婆バと寝る

星屑コウタ

第1話 婆バと寝る

「今日も婆バと寝るの? ママと寝ようよ」


「ううん。コウちゃん、婆バと寝る」


「婆バ、もう眠たいって」


 コウちゃんは、もうすぐ四歳。

 早生まれだから、同じ学年の子達より、身体が一回り小さく、その所為か、まだまだ幼い喋り方をする。

 

「コウちゃん、ご飯全部食べたから、婆バと寝る」


「コウちゃんが、ゴソゴソしてたら、婆バ寝れないでしょ? だからママと寝よ」


「ううん。コウちゃん、婆バと寝る」


 そこまで言って、コウちゃんのお母さん、ヒロミママは、もういいや、という気分になった。


「ごめん。コウちゃん、婆バと寝たいって」


「はいはい、分かったよ。コウちゃん、おねんねしようか」


「うん。婆バ、行こ」


 寝室に消えていく二人を見送るヒロミママ。

 最近コウちゃんが、一緒に寝てくれなくて心配になっている。

 嫌がる事を何かしてしまったのかと。

 同時に、コウちゃんは、婆バの方が好きなのかと、母親としての自信が少しぐらついてしまっていた。


 伝統的日本建築の平屋であるコウちゃんの家は、二階が無いからといって、居住空間が狭いという訳ではなく、むしろ最近の建売住宅に比べると、広いほうである。

 婆バの寝室は縁側の廊下を歩いて一番奥の部屋。

 トイレからも遠いので、ここにくる前に、婆バは、コウちゃんと一緒にトイレに寄り道して来ている。


「婆バ、お話して」


「うん、いいよ。何のお話がいいかなぁ」


 婆バは、いつもコウちゃんに昔話を聴かせてあげる。

 夜中の三時ぐらいに目が覚めて、自分が話ながら寝てしまったのだと気付き、慌ててコウちゃんの布団を直す。これがお決まりである。

 今日も婆バは、話ながら、コクリコクリとし始めた。

 その様子を、暗闇に慣れた目で、コウちゃんが見詰めている。

 やがて、コウちゃんも大きなアクビをした。

 婆バの胸の辺りに顔を埋めて、目蓋を閉じて動かなくなった。


 柱時計が二時を指す頃、婆バの苦しそうな声が聞こえ始める。

 原因は、婆バの布団の上に、何かが覆い被さっているからだ。

 その何かは、煙の塊のようで、うごめいては形を変える。

 暫くすると、それは人の形をとり始めた。

 徐々に輪郭がはっきりとしていき、黒い外套を頭からスッポリと被った姿になる。

 外套の袖から二本の白い腕が伸びた。だが、それは普通の腕ではない。骸骨の腕であった。と同時に頭のフードが外れて、中から白い髑髏しゃれこうべあらわになる。

 骸骨の腕が指が、婆バの首に巻かれる。婆バの苦しそうな声が、一層酷くなった。


 豆電球の明かりもない暗闇の中で、何かが立ち上がる気配がした。コウちゃんである。

 コウちゃんは骸骨を見つめると、泣きながら叫んだ。


「またきたの? 婆バをはなせ!」


 コウちゃんが骸骨に掴みかかると、骸骨は煙のようになって消えてしまった。


 夜の三時。

 婆バが目を覚ます。

 また、知らぬ間に眠ってしまったらしい。

 コウちゃんが布団からはみ出ている。

 急いで布団をかけ直すと、愛しい孫を優しく抱いた。


「今日も婆バと寝るの?」


「うん。コウちゃん歯磨き出来たから、婆バと寝る」


「ママと寝るのが嫌なの?」


「ううん。順番。今日は婆バと寝るの」


 ヒロミママは、また自信を失った。

 そんな親子を婆バが笑顔で見詰めている。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婆バと寝る 星屑コウタ @cafu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ