第7話 大好加奈、だいすきかなではない。

 「やっぱりお兄さん先輩です。」


 那由多の親友、大好加奈に声を掛けられた真誉は制服姿を見て、そのツインテールを見て存在に気が付いた。

 彼女は自分があざとい事を自覚している。

 二次元では一定数の人気を誇るツインテールであるが、現実でしている人は頭おかしいと言っている。

 そしてそれは私自身もですけどねと付け加えている。


 「二次元とアイドルくらいですよ、ツインテが似合うのは。」と。



 「大好どうした?学校は……」

 この時間はまだ授業中ではないだろうかと真誉は思って時計を見た。


 「もう放課後ですよ。」

 それだけ時間の変化に気付かない程放心していたのだろうかと自問自答する。

 

 「だって午前中だけですもん。それよりお兄さん先輩、全校朝礼で聞きましたけど、なゆの具合はどうなのでしょうか。」

 大好加奈は那由多の事を真誉と同じく「なゆ」と呼ぶ。

 なゆというのは基本的に愛称のようなもの。ちゃんがつくとはいえ碧も「なゆちゃん」と呼んでいる。


 「お前は相変わらず元気だな。俺は気力も元気も何もない。お前見舞いに来るか?」


 「も?あぁどちらかが既におしてたんですね。」


 この後輩ははっきり言うなと思いながらも、踵を返し進み出した真誉に着いて行く。

 返事を聞かないまでも見舞いには来るだろうと、元々学校からこちらへ向かっている時点で病院へ行くであろう事は読めている。

 大好加奈の家はこちら方向ではないのだ。


 「学校では何て?」

 真誉は気になったので尋ねた。本人はすっかり記憶から抜け落ちていたけれど、家族から学校へは連絡を入れていない。

 となれば、連絡をしたのは警察か病院からとなる。

 近所の事故という事でどの道伝わってはいたかも知れないが。


 「警察から連絡が合ったと言ってました。詳細は省かれてましたけど、に轢かれたって。」

 詳細は省かれたのに軽自動車とは伝えてるんだなと真誉は感じていた。

 交通事故は伝達していても、相手がどんな車両かまで言うのだろうかと


 「集中治療室でずっと寝たままなんだ。」


☆ ☆ ☆


 「うぅっ、なゆ……こんな事になってるなんて知らなくてごめんね。よね。よね。ぐすっ、うえぇっ。」

 ガラス越しに見た那由多の姿に嗚咽を漏らして涙を流している加奈。

 10分くらいそうして泣いていただろうか。

 真誉はその姿を見ていてグっと突き刺さる何かを感じていた。

 通り過ぎる看護師も、気を使って声をかけて励ましていた。

 

 本当に励ましてあげたい相手はあそこで寝ている那由多にこそ必要なのだけれど、未だガラス越しにしか許されていない。


 「ぐずっ、もう大丈夫です。お兄さん先輩、なゆはに戻るんですか?元気になるんですか?また笑ってくれるんですか?」

 それは誰に対して言っているのだろうか、真誉に聞いてもその答えは出ないし、元に戻って貰えなければ、元気になって貰えなければ、笑ってくれなければ困る。

 それは轢いてしまった運転手だってそう思っているはずだ。


 しかし真誉は運転手の男よりも、那由多を強姦した顔もまだわからない男達に憤りと怒りと憎しみを感じていた。

 恐らく男達は那由多が車に轢かれて現在未だに目覚めない事すら知らないだろう。


 事故のニュースは見ているかも知れないが、なぜ事故にあったかや誰が事故にあったかまでは公にはされていない。

 せいぜい被害者が女子高生というくらいの情報だろう。


 自己現場を見ていなければ、最低でも知り合いが見ていなければ知るまでには時間がかかる。

 もしかするといつまで経過しても、知りもしないかもしれない。 


 待合室の椅子に座っている加奈に真誉はお茶を手渡す。


 「ありがとうございます。なゆ……さっきまで起きていたかのように赤みを差してましたね。」



 包帯の隙間から覗ける那由多の肌は、まるでさっき眠りについたばかりのように赤みを差していた。

 だからこそ真誉は歯痒かった。なぜ目覚めてくれないのかと。


 「そうだな。いつ目覚めてもおかしくないくらいには穏やかな表情だよな。」

 それでも真誉には少し違って見えていた。


 「そういえば、お前もこういう時は自分を押さえるんだな。」

 大好加奈は那由多の親友であると同時に、碧と付き合っている時でさえ真誉を振り向かせてみせると、好き好きアピールを出していた。

 

 「私だって弁えるものくらいは弁えますって。それとも、いつもみたいに寄りかかったり抱き付いたりしても良いんですか?」

 これは加奈が勝手に言っているだけであって実際にそのような事を日常茶飯事に行っているわけではない。


 たまに寄りかかったり抱き付いたりはしていたので全くの虚偽というわけでもないのだが。



 「弁えてるのならやめろ。無関係なお前に何するかわからん。」

 やり場のない感情というのはどういった形となって現れるかわからない。

 もしかすると、顔の形が変わるくらいの暴力を振るってしまうかも知れない。

 手足は本来曲がらない方向に曲がってしまうくらいの暴力を振るってしまうかも知れない。


 碧にしたみたいに性欲をぶちまけるかも知れない。


 「ナニ……ならしても良いんですけどね。」


 「やっぱり弁えてねーじゃねーかよ。」


 「へへっ。少しでもお兄さん先輩が元気になってくれるなら、私が怒られたり罵声浴びせられたりするくらい安いものですよ。」

 鼻をすすって無理矢理笑顔を作った加奈が答えた。


 その後は二人共特に会話をする事もなく時間が過ぎていく。

 気が付けば隣同士に座っていた二人は本当に加奈がいつのまにか真誉の肩に寄り添っていた。

 それを邪険に扱うことなく受け入れて肩に温もりを感じている様子の真誉だった。



 「それじゃぁそろそろ帰りますね。」


 送って行こうかという真誉の言葉を加奈は遮った。


 「送り狼になって貰えるならそうして欲しいですけど、今は少しでもなゆの傍にいてあげてください。」

 そう言って大好加奈は病院を後にした。何かから少しでも早く離れたいように小走りに。



 「本当にいつ目覚めるんだろうな……」


 返してくれる加奈はもういない。偶然通りかかる患者も看護師も医師もいない。

 その言葉は廊下にただ垂れ流されただけだった。


―――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 最初なので順に登場人物が出てきます。

 所謂紹介回みたいなものです。


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