第12話 コンラッド③

 仮装パーティー当日。

 太陽が沈み、星が一つ二つと瞬き始めるころ。

 普段学び舎である学園内は、どこか違う世界のような雰囲気にかわった。


 飾りつけをしていたときは気付かなかったが、照明の位置や明るさが絶妙で、そこに仮装をした学生が入ってくると夢の世界のようである。

 カレイドの学生、そして寮の客間を更衣室として使っていたリリスやビクトの学生たちも、思い思いの姿で会場に現れる。客間はその後寝室として使われるのだ。

 教師や理事も思い思いの仮装をし、今日は大人のパーティーのように深夜まで開かれることになっていた。


(アンジェラはどこだ?)

 準備が終わった後の会場スタッフは、カレイド学園のメイドやフットマンが行う。学生付きの執事やメイドも簡単な仮装をし、主人に用があるまではある程度自由にしていてもいいことになっていた。そのため、彼らが主人の友人になったリリスやビクトの学生の支度の手伝いに入るなど、ずいぶんと和気あいあいとした空気になっている。


「いいパーティーね」

 広く背中の開いた大胆なドレスに、薄い羽根のようなものを付けた女性がいつの間にか側にいた。

「カラの泉の精霊かい、ヴィクトリア」

「あら、バレてるの? つまらないわね」

 化粧でずいぶんと印象が違うが、分からないわけがない。

「アンジェラならまだよ。ぎりぎりまで準備に奔走していたんだもの。今ごろうちのメイドに遊ばれている頃ね。腕が鳴るって張り切っていたわ」

 イタズラっぽく目をきらめかせたヴィクトリアは、迎えに来たジョナスに手を振ると、コンラッドの耳に素早く口を寄せた。

「八の鐘が鳴るころ、東の温室に行ってみなさいな」

 そう言って派手なウインクを残して去って行った。

(東の温室?)


 そこは普段カギがかけられていて、放課後は入れない場所だ。

 それでも外から花は見られるし、もしかしなくてもその時間、アンジェラがそこにいるということだろうか。



 軽い食事や次々にやってくる友人やその他の人々の相手をしながら、その時間を待つ。

 ヴィクトリアの助言に従って太陽の神の仮装をしているのだが、あまりコンラッドだとは気づかれていない。

 パッドを入れて幅を広く見せた肩にマントを羽織り、目元には大きめの仮面をつけている。肩まで届く長さの髪は元の黒色ではなく、薬を振り太陽神の髪の色である金色に変えていた。いつもまとめていたそれを今日はおろしている。

 そんな姿のせいか人の目がいつもと違うこともあり、誰かと話すことも程よく楽しむことができた。

 アンジェラが言っていたのは、きっとこういうことなのだろう。


 人々は思い思いに会場のあちらこちらにいるため、八の鐘がなる少し前にコンラッドが人の輪から外れても目立つことはなかった。


(本当にいるだろうか)

 直接何があると言われたわけではない。ただ、ヴィクトリアならコンラッドを担ぐようなことはしないと信用していた。


 そして、ほのかな灯りに照らされた温室のそばにアンジェラはいた。

 他に人気のないそこで、彼女は熱心に空を見ている。

 しかしコンラッドは、しばらく息をするのも忘れて彼女に見惚れた。


 いつも襟もとでまとめられている黒髪は銀色に変えられ、頭の高いところで結われている。彼女の装いは白いドレスだ。くるぶしまであるそれはタイトなデザインで、首の後ろで結んだ部分がリボンに見えるのと、腰の高い部分で結んである細い革のリボン以外に目立った装飾がない。だがよく見ればたくさん細かいひだが寄せてあり、薄くて柔らかい布を贅沢に使っていることが分かる上品なデザインだ。

 もし弓を携えていれば、狩猟と女性の守護である月の女神の完成である。


「わが妻よ。宴の最中なのに、もう月に帰ろうとしているのですか?」

 コンラッドがいつもより低く堂々とした声で、芝居のセリフを応用して声をかけると、アンジェラは驚いたようにこちらを見て静かに微笑んだ。

 彼女の目元はいつもより力強く見えるもので、唇も濡れたように赤い。

 普段とは真逆にも思える姿で、コンラッドは自分の背筋がゾクゾクするのを感じた。


「まあ、我が背の君。あなたのほうこそ、宴はよろしいのですか?」

 声をかけてきたのが月の女神の夫である太陽神だと気づき、彼女のほうも芝居がかった口調で応える。

 その後二人で噴き出した。


「一人で何をしてたのですか?」

「星を見ていたんです。ここから綺麗に見えると友人から聞いて」

 そう言って再び空を見上げる彼女の視線を辿れば、なるほど、満天の星空だ。


 互いの正体を知らぬまま(いや、コンラッドは知っていたけれど)、他愛もない話をして盛り上がる。アンジェラとこんな風に打ち解けて話したのは初めてだけど、思いのほか気が合うことが分かり有頂天になった。


 遠くから流れる音楽に乗って踊り曲が途切れたとき、いくつかの星が流れるのが見える。アンジェラのほうからも見えたのだろう。「流れ星」と呟く唇に、コンラッドはすかさず自分のそれを重ねた。

「――何か願い事はしましたか?」

 数秒後に唇を離して彼女の目をのぞき込むと、「あなたは?」と聞き返される。彼女の目の奥に小さな炎が見えた気がした。いつもはおとなしい灰色の目が、今は綺麗な紫になっている。

 共に流れ星を見た恋人や夫婦が口づけを交わすと、願いが叶うと言われている。今二人は仮初めの夫婦だ。


「私は、もう一度あなたにキスしたい」

 思わず本音が出て焦ったが、アンジェラ、否、月の女神は太陽神の首に手を回し、優しい口づけをくれた。

「アンジェラ……」

 感極まって名前を呼ぶと、彼女の目が一瞬丸くなった後優しく細められる。だがコンラッドが仮面をとって名乗ろうとし手を上げた瞬間、口元に彼女の指を当てられ首を振られた。

「今は夢の時間ですよ、背の君。もし今の気持ちが本物でしたら、次お会いしたときに聞きますわ」

 そして身をひるがえすと、彼女は一度も振り向くことなく去って行った。


 激しく胸を叩く心臓が歓喜の音を立てる。

「明日好きだと告げよう」

 そう決めた。

 しかしアンジェラは急用ができたとかで、朝を待たずに帰ってしまっていた。



「ヴィクトリア、幻視の魔法をかけてくれないか。髪を金色のままにしたいんだ」

 学園でこの力が使えるのは彼女だけだ。

「よっぽど気に行ったの?」と、おかしそうに快諾してくれたヴィクトリアは、コンラッドの髪の色が金色に見えるようにしてくれる。これで魔法を解くまで、髪が伸びようとも黒にはならない。


 この髪の色で、アンジェラに結婚を申し込もうと思った。

 カレイドより一日遅いリリスの卒業式典に向かったコンラッドは、彼女が一足先に卒業していたことをそこで初めて知る。

 対応に出た事務職員が、資料を見て申し訳なさそうに眉をさげた。


「彼女の嫁ぎ先が外国で、出発が早まったらしいわ」

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