第18話 幸せなひと時(煩悩退散)。

 俺が勝手に始めた集落を囲む柵の補強作業だけど。

 ライラットさんの呼びかけで二十人くらいの人が集まってくれて、思いのほか早く作業が進んでいた。

 うん。

 ここの集落の人は本当に協力的で、気のいい人ばかりだね。

 ちょっとしんどそうだったけど、二人一組であっさりと持ち上げたもんだから。

 俺も少し驚いたわ。

 鬼人族、すげぇ。


 ……あれ?

 ちょっとまて。

 ひとりだけ若い女の子。

 肩に担いで歩いてる。

 見なかったことにしよう……。

 ライラットさんたちも、驚いてるわ。

 あ、負けないように走り始めた男性たちもいるし。

 あ、女の子二人組に抜かれた……。

 鬼人族すげぇな。


 なんだかんだで夕方。

 下が前後に三列。

 上に三段。

 俺の身長でも見上げるくらいの高さの。

 これはもう柵というより壁?


 それよりも、皆『いい汗かいた』程度にしか思ってないのが怖いわ。

 俺も大概だけど、鬼人族、半端ない。


「皆さん、お疲れ様でした」


『はいっ。お疲れ様でしたっ』


「重さで崩れることはないと思うけど。ライラットさん、家を建てる職人さんいるでしょう?」

「はい」

「その人に、これ大丈夫か聞いておいてくれるかな? 必要なら補修してもらえると助かる」

「はい。わかりました」

「これならさ、大熊の魔獣くらいなら侵入を一か所にできると思ったんだよね」

「確かにそうですね。ですが、ウェル族長くらいですよ」

「何が?」

「剣でこんなことができるなんて」


 手伝ってくれた皆が、無言で頷いたよ。


「あははは。俺はさ、人間じゃなく魔族だと思ってくれていいよ。それじゃ、明日。グレインさんのところで。よろしくね」

「はい、わかりました」


『お疲れ様でした』

「あははは……。慣れないもんだね」


 苦笑するしかないでしょ。

 これ。


「ぱぱ」


 俺が家に戻ると、デリラちゃんが足にひしっと抱き着いてくる。

 いつものお出迎え。

 俺はおっかなびっくりデリラちゃんの頭を撫でる。

 うん。

 『手加減』うまくいってるね。


「デリラちゃん、ただいま」

「んー」


 満足するまでそのサラサラな青い髪の毛を撫でると、俺はデリラちゃんを抱き上げた。

 デリラちゃんも俺に頭を撫でられるのが好きなのかな?

 目を細めて喉を鳴らしながらじっとしてるから。


 天然さんのように見えて、案外頭がいい子だから。

 あの夜の『ずるいっ』って言うのを聞いてたからね。

 恥ずかしがり屋さんだけど、自己主張はしっかりとする子なはずだ。

 嫌な時は、嫌って言うだろうと思ってるんだよね。


 デリラちゃん、俺の襟元に顔を近づけてすんすん。


「ぱぱ」

「ん?」

「あしぇくさい」

「あー、ごめんね。ナタリアさんー」


 炊事場からぱたぱたと慌てて出てくるナタリア。


「はいはい。おかえりなさ、あなた」


 ちゅっ


「あら、ほんと。あなた、お風呂に入ってきてくださいな?」

「ぱぱ。おふろいってきなさい」


 うは。

 母娘揃って同じ見解。


『そうよ。ウェル。いくら涼しいからって、あれだけ働いたんだもの。ね、デリラちゃん』

「ねーっ」


 エルシーまでかよ。

 三対一。

 うん、俺の負けですわ。


「うん。じゃ、ナタリアさん。悪いけど、デリラちゃんとエルシーお願いできるかな?」

「えぇ。デリラはお母さんに、エルシー様も話し相手がいた方がいいですよね?」

『そうね。お願いできるかしら?』

「えるしー、おはなしー」

『はいはい。今日は何をお話ししようかしらね』


 実はエルシー。

 デリラに昔話をしてくれるんだよ。

 元勇者で元騎士で、面倒見のいいおねえさん。

 どんな人だったんだろうね。


 そうそう。

 ナタリアが聖剣エルシーを触っても、別に影響はないらしい。

 『使おう』としない限り、マナを吸い取られることはないんだってさ。

 確かに言えてる。

 じゃないと鍛冶屋のグレインさんが真っ先に倒れてるだろうからね。


 ざばぁ……


「うぅ。しみるなー」


 俺はこの集落に来て驚いたんだ。

 鬼人族の習慣には、風呂は熱い湯に浸かるものなんだって。

 木枠で綺麗に造られた浴槽に、熱い湯が張られていて。

 肩まで浸かることができるんだ。


「うぁー。気持ちいいわぁ」


 鉄製の籠みたいなものに、焼けた石が入っていて、それで一気に湯を沸かすらしい。

 お湯を溜めてある瓶からすくって頭からかぶるあの国とは違って。

 これは疲れが取れる。

 マナの回復にも効果があるらしいね。

 それだけ身体を休める効果があるんだろうから。


 足を伸ばして肩まで浸かってもまだまだ余裕のある浴槽。

 気を抜くと頭まで潜っちゃいそうなくらいだ。

 実を言うとこれ、一日でも楽しみな時間だったりする。


「あなた」

「ん?」

「……お背中、お流しいたしましょうか?」

「あーうん。お願い」


 ここで遠慮しても始まらない。

 ナタリアが風呂に入ってくる。

 あ、もちろん裸じゃないよ。

 ナタリアは家にいるときは寝間着に似た服を着てるんだ。

 イライザさんも同じ。

 鬼人族の女性の間では割と一般的な服なんだって。


 袖を紐のようなものでくくって、濡れないようにして入ってくるんだけど。

 ナタリアの頬は赤い。

 あ、なるほど。

 足元の裾を少しまくって、腰の帯に挟んでるから。

 膝位まで見えてるのね。

 そりゃ、俺だってまだ恥ずかしいんだからさ。


 浴槽から出て、木製の低い椅子に座る。

 もちろん、股間には手拭いを置いてるよ。

 丸出しは無理。


「いいですか?」

「うん」


 植物の油脂から作られた泡の出る洗浄効果のあるものを手拭いにつけて、背中を洗ってくれる。

 汗がよく落ちて、香りもいいんだよね。

 あの国ではなかったな。

 お湯で流してから、手拭いでこすって、またお湯で流すのが一般的だった。

 女性は香油を使ったりしてたみたいだね。

 俺は使わなかったけどさ。


「どうですか?」

「うん。気持ちいいよ。ほんと、すまないね」

「いえ。あたし、あなたにこうしてあげられるのが、嬉しいんです……」

「じゃ、今度。俺も──」

「──駄目です。恥ずかしいので……」


 駄目じゃん。

 俺だって恥ずかしいのに。


 背中から腰。

 肩から両腕。

 前に回って股間以外を洗ってくれるんだよ。

 まるで王様にでもなった気分だね。

 これさ、最初は俺、断ってたんだ。

 一緒になってから『ぜひ洗わせて欲しい』って言われてさ。

 渋々了承したんだけど。

 やばいわ。

 気持ちよすぎる。


 ナタリアは俺の前にしゃがんで、自分の膝の上に俺の足を乗せて。

 服の裾がはだけて、太ももが見えてる。

 これはやばいです……。

 うまく濡れないように洗ってくれるんだろうけど、足に伝わる感触がまた……。

 慌てて視線を上げないと、あれが反応するかも。

 それでも彼女の表情は、楽しそうで、幸せそうで。

 尽くして幸せを感じる人なのかもしれないね。

 その辺りは俺と同じかも。

 魔獣を倒してさ、皆に『ありがとう』って言われると、生きてる感じがするんだよな。

 そういう意味では、俺もナタリアも似た者同士なのかもしれないね。


「お湯、流しますね」

「あ、ちょっと待って。あっち向いててくれる」

「は、はいっ!」


 見られないように洗ってない部分を洗って。

 お湯で流してから。


「うん。いいよ」

「では……」


 ナタリアも俺がどこを洗ってたか、予想がついたんだろう。

 いやー、こっぱずかしいわ。


「あなた。ゆっくり温まってきてくださいね。夕飯も用意してありますので」

「うん。ありがとう。少し浸かったらいくよ」

「はいっ!」


 いつか、ナタリアの背中を流してやる。

 俺は煩悩と希望を胸に、浴槽に浸かるのだった。


「うーっ。いい湯だわ」

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