。ホヅミも反対の岩に腰掛けてお弁当を取り出したが、渇きが酷く食事も喉を通りそうになかった。
「どうした? 食わねぇのか?」
「は? べ、別に」
喉がカラカラで声も上手く出ない。そんなホヅミを知ってか知らずか水筒を取り出して水を飲みかけるシュウ。
「あああぁ」
水を飲もうとするシュウを見てホヅミはつい声が漏れてしまう。
「…水、欲しいのか?」
ホヅミは首を全力で縦に振る。
「三回廻ってワンだ」
言われてホヅミは下唇を噛んだ。私にだってプライドはあると我慢を選ぶ自分と、プライドなどどうなってもいいと言いなりになるのを勧める自分がいた。渇きは
「分かった、やればいいんでしょ? やれば」
ホヅミはぐっと恥を堪えて決意を固める。そして、一回、二回、三回とその場で廻ると
「ワン!」
パチパチパチ。その姿にシュウは笑顔で拍手をする。
「よく出来ました。じゃあやるよ」
シュウは放る様にホヅミに水筒を渡す。ホヅミは恥という苦難を乗り越え手にした水筒のフタを開けて、待ってましたと言わんばかりぐいぐいと水を飲み干す。
「どうだ? 美味しいか?」
「ぷはーっ! 生き返るぅー!」
「そうかそうか、俺が今までに何度も口を添えたその水筒に入った水がそんなに美味しいか。そんなに俺との間接キスを喜んでくれる奴を見るのは初めてだよ」
その言葉に思わず吹き出してしまうホヅミ。
「は? ふざけないでよ! アンタの間接キスなんか喜んでないし!」
「
シュウの頭上で水の塊が浮遊する。
「まあ、こうすれば良かったんじゃない?」
シュウは竹で出来た細筒を水の塊に挿してストローの様にして、ゴクゴクと水を飲んでいた。
「私……風魔法しか……使えないもん」
「教えて欲しいならこれから語尾をワンにすること」
「嫌よ! もう絶対嫌だから!」
「ちなみにこれから先、ずっと乾燥帯で…喉が渇くと思うんだけどなぁ」
「…………」
恥をかかされる身にもなってみろと言いたいところだが、シュウの言う通り水が飲めないのは困る。ホヅミはゴクリ唾を飲み込むと、拳を握る。
「教えてください……ワン」
「良いだろう」
「これしかない」
リリィの隠れている部屋はエピルカの
「
リリィは
「
手当り
「準備完了」
リリィの作戦では、上手くいったとしてもエピルカの足止めくらいかもしれない。しかしエピルカとの
「……そろそろいいでしょ」
リリィは呪文を唱える準備をした。この呪文を唱えた途端に、エピルカはこちらに向かってくる。ドキドキと胸の鼓動が激しく波打ち、リリィの口を
「さん……に……いち……
これといって何もない通路で、空気は熱を伴い爆発した。その大きな爆発音は広い通路の隅々まで響き渡る。リリィは爆音に紛れて急ぎ階段付近の部屋に隠れた。そしてあたりはしんと静まり返る。すると、コツコツと足早に階段の方から聞こえてきた。
「なんだなんだ、何が起きたんだ?」
足音はリリィの隠れたドアの前を通り過ぎる。
「あの部屋から煙が……まさか!? あそこには私の貴重な魔道具が!!」
足音は駆ける。
ガチャ。扉のノブは回されて、爆音や空気の揺れを感じ取れた。
「ぐあああぁぁぁ!!」
その悲鳴を聞くと、リリィは扉を開け放って階段へと向かう。一気に駆け下りて、自身が先ほどまでに捕らえられていた牢屋の階に着いた。
「皆! 助けに来たよ!」
「いくよ!
みるみるうちに牢の鉄格子が溶けていく。
「さ、行こう!」
怯んで目を閉じたが、すぐに子供はすっと目を開ける。子供には
「助けに来たよ」
こくりと頷く子供。そしてリリィは二つ目の牢、三つ目の牢と、次々に鉄格子を魔法で溶かしていった。しかしホヅミの体では、魔力消費の激しい上位魔法は二発が限度だった。
「お姉ちゃん、痛くない?」
「え? あ、あはは……無理やり突き指させられるよりは平気だよ」
リリィはエピルカの書斎でくすねた
それから十五の牢を解放しただろうかと思う所で、とある牢に辿り着いた。
「リリィさん、それはラストラビットという魔物です。放っておきましょう」
と、助けた女エルフが言う。
ラストラビットは片目を開いてギロりとリリィを見上げる。その赤い瞳は苦痛に歪んでいる様にもリリィには見えた。
「リリィさん!」
後ろについている女エルフが、リリィがあらぬ気を起こさない様にと呼びかける。しかしリリィはラストラビットから目を離さない。リリィはその牢に両手を翳した。
「
「リリィさん!?」
「放っておけない。この子だって、同じようにあいつに苦しめられただろうから」
リリィはラストラビットの元に寄り、両腕にかけられた
「……
リリィは皆に施した方法と同じように、
「
それからリリィは、
「良いのか? 俺を助けても。俺は魔物だぞ?」
その愛らしい姿には似つかない程の低い爽やかな声にリリィは少し目を丸くしてしまう。
「魔物とかそんなの今は関係ないよ。それにあいつの方がよっぽど危ないよ」
リリィの後ろで困惑するエルフや人間達。すくっとラストラビットは立ち上がると、一層にざわめく。その背丈はリリィの目線よりも高かった。耳を含めれば、この場にいる誰よりも高いだろう。
「どこのどなたかは存じないが、ありがとう。俺の名前はゼロ。これで妹の元に帰る事が出来る」
「妹?」
魔物にも家族がいるのかと考えてすぐに、自分は魔物と人間から生まれた子なのだと思い出す。今まで魔物の事に関しては、ただ恐ろしい存在だと、倒すべき存在なのだと教えられてきた。リリィはもしかするととてもひどい
魔物の全てを知ったわけではない……リリィはそれを胸に
「これで全員だよね」
リリィを含め十二の人間と四のエルフ、そしてラストラビットのゼロが集まった。リリィは皆を率いて前を歩く。恐らくエピルカは倒した訳ではない。けれどここに連れて来られる前の様子からして、エピルカは回復魔法を使えないのだろう。恐らく
「皆、息を止めて……一気に行くよ」
リリィの起こした爆発により、エピルカのいる階より上は煙が立ち込めている。リリィはエピルカが倒れているだろう所に顔を覗かせる。思った通りエピルカと思われる黒焦げが床に寝そべっている。動かないところを見ると、気絶しているのだろう。
「……よかった……」
リリィは胸を撫で下ろすと、まず自分が階段を駆け上がり、次にゼロ、そしてエルフ達がそれに続く。
「くそっ!何事だ!」
「下の階から煙が上がっている!
上階からする声を聞いて、リリィは魔法の準備をする。まず片手に
「
「何だお前ぬわああああ!!」
「うわああぁぁぁ!!」
大きな火炎に包まれて
「凄いですねリリィさん。人間なのに、その歳で
「え? まあね、ボクってて・ん・さ・いだから!」
細かく言えば、ホヅミの体を用いても、だ。
前からは次の兵士が現れる。
「お前ら! この邸から逃げ出せると思うなよ!」
リリィ達の前に槍を突きつけて立ちはだかる兵士。リリィがまた魔法の準備をすると、それを見たゼロが横から遮って前に出た。
「次は俺の番です」
「ま、魔物か」
ぐっと槍を握り直す兵士。それに対し、先程までの優しい目つきとは違って目を尖らせるゼロ。
「魔法!
ゼロは野生のうさぎの様に足に力を込める。
「舞え、
「ぐはっああ!?!?」
消えた様に見えたゼロの姿はいつの間にか兵士の元に、そしてその兵士もいつの間にか消えていて、
「兵士もやっつけて出口も出来て、
返される
「それはそうと、俺は魔物です。エルフの方々も魔族。魔の力が強い者は王都の結界に弾かれる。おまけに王都は高い壁で囲まれています。いったいどうやって脱出を?」
「そこはボクに任せてよ」
以前ホヅミがリリィの体で、町の結界に弾かれた事があった。それからリリィはずっと考えていた。どうやってリリィの体で町に入れば良いのか。瞳の色が緑に戻った時は魔力が著しく弱まる。その時結界に弾かれる事はなくなるが、瞳の色を制御する事は出来ない。
「つまり、強い魔の力を結界が感知するんでしょ? なら弱々しい微弱な魔法壁を体の周りに張り巡らせれば良いだけだよ」
「なるほど! 確かにそうすれば、私たちエルフでも通れそうですね。凄いですリリィさん」
「えへへ」
リリィは
「賢いですねリリィさん。俺も思いつきませんでした。いえ、思いついても実行不可能。
エピルカ邸は王都の東。最短距離で更に東へ進んで壁を目指す。
「どうしたんですか?」
リリィは耳を抑えて苦悶の表情を浮かべる女エルフAの姿を見る。
「はぁああっ!」
「ご、ごめんなさい。この子、エルフの中でも特段耳がいいんです」
と、別の女エルフが女エルフAの背中を
「
リリィは思い出していた。自身のいたエルフの村ではエルフ
「とりあえず、立ち
リリィと他の者は東へ向かって進んだ。道無き道を掻い潜り、壁の方に抜け出ることが出来た。幸い、ここまで誰とも
「エルフの方々、力を貸してください。あなた達とボクの風魔法で一人一人を壁の向こう側に移します」
エルフ達は顔を見合わせて頷く。
「リリィさんは休んで。飛翔の魔法は上位魔法。人間のあなたでは二回が限度でしょう?
リリィはその言葉に甘んじて、この役割はエルフ達だけに任せる事にした。エルフ達は
「上位魔法!
人間達は皆次々と壁の向こうへと飛ばされていく。そして残ったのはエルフとリリィとゼロ。
「俺は魔法壁さえ張って貰えれば、壁を駆け上がっていけますから」
自信のある態度でゼロは言うと、リリィは微弱な魔法壁をゼロの周りに張り巡らせた。
「
ゼロはというと
「ぺらぺらとは、ずいぶんなネーミングだなぁ」
その一言にリリィやエルフ達は凍りついた。
「いやぁ見事見事。先の爆発は効いたねぇ。リリィ、ますます気に入った!」
パチパチパチ。拍手でやって来たのはエピルカだった。ぴんぴんとしている所見るに、回復魔法による治療がもう済んだらしい。
「皆! 早く飛んで!
「させるか。
大きな炎の
「ちっ……まあ良い。他は飽きた。私は君が欲しいのだよ……リリィ!
巨大な炎の竜巻は一瞬で掻き消えた。そして向かってくる、圧縮された風の大砲。当たれば間違いなくただでは済まない。恐らく上位魔法。しかし特位魔法に
「
リリィは多少無理にでも身を交わそうと風魔法を唱えた。だがそれによって生まれた旋風は、エピルカの放った
「まずい、やられ」
ドゴォン。
「大丈夫ですか? 俺の事分かりますか?」
「……ゼロ?」
リリィは間一髪の所でゼロに抱えられて、無事に生きていた。
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