第18話 メロディ①
メロディはアンジェラからもらった飛竜の鱗の加工に奮闘しながら、時折目の前にいる少年、エドガーを観察した。
ゴルドという家名にとても覚えがある。なぜこんな場所で会うのかはさっぱり分からないけれど、彼が勇者だという話に不謹慎にもちょっぴりワクワクしてしまい、そんな自分に少しだけビックリした。
状況が状況なのに楽しい気持ちになるなんて不思議だ。けれど、そばにいる人たちのおかげで不安がまったくないのは確かだった。
「エドガー様。エドガー様は、ヴィクトリア様のご子息でらっしゃいますの?」
うまく鱗に穴を開けられて満足そうに笑うエドガーに声をかけると、彼は顔を上げて人懐こい笑顔を見せた。
「そうだよ。あれ、会ったことがあったっけ?」
「いいえ。ただお母様のヴィクトリア様とご息女のアデル様とは、何度かお目にかかったことがございます。――アデル様は双子だと聞いてましたけど、お兄様ですか?」
よくよく見れば、アデルと髪の色も目の色も似ている。雰囲気は全く違うけれど、メロディに向ける目元、温かい眼差しがそっくりだ。男女の双子だけれど、どちらも母親似らしい。
一生懸命淑女として振舞うメロディに、エドガーはくすりと笑った。
「そう。だからそんなにかしこまらなくてもいいよ、メロディ。君もアン先生の生徒なんだろう? 俺も子供の頃世話になったんだ。つまり、君と俺は兄妹みたいなものだ」
「兄妹ですか?」
アンジェラに会えたのは今日が初めてだけど、と考えてみれば、
「アン先生を慕っているもの同士、色々教えてもらう仲間。だろ?」
と快活に笑ってくれる。その明快な言葉にホッと息を吐いた。
アンジェラの生徒同士だからだろうか。それとも彼がアデルの兄だからか。
初対面にも関わらずエドガーの側にいるととても楽で、素のままの自分でいていいような気になる。きっと猫をかぶっても彼には無駄だろう。そのことがとても嬉しくて楽しい。
「うん。あのね、エドガー様。私、アン先生もだけど、アデル様のこともヴィクトリア様のことも大好きなの。エドガー様のことも、多分大好きだわ」
コンラッドの友人の中でもヴィクトリアは別格の女性だ。
カッコいいし、メロディの
アデルは優しくて可愛くて、お話ししてるととても楽しくて、本当のお姉様ならいいのにと実は憧れている。嫌味みたいなものがまったくなくて、側にいると楽に息ができるのだ。
「随分ド直球の告白だな。ありがとう。母上を好きなのはある意味怖いけど、うちの妹は可愛いだろ?」
こくこく頷くと、エドガーはとろけそうな笑顔になった。同じ人を大好きな者同士、どこか仲間意識が芽生えた感じだ。
エドガーは面白そうに目をきらめかせると、メロディの頭にポンと手を乗せた。
「アン先生の側にいると、優しい気持ちになるよな」
その言葉にメロディの目は、これでもかというくらい丸くなった。
「そうなの。わかってくれる?」
「わかる。あの人はすごい人だよ」
それからは、ひたすら互いの情報交換だった。何を知っているのか、どれだけ手の内をさらしていいのかを探り合うのた。結局のところ、それがまったくいらないことだったと知って、二人で大笑いしてしまったけれど。
アンジェラが異世界にいた経験があること。
彼女の息子と娘は姉夫婦の子であること等々。
エドガーはメロディ同様、大人が交わす会話の端々から色々なものを読み取るようで、誰にも教えられていないのに知っていたことがメロディと同じくらいある。年上の男の子だけれど、自分が知っている男の子たちとはずいぶん違うと思った。
「あのね。さっきシドニーから教えてもらったんだけど、アン先生は、うちのパパの初恋の人なんですって」
他の女性への扱いとは明らかに違う。そんな父親の姿に戸惑うメロディに執事がこっそり教えてくれたのだ。
「ああ、知ってる。というか、俺にとっても初恋の人だし」
「そうなの?」
「うん。今も理想の女性。――わかるだろ?」
「わかる」
メロディが男の子だったらきっと、アン先生にほのかな恋心を抱いていただろう。
今でさえ、こんなに大好きなのだ。
初めて会ったけど、ずっと前から大好きだった。
数年前までのメロディは、優しい気持ちとか、誰かを大好きなんて温かい気持ちにはまるで無縁だった。
それを変えてくれたのがアンジェラの娘、ナタリーだ。
何人も家庭教師を辞めさせたあと、メロディがのもとに来た新しい家庭教師のナタリーは、一言でいえば変わった先生だ。
トゲトゲに周りを威嚇しているようなメロディに対しても臆することなく、いつも余裕があってどこか面白そうにしていた。雑談も楽しくて、その中でもナタリーの養母アンジェラの話にメロディは夢中になった。
気付くとメロディは、話の中のアンジェラの優しさに、その強さに、ひたすら心惹かれた。
いつの頃からか「アンジェラ様が、私のお母さまだったらいいのに」と思うようになっていて、日に日にその思いは強くなっていった。心底ナタリーがうらやましかった。
本当のお母様が亡くなったのは同じなのに……。そんな風に想うことさえあったのだ(後からひどいことだと反省したけれど)。
でもとうとう我慢できなくなって、ある日ナタリーに正直に自分の気持ちを打ち明けてしまった。しかも自分の予想した、かなり失礼なことまでをも口にしてしまったのだ!
しかしナタリーの反応は全くの予想外のものだった。
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