シャボン玉だっていいじゃない。

城内 夕刻

ヒトメボレ

 今世紀最大の一大事だ。

 幼馴染の康介こうすけが女子へのプレゼントを探しているらしい。

 しかも花だって!!

 なんで?相手は誰?


 ファミレスでのいつもの女子トーク。向かいに座る親友の美琴みことに食ってかかる。

「しかもよ!なんで花を探すってのに最初に私に言わないのよ!」

 感情が抑えきれず、勢い余って肘でグラスごとレモンソーダを派手にぶちまける。

「仕方ないじゃない。ああ、運命の女神様は残酷なのね」

 軽く天井を仰ぎ見る薄情な親友はそう言うと、楽しそうに胸の前で祈るように手を組み合わせる。

「あー!ひとごとだー!」

 こぼしたグラスをテーブルの上に戻しながらも私は苛立ちを隠せないでいた。


 昨日の話だ。

 休み時間に呼ばれて廊下に出ると、隣のクラスの康介が少し驚いたような表情で立っていた。

 私を呼んだクラスメイトが康介と私の間に立ってペラペラといきさつを話し始める。

 話が終わるころには、もう充分なほど私の頭の中は混乱していた。


 えっと、一回整理させてください。


 私が花に詳しいと言う理由でクラスメイトに呼ばれた。これはわかる。

 で、女子に花をプレゼントしたくて相談したい?

 よりによってなんで私を呼ぶ?

 しかも幼馴染なのに人づて?

 確かに花は好きだけど!

 花屋でバイトするぐらい好きだけど!


 どんな花達よりもあなたのことが好きなのよ私は!!


 そんなことを叫べるはずもなく。

 終始気まずそうな康介とはなるべく目を合わせないようにして一生分の演技力を振り絞って普段通りを装う。

 贈り物ならバラがいいとか。

 一輪挿しが情熱的だとか。

 花言葉は一目惚れとか貴方しかいないとか。

 とても大切な人に贈るらしい。

 言葉を濁してるのは私への遠慮よね。

 まさか花を贈りたくなるほどに一目惚れするなんて康介自身も初めての事だろうし。

 私ってばもうホントありったけの笑顔の作り笑い。

 バレません様に。ううん、気づいてくれます様に。

 そんな矛盾した願いが届くはずもなく、話が終わると共に淡い思いも砕け散る。


 ありがとうな、と少し苦笑いの康介。

 そうよね、他の女性に選んでもらった花を贈るなんて気まずいわよね。

 そうだ、と康介は最後に付け加える。

 え?花瓶?花瓶が欲しいの?

 まさか部屋に飾る?もしかして一緒に住んでる?いやいやそれはないでしょう。

 苦しい。さっきから呼吸も止まってる気がする。心臓がもうどうにかなってしまいそうだ。

 頭の中が真っ白なまま何かがぐるぐると渦を巻いている。


 だめだ、泣きたくなってきた。


 花瓶なら余ってるからあげる、とバイト先に来てもらい、お気に入りだった一輪挿し用のおしゃれなガラスの花瓶を渡す。

 たぶん私、能面のような顔してたと思う。殆ど記憶ないし。

 調子悪いの?と終始うつむきがちな私の顔を覗き込む康介。


 あなたのせいでしょ!


 と言えるはずもなく。

 いいんだ。私は遠くから見守ることにしたのよ。さよなら私の淡い青春。

 その夜、私は思い切り泣いた。


 月曜日の朝。

 今日も地球上の全ての幸せな人達を呪いながら、鉛の様に重い足をひきずってなんとか教室へ。

 卒業までのつまらない日常を想像しながら教室のドアを開ける。

 ふと。

 視界の隅に見慣れない鮮やかな色があるのに気づき何気なく目をやった。


 私の席だ。


 なんだ。

 ヒトメボレじゃなかったんだ。

 私って本当にバカだ。


 それにしても、ねぇ。

 不器用にも程があるでしょっ。

 私じゃなかったら泣くわよコレ。気持ち伝えるの下手すぎか。

 いや結局私も泣いてるんだけどっ。

 さよなら、昨日までの最悪な私。


 机の上に見慣れた花瓶がひとつ。

 真っ赤な薔薇が一輪挿してあった。

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