物語は箱庭の姫を魅了する

香月読

物語は箱庭の姫を魅了する

 さあ新しいお話の始まり始まり!

 今日は一体どんなお話かな? さあさあ、席に座ってね。素敵なお芝居の開幕だ、しっかりその目に焼き付けるのだよ!


 さて、今日のお話は何だろう? ではページを捲ってみよう。

 今は昔、遠い遠い国に一人のお姫様がいました。お姫様はとても美しく、お洒落で、気丈で、誰もが憧れる存在でした。

 何だい? 気丈の意味? ああ、それは「心がしっかりしていること」という意味だよ。続きを出してもいいかい? わからない言葉は手元で辞書を開いてくれ。

 閑話休題。父親である王様は、お姫様を目に入れても痛くない程に可愛がっていました。その為一人娘をどうしても幸せにしたいと思い、素敵なお婿さんを見つけようとしていたのです。

 王様は国中にお触れを出しました。


―――お姫様と結婚したい者は、王の出した問題を解き明かすこと。


 このお触れに国の人間は老若男女騒ぎ立てました。王様が出した問題を解ければ、美しいお姫様と結婚できるのです。薔薇色の人生間違いなしです。

 そんな簡単に解ける問題を出すわけがないと思うんですがね。何を思ったのか、国に住む若い男達はこぞってお城に押し寄せました。我こそはお姫様を手に入れると言わんばかりに。

 勿論王様は大切な娘をどこの馬の骨ともわからぬ男達に渡すつもりはありません。それはそれは難しい問題を出して、生半可な気持ちで来た輩を全て蹴散らしてしまいました。

 それもそのはず。だって王様が出すのは無理難題ばかりだからです。

 野原で糸が切れて散らばってしまった宝石を探し出せだの、湖の中から指輪を探せだの、不思議な水を探して来いだの、普通に生きていたら難しいことばかりを要求してくるから。 

宝石なんて野原の真ん中でばら撒いたに等しいし、指輪を落とした湖なんて濁りまくっているし、不思議な水とか曖昧過ぎるし存在すら怪しいものです。それを探して来いだなんて困ったものですね。


 失礼、話が逸れましたね。とにかくそのような難題を出されて解決できる人間などいるはずもなく、諦めて帰る男達ばかりです。王様はやれやれ、と呆れた顔で溜息を吐きました。そして言うのです。


「我が娘を欲するのに、あまりに未熟な者ばかりではないか」


 こんなことをね。王様が出した無理難題のせいなのにあんまりです。

 その難題に挑戦する者は減り、やがていなくなりました。お姫様を欲しがる声も同じように、なくなってしまうのです。





「それで、どうなるの?」


 少女は高鳴る胸を押さえて訊ねた。話の続きを、もっともっと知りたい。

 しかし彼は机の上で踊るように跳ねてから、人差し指を自身の唇に当ててしーっ、と仕草を取る。それを見た少女は喋ってはいけないのかと、慌てて自分の手を両手で塞いだ。

 くすくす。少女の様子を見た彼は、楽しそうに笑って。


「今日はここまでですよ」


 彼の言葉に少女は唇を尖らせる。ここから面白くなりそうなのに、と零した。それを聞いた彼は机の淵に座って、自らよりも大きな読者を見つめた。


「だからです」

「だから?」

「ここから楽しくなるから、お預けなんですよ」


 そうやってぱっと手を上げれば、そこから白い紙吹雪が舞った。ベッドサイドのライトに反射するようにきらきらとしたそれらはまるで雪のようで、彼を輝かせる道具にも思えた。

 一寸ほどしかないパフォーマーは、軽やかにステップを踏んで窓際に飛び乗った。開けたままの窓から暖かくなった夜風が入り込む。どこからか花の匂いも運んでくるようだ。


「では、また明日」


 大仰に腕と頭を下げてした美しい礼に、少女も倣う。彼が言うのならば、また明日を待とう。少女の拙い礼を見ると、彼は楽しそうに笑った。


「ごきげんよう、お姫様。明日は仲間も連れて来ましょうね」


 それだけ言って、彼は窓の隙間から飛び出した。





「小人の語り部って知ってる?」

「外に出られない子供のところにやってくる妖精のこと? 色々なお伽噺をしてくれるんだよね」

「そうだよ! 楽しい話がいい、とか悲しいお話がいい、ってお願いするとオススメを聞かせてくれるの」

「可愛いお話だよね。悲しいお話はあんまりしてくれないって言うけど」

「ひとりぼっちの子供を相手にするからじゃないかな。励ましてくれてるのかも」

「寂しくないようになのかな?」

「きっとそうだよ。お話してくれる時はショーみたいで、すごく楽しかったもの」



「期待されていますよ。次はどうしましょうか」

「噂になると出にくいけど、隠れんぼしながらも悪くないかもね」





 今日はどんな話をしようか。読者さまの要望に応えよう。

 古今東西、沢山のお話を用意できるよ。シェヘラザードだと思って気軽に言いつけてくれたまえ。

 長いお話がいいけど、時間が気になるって? 余計なことを気に掛けないの。

 私と読者さまと仲間たちが作り上げる時間に、そんな心配は無用さ。

 さあ次のお話、始まり始まり―――。

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