倉木くんは相談に乗る。

結城ユウキ

第1章

第1話 プロローグ

 コンコン。

 部室のドアをノックする音が、廊下に響く。


「失礼します」

「あなたが倉木彩人くらきあやとくんね」


 そう声をかけてきたのは、黒髪ロングの色白美少女。その小さい顔にはパーツが綺麗に並んでおり、一寸の狂いもない。

 冷たくも美しさを孕んだ瞳。

 凛と筋の通った鼻。

 ほんのりピンクに色づいた蠱惑的な唇。

 その少女を構成する全ての要素が、彩人の目を奪った。


「適当にかけてくれる?」


 思わず見惚れていた彩人は近くにあった椅子に座り心を整える。


「私は羽沢由依はねさわゆい、相談部の部長よ。顔ぐらいは見た事あるかしら?」


 いくら友達が少なくて情報が入ってこない彩人であっても、由依の顔と名前は一致する。美しく長い髪と整った顔、そして圧倒的なスタイルで見る者を魅了し、モデルや女優などと比べても引けを取らない。その噂は近隣の学校まで届き、帰り道を待ち伏せされて告白されたという逸話まである。


「もちろんです。先輩有名人ですから」


 無理矢理連れてこられた故に不機嫌であったが、いいこともあるもんだなと思い内心で担任に感謝する。


「僕は倉木彩人です。小竹先生に無理矢理連れてこられました」

「話は聞いているわ」


 由依がそういったところで彩人は大きな深呼吸をした。


「……なぜ深呼吸?」

「美人な先輩と同じ空気吸えることってあまりないので。今のうちにたくさん吸っておこうかと」

「……あなた、なかなか気持ち悪いわね」


 思いっきり引かれて彩人を蔑む視線を送っているが、これも彩人を悦ばせる行為になってしまうことだと由依はまだ知らない。


「私と初対面の人は大体機嫌を取ってくるか下心があるような態度を取ってくることが多いのだけれど、あなたはその真逆ね」

「先輩の記憶に強く残れて光栄です」


 由依はため息をついたが、咳払いをして彩人の方に向き直りなんの脈絡もなくこう切り出した。


「というわけで倉木彩人君、相談部に入りなさい」

「どういうわけですか、それ......」


 確かに、美人な先輩と一緒に活動できたら幸せだ。きっと毎日学校行くのが楽しくなるだろう。一点を除けばなんとも魅力的な誘いだ。そう、部活であることを除けば。


「非常に素晴らしい提案だと思いますが、丁重にお断りさせていただきます」


 断られるのがわかってたいたのか、由依は動じなかった。


「まあ、そうでしょうね」


 この一言だけでもだいぶ凄みがあるなあと彩人は呑気に思ったが、ここで一つ疑問が湧く。


「というか、なんであの羽沢先輩がいるのに他に部員が集まらないんですか?」

「私がいるからよ」

「というと?」

「みんな私の容姿や存在価値みたいなものを目当てに来るだけなの。男の子はどんなに普通にしていても結局告白してくるし、女の子は私と一緒にいる自分が好きみたいで、誰も私の内面を見てくれない。当然そんな子達が部活に入るわけないわよね」


 由依は自嘲気味に笑っていた。

 顔がいい人は特に苦労せず生きていると思われがちだが、その人にしかわからない悩みや嫌なことがあることを彩人は改めて実感した。物事は自分だけの物差しではかるものではないと改めて思う。

 なんて返せば分からなくて黙っている彩人を横目に、由依が続ける。


「だから今年部員が一人になってから一旦募集を止めて、私が最終判断を下せるよう小竹先生に頼んだのよ。君はその記念すべき一人目ってわけ」

「それでこの場が設けられたってわけですか」

「そういうこと。先生から話を聞いてこの学校で部活に入らない変人と話をしてみたくなったのよ」

「それで僕の評価は?」

「変人から変態へとグレードアップね」

「それ、ますますこの部活に入れない方がいいですよ」

「私の機嫌を取ろうとする行動しないところが気に入ったのよ」


 これ以上何を言っても無駄だと彩人は悟った。


「私の誘いを断るのだからそれ相応の理由があるのよね?」


 問い方が完全に女王様である。というか女王様だ、これ。


「理由はもちろんあります。ですが言えません」

「それはどうして?」

「人に言うような内容じゃないからです」

「ふーん……」


 含みのある言い方に彩人は危機感を感じる。


「あ、用事を思い出したのでこれで失礼します」


 そそくさと教室を出ようとすると、


「待ちなさい」


 その冷たく鋭い一言に、彩人は止まらざるを得なかった。


「……なんでしょう?」

「あなたから理由聞き出すまで納得しないから。覚悟しなさい」

「……しつこい女は嫌われますよ」

「年下の男の子に嫌われるぐらいどうってことない」


 由依は食い下がるなんて全く考えていない様子で、あくまで自分の意思を貫き通すつもりらしい。だが、そんな姿に彩人は違和感を覚える。


「……さっき会ったばっかりですよ?そんなに気になりますかね」

「私が気になるの。それ以外に理由がいる?」


 返ってきたのはそんな言葉で、彩人は諦めたほうが早いと判断した。


「絶対に言いませんけど、好きにしてください」


 この一言が後の学校生活を一変させることを、この時の彩人はまだ知らない。

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