第11話 コンラッド②

 傍観者でいようと思ったことなどすっかり忘れ、代表の仕事を積極的に行うようになったコンラッドに、ヴィクトリアは面白そうな目を向けた。

 アンジェラと親しくなりたいのなら、ヴィクトリアの協力があったほうがいいだろう。そうは思うものの、何しろすべてが初めてで手探りの状態。コンラッド自身の性格も相まって、恋心を表に見せることはなく、誰からも指摘されない日々が続いた。


 代表同士であることで、距離の割に彼女に会える機会は多い。

 もともと年二回の交流パーティを提案したのはヴィクトリア。

 それに加え、学習会やお互いの学校の見学を提案したのがアンジェラだった。

 自立を重んじるリリスでは、学生にメイドも執事もつかないという。その違いを見るのも面白いのでは、とのことだ。

 また女子校であるリリスは、元々すぐ近くの男子校であるビクトとの交流が盛んであるため、三校の交流も提案された。バランスを考えればもっともだろう。

 こうして、かつてないほど濃厚な学園交流が行われたのだが、その分増えた仕事は幸せなものだった。


 会える機会が多いと言ってもせいぜい月一。本音を言えば全く足りないけれど、本来であればもっと少なかった、もしくは皆無だったことを考えればましだ。

 離れている分余計に想いが募っていく。


 アンジェラは最初の印象通り控えめな女性だった。

 成績はダントツの首位であるにもかかわらず、会議の時も必要以上にでしゃばることはない。気付けば後ろで、メイドや執事とそっと雑務をこなしていることもあるくらいだ。それは令嬢らしくない姿ではあったけれど、困っている時にすかさずさりげなく手を貸してくれるのだと、後にシドニーが教えてくれた。


「令嬢にしておくのが惜しいほど気が利きます」

(いや、それはさすがに失礼だろう)

「つまり采配もうまいということですよ。奥様になれば、素晴らしい手腕を発揮して下さるでしょうね」

 しれっと言った後、ニヤリと笑って片目をつむって見せた執事に、コンラッドの気持ちはお見通しだったようだ。



 学園の入学は秋。十六歳で入学し、十八歳の初夏に卒業する。たった二年。時間はあまり多くない。

 なのに二人きりで過ごした時間は皆無。

 ビクトの代表二人と、リリスの代表のもう一人の女子、そしてヴィクトリアを含めた六人が常にセットでいるし、集まった時の雰囲気は決して悪くない。

 ビクトとリリス間では、卒業と共に婚約が発表されるカップルも数多くいるということで気が気ではないけれど、アンジェラに親しくしている男はいないように見えた。

 いつも一歩引いていて、何人かは彼女の存在を忘れることがあるほど、おとなしいアンジェラ。


「ヴィクトリアとコンラッドは恋人なのかい?」

 そう聞いてきたのは誰だったか。

 まさかアンジェラにもそう思われていたのか? と、ギョッとするも、ヴィクトリアは嫣然えんぜんと笑って否定していたし、アンジェラも顔色一つ変わらない。


「むしろ異性として意識されていないのでは?」

「言うな」

 シドニーの発言は、的を射ている。たぶん。――いや、間違いない。くそっ。


 そうしている間に季節は春。

 卒業前の最後の交流パーティーの日が近づいてきた。

 今回の会場はカレイド学園で行われることになっていて、趣向は仮装パーティーという一風変わったものになった。なんでも、誰が誰だかわからないように姿を変えて参加するというのだ。


「普段話したことがない人とも、話す機会を持てるかもしれないでしょう」

 そう言ったのはアンジェラ。


 幻視の魔法を使うわけではなく(というか、使える者は国にもほぼいない)、ただ衣装などで雰囲気を変えるのだと言う。

 例えばと、彼女が簡単にスケッチして見せてくれた絵は、妖精だったり獣人だったり、あるいは神話に出てくる神々のような非現実的な装いだ。まるでおとぎ話や異世界から来たような姿は学生たちから大いにウケ、「ぜひやってみたい」と、準備はかつてないほど賑やかに行われた。


「アンジェラ。君はどのような格好をするの?」

 何でもないふうにだが、コンラッドがかなりの勇気を振り絞って本人に聞くも、あっさり「秘密」とあしらわれてしまう。正体がばれたらつまらないだろうと。


 もちろん、恋人同士だったりすでに婚約していたりする者は、揃いになる装いをするようだが、コンラッドはアンジェラの恋人ではない。今でさえ、本人に名前を呼ぶだけでも胸がいっぱいになると言う重症ぶりなのだ。


 ヴィクトリアはこの頃には、自分の崇拝者の一人であったジョナスとの婚約がほぼ決まっていて、二人で何か精霊の装いをするのだという。

 幸せそうな姿に当てられっぱなしだ。


「浮かない顔ね、コンラッド。そんな顔をしてたらアンジェラが悲しむわよ」

 一瞬ハッとするも、彼女は発案者なんだからと当たり前のことを指摘され、うなだれる。

「最後のパーティーなんだよな」

「学生生活ではね」

 それはそうだが、きっと卒業してしまえば彼女と接点を持つことは難しくなる。


「仕方ないわね。アンジェラは月の女神の装いよ。太陽の神の格好でもしたら? ――なに、目を丸くしてるのよ。あなたがアンジェラに恋していることくらいお見通しよ」

 思いがけない指摘に絶句する。

「そんなにわかりやすかったか?」

「いいえ、全く」

 首を振ったヴィクトリアは、呆れたように腰に手を当てると、わざとらしく大きなため息をついてみせる。

「分かりづら過ぎて、本人にも全く気付かれてないわよ」

(そんな気はしてた)


 彼女を守りたいと同時に、積極的にいって逃げられたくなかった。

 そんな本音を漏らせば、

「あの子は強いわよ。そうそう守らせてなんかくれないわ。――意外? そうね。控えめな子だものね。でも隣に立つなら、守ってくれるよりも一緒に戦ってくれる人ではないとだめよ」

 それくらい、あの子の抱えているものは大きい……。


 最後のささやきはコンラッドに向けたものではなかっただろう。重要なのは彼女の装いが分かったことと、好みらしきものが分かったことだった。だからその時は、その言葉の意味はまるで気にしていなかったのだ。

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