小説を読んでもらおうと私は旅に出た

みこ

小説を読んでもらおうと私は旅に出た

 私は、カクヨムという小説投稿サイトで小説を書いている。

 書きあがれば常駐しているSNSで宣伝する。すると、“友達”みんなが読んでくれる。感想まで言ってくれることも。

 でも考えてしまうのだ。

 みんなが読んでくれるのは、私が友達だからでしょう、と。

 それも、あのSNSにいる人たちは、皆小説を書く方の人達だ。みんなそれぞれが小説を書き、仲間うちで読み合う。

 身内ばかりで褒め合って。友達だから甘い言葉しか言わなくて。それで得られるものは何なのであろう、と。

 ありそうな話じゃないか。小さな村の中で人間関係が円滑であって欲しいという理由だけで褒められる。もしかしたら本当にそこそこ上手い部分もあるかもしれない。でも、そんなのって井の中の蛙。


“それは本当の私の実力じゃないんじゃないの?”って。


 だから私は旅に出たんだ。

 そこそこ読み応えある中編小説を、お手軽サイズの本にして。

 誰も私のことを知らない国に行き、この本を読んでもらうのだ。

 読んでくれた知らない人こそ、“読者”なのである。


 飛び出して行った場所は、島だった。


 数時間かけ、小さな飛行機で降り立つと、数少ない島民の皆が出迎えてくれた。

「こんにちは」

「こんにちは〜」

 言葉は私の母国語と同じ。皆愛想もいい。店などは少ないが思ったよりも道は整備され、居心地のよさを感じた。

 穏やかなご婦人が経営する旅館に腰を下ろすと、さて、と立ち上がる。

 本が何冊か入っているトートバッグを手に取る。

「女将さん、ちょっといいですか?」

「あら、どうしました?」

 にこやかに対応してくれる。

「私ね、小説を書いているんです」

 それだけを言うと、「あら、いいですね。私も読めますか?」と笑顔で応えてくれた。

「自分で本にしたんです。ここに」

 そう言うと、おずおずと小説を差し出した。一般的に売られている本と比べればページ数も少ない。表紙に絵だってついてない。そっけない本だ。

 けれど女将さんは嬉しそうにその本を手に取った。「私、本読むの好きなんですよ。読んでると寝るのも忘れてしまうことがあるくらい。気がついたら朝で、また1日が始まってしまうの」なんて話を聞かせてくれながら、本をパラパラと開いてくれた。

「これ、読んでみてもいいですか?」

 目が、キラキラしている。本当に本を読むのが好きなんだな。

「ええ。もしよかったら」

 1冊目の本を気の良い女将さんに託し、私は外へ出てみた。

 橋を渡り少し歩くと、雑貨店や洋服店があった。だからといって特に賑わっているわけでもないが、この島の中心という場所があるならここだろう。店の前の広場のベンチに腰掛ける。

「あれ、見かけない顔だね」

「こんにちは〜」

 意外と声をかけてくれる人がいる。数人で歩いていた島民達が立ち止まり、小説の話になった。

「本を読んでくれる人について考えてしまってね。友人達は喜んで読んでくれるのだけど、それは本当に作品に対する興味ではないんじゃないか、とか」

 すると、読書好きだという20代も前半あたりの目がくりくりとした青年が、私の小説をパラパラとめくりながらそっけなく言う。

「そんなの、考えすぎだよ」

 くりくりとよく動く目が、こちらを向く。なんとも眼鏡が似合いそうな顔立ちだ。

「何がきっかけだって、読んでくれれば、それが読者だよ」

「…………」

「読んでくれて楽しんでもらえればそれが一番だ。どんなきっかけだって。例えば友達だからだって、君の前の作品が好きだからだって、広告の宣伝文句に惹かれたからだって、どれも読者には違いないよ」

「そうかな」

「最後まで読んでもらえば、こちらの勝ちだ」


 晴れた空の中、旅館へと戻った。遠く、鳥の声が聞こえる。小さな島なりに、歩いて移動するのにも時間がかかる。旅館を出てから、3時間は経ってしまっていた。

 玄関ホールへ入ると、「あらあら」と女将さんが出迎えてくれた。傍らに私の本がある。

「これ、面白いですね。この本、購入できますか?」

「……え?」

 予想外の言葉に、心が躍る。

「あ、そんなのタダでいいですよ。読んでもらえるなら」

「いえいえ、そんなわけには。それで、ロビーに置かせてもらえれば嬉しいんですけど」

 女将さんは、ロビーに置いてある小さな本棚を指し示す。

「そんな……、いいんですか」

 私の本が本棚に並ぶ様子は、いつまでも見ていたいものだった。


 翌朝、荷物を持ち、玄関ホールへ出ると、女将さんが「読み終わりましたよ」と言って笑顔を見せてくれた。小さな紙を差し出される。領収書の類かと思ったら、それは小説の感想だった。

「うわぁ……!ありがとうございます!」

 心が温まる。

 それには、面白かったと書いてあった。面白かった場面について数行にわたって。

 わざわざ感想まで書いてくれるなんて。


 けれど……、私は知ってる。

 小さな飛行機を待つあいだ、スマホを取り出し、SNSでお気に入りにした私の小説に対する感想コメントを、一つ一つ眺める。

 この人達は小説を書く方の仲間。友達だからだって作品を読んでくれる仲間。でも、読んでくれたことは嘘じゃない。感想だって、細かく書いてくれているものもある。これが読者じゃなくてなんなんだ。

 女将さんも読者なら、仲間うちで読んでくれたあの人達だって読者なのだ。

 私はただ、理由なんて関係なく読んでもらい、読んでもらえれば嬉しいと思う、それだけでよかったのだ。

 そして私は最後に思う。


 また新作を書こう!

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