第10話 戦士

「……だから、とにかく凄まじかったんだよォ。オレァ、あの人に命を救われた。あの人の為だったら命を賭けても惜しかぁないね。」


「助けて貰っといて命賭けるって、本末転倒じゃね?」


「いいんだよゥ。拾ってもらった命だ。恩返しできるなら本望ってもんだろォ?」


 傭兵と思しき獣牙族の青年が、半ば夢見るような心地で饒舌に語っていた。

 酒も入って酔っているようだ、自分の語りにも、話に出てくる凄腕の傭兵にも。


 聖華暦830年 夏の暮れ 旧都ナプトラ


 旧都ナプトラは、自由都市同盟が同盟になる前から存在している都市国家で、元はナプトラ王国という。

 中央都市アマルーナに政治の中枢が移る前は、このナプトラが中心的都市だったのだ。

 そういう経緯があり、『旧都』と呼ばれている。

 その旧都ナプトラでの事だ。


 夕食を食べる為、宿屋兼酒場で席に着いたところ、近くのテーブルを囲って談笑している一団の話声が聞こえてきた。

 賑やかな店内に負けないくらい大声で話しているのだ、聞き耳を立てなくても聴こえてくる。

 彼等の背格好、話の内容から、彼等が傭兵である事はすぐに判った。


 傭兵とは、金の為に戦闘を行う者達の事だ。他に説明のしようがない。

 金の為、というところは冒険者とそう大差ないように思われるが、両者は決定的に違っている。

 冒険者は『夢と浪漫』という御題目を唱える事が出来るが、傭兵は目的がよりストイックだ。

 戦う事が全てだからだ。


 大小様々な戦場であれ、要人の身辺警護であれ、彼等の行き先には必ず戦いが待っている。

 いや、望んで戦いに身を投じている、と言っても差支えないだろう。おおよそ一般人が持ち合わせる感覚が麻痺している者も多い。

 冒険者のそれよりも高額な報酬を得る為に、戦場で自らの生命をチップに替えて賭けに出る、そんな連中だ。

 実に度し難い。


「ヴィレム・デーゲンハルトの旦那は、真の[戦士]だ!俺がぁ命を賭けるに値するぅ、そんなお人ダァ!」


 一際大きな声でそう叫ぶと、獣牙族の傭兵はテーブルに突っ伏して眠ってしまった。


 懐かしい名を聞いて、チラッとそちらに目をやってしまった。


 周りの者達はやれやれといった風に肩を竦めてから、宴会の続きを楽しんでいる。


「どうしたのです、今の話が気になったのです?」


「いやなに、随分と久しい名前が出たからな。つい反応してしまった。」


 ヴィレム・デーゲンハルト。

 彼は私にとって、命の恩人というやつだ。

 もっとも、人工物アンドロイドである私は、厳密な意味での生命を持ち合わせていない。命の恩人という表現は適当では無いが、助けられた事は事実なのだ。


 *


 聖華暦824年 帝国領 ファーレンハイト領東部国境地帯


 帝国、正式名称はアルカディア帝国。

 旧大戦の英雄の一人、ユーゼス・アルカディアが立ち上げた国だ。

 この国は皇帝を頂点に頂き、貴族制を敷いて民衆を統率している。

 貴族達はそれぞれに派閥に属し、日頃から熾烈な権力闘争を繰り広げていると聞く。

 なんとも血生臭い事だ。


 で、この当時の私は一人で世界を彷徨っていた。『ソキウス』に所属してから100年以上経っていたが、基本的には一人で行動していた。


 私自身が自分で見つけた存在意義は私だけのモノだからだ。

 他の者に共有も強要もする気など無かった。


 私は帝国と聖王国の国境を越える為、所々起伏のある草原でLEVワールウィンドⅢ主脚歩行させて歩かせて関所砦へと向かっていた。


 関所砦まであと8kmの所まで来た時に、私は魔獣の群れに遭遇した。地中からの待伏せで、十数体の魔獣ツィカーダに囲まれてしまった。

 こいつらは中型種に分類される魔獣で、大きさは直立で3〜4mほど、地中に潜んで獲物が通り掛かるのを待伏せし、両腕の鉤爪で襲う習性がある。

 厄介なのはコイツらは群れで行動するという事だ。


 とは言え、相手はたかが中型魔獣。これくらいなら、試製86式噴射システムを使えば簡単に切り抜けられる。

 だが、この場所は関所砦から8kmほどしか離れていない。近くは無いが、ここで試製86式噴射システムを使えば、関所砦の兵士達に目撃されてしまう可能性がある。

 エーテリックライフルも同様だ。


 過去三度もの失敗で慎重になっていた私は、近接戦闘用の機兵用長剣をLEVワールウィンドⅢに持たせると、前方の魔獣目掛けて突撃した。


 迫り来る魔獣達を1匹、また1匹と斬り伏せ、背後から追いすがる魔獣には目もくれない。

 関所砦に近づけば、関所砦の守備隊が動き出す。そうすれば、この魔獣達も脅威にはならない、そう踏んで強引に押し進めた。


 魔獣達を少し引き離した所で主脚走行ランから平面機動ホバーへ移行しようとした時、踏み出した脚が沈み込む感覚と共に機体がバランスを崩して転倒した。

 何が起きたのか、状況を確認してすぐに原因が判った。

 迂闊にも地中から現れた魔獣の掘った穴に脚を取られてしまったのだ。

 すぐ目前まで魔獣達が迫って来ていた。


 私の旅もここまでか…


 呆気ない最後に、そう諦観に覆われようとしていた私の意識に、魔獣の断末魔の叫びが響いた。


 それは、哨戒任務に出ていた関所砦の守備隊だった。

 数機の機兵が魔導砲を斉射して、魔獣達の足を止める。

 その援護射撃を受けながら、とても機兵とは思えない、凄まじい速度で私の脇を素通りして、真っ直ぐに魔獣の群れに突撃する一機の機兵。


「そのまま動くな!」


 あれほどの速度を維持したまま、手にした大剣で瞬く間に魔獣達を単騎で蹴散らしてゆく。ただ魔獣と擦れ違うだけで、その度に骸が造られてゆく…


[人]に、今の人類にあのような凄まじい戦闘機動が行えるとは、想像もつかなかった。

 実に度し難く、不可解で興味深い。


 ほんの数十秒で、魔獣達のほとんどが討ち取られた。


「怪我は無いか?」


 魔獣の返り血を強かに浴びたその機兵の操縦槽が開き、操手が問い掛けてきた。

 まだ若い、だが、恐れる事なく魔獣の群れの中を高速で動き回る操縦技術もそうだが、鍛え抜いた肉体と強い意志を感じさせる眼差しに、[戦士]と呼ぶに相応しいと、その時は素直にそう思った。


「ええ、お陰で助かりました。ありがとうございます。」


「私はヴィレム・デーゲンハルト。ここの砦の守備隊所属部隊の中尉だ。動けるか?貴殿を砦まで警護する。」


「申し訳ない。ご厚意に感謝します。」


 *


 あの時の中尉はその後、幾多の戦いで手柄を立てて大尉に昇進したが、なんらかの罰を受けて帝国軍を離れ、同盟に亡命したと聞いた。

 今の話のヴィレム・デーゲンハルトが私の知る者と同一人物かは判らない。

 だが、同一人物だとしたら、軍籍を離れて傭兵に身を窶していても、彼は[戦士]のままなのだろう。

 そのような感想を持った事を、度し難く、不可解で興味深く思った。

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