恋する女騎士は、溺愛してくる世継ぎの王子の顔が残念ながら好みじゃない

ひるね

第1話 失恋、失恋、そして失恋

 恋は、いいものだ。


 いまだに恋愛においては常敗無勝のフィーネであるが、恋には生きるために必要なエネルギーのすべてが詰まっていると信じている。


 しかし、だからといって失恋が辛くないわけではない。

 失恋するたび、フィーネだって心がちぎれそうな痛みを経験してきた。


 中でも印象的な失恋の思い出が、フィーネには二つある。


 一つ目は初恋だ。

 相手は家の近所の学校で子どもたちに読み書きと魔法を教えていた魔術師の男だった。


 黒いローブを目深に被り、魔法オタク特有のハイテンションな言動と時折見せる挙動不審な行動によって保護者からは敬遠されがちだったが、幼いフィーネは一目見て恋に落ちた。


 その男に褒められたい、気に入られたい一心で幼いフィーネは驚異的な速さで読み書きを習得し、次に魔法の勉強を始めた。


「フィーネは中級貴族の血筋だから魔力量が多い。鍛えれば魔術師として城に仕えることだってできるかもしれないよ。そうしたら僕の同僚だ。将来は僕の仕事を手伝ってくれるかな? もしそうなったら素敵だね!」


 その男は、褒めるのがうまかった。


 フィーネはたちまち調子に乗って修業に励み、全力で努力したが、三年の教育課程を修了しても初級の魔法すら使うことができなかった。


 生き物であれば、量に差はあるが体に魔力を宿している。

 そしてその魔力は、生きているかぎり少しづつ外に漏れているという。


 その『魔力が外に出るための道』を修行によって開くことを『魔導』と呼び、その『魔導』を通して自分の魔力を精霊に分け与え、呪文や魔方陣を用いて精霊に意志を伝えて力を貸してもらうことではじめて、魔法を使うことができる。


 しかしこの体内の魔力を外に漏出させるために必要な『魔導』と呼ばれる技術が、フィーネは壊滅的に苦手だった。


 魔力量は生まれ持ったものだ。

 フィーネの魔力量は常人よりはるかに多いのに、魔導のどこかで詰まってしまって外に出すことができない。


 多くの魔術師が羨む魔力量があるのに、それを使うためのすべがない。

 宝の持ち腐れである。


 フィーネが恋した男にそう伝えると、男は顔を引きつらせて「そんなのありえない」と言った。


 平民出身の男は魔力量に恵まれていなかったが、魔導を学び、絶えず修練して魔術師の地位を手に入れたという自負があった。

 それゆえに男は、魔導は技術であり、学べば誰でも身に着けられると信じていた。


 そんな男にとってフィーネの恵まれた魔力量は嫉妬の対象であり、稚拙で上達しない魔導は、生まれ持った性質にあぐらをかいて努力をしていない証に見えたのかもしれない。


 優しかった男の態度はみるみる冷たくなり、教師がそうであったから、フィーネは瞬く間に学校での居場所を失った。


 それでもフィーネは、恋を諦めたくなかった。

 自分が魔術師として男の隣に立てなくても、無駄に溢れている自分の魔力を利用してもらえればいいと考えた。


 それはただの思い付きだったが、調べてみれば闇魔法の中には被験者から魔力を奪い取って吸収する魔法もあることがわかった。

 フィーネは自分の魔力を男に提供しようとした。喜んでもらえるだろうと思った。

 しかし、フィーネの提案を聞いた男は普段から絶やさない微笑みを消して冷たく言った。


「闇魔法は被験者への負担が重すぎる。そんなことを許可する、師はいない」


 男はさらに言葉を重ねた。


「自分が努力しない言い訳に、僕を使わないでくれ」


 それきり、男はフィーネを視界に入れようともしなくなった。


 それが、人生最初の失恋だったと気付くのは、フィーネがもう少し成長してからだ。


 そして、これ以来フィーネは、『常に努力し続けなければ愛されない』という強迫観念に近い思い込みを心の奥深いところに埋め込まれてしまった。



 二つ目の思い出は、今から四年前の恋である。


 相手は城下町にある剣術道場の子倅だった。

 道場で剣を振るう子倅の姿を見て、フィーネは一瞬で恋に落ちた。


 こうと決めたら一直線にしか走れないフィーネはその足で道場に入門し、その日から毎日剣を習い始めた。

 子倅にアプローチするために一番大切なのは、彼にとってもっとも価値がある剣術を理解することだと考えたからだ。


 剣の腕の大半が単純な筋力で決まっていたのは、魔法革命より前の話だ。


 今から百年以上前の魔法革命によって人間にも使える魔法が発明されて以降、魔力の使い方には二種類の方法が編み出されている。

 すなわち、魔力を外に出して精霊に与え、その助力によって魔法を使う『魔導』と、魔力を体内に留めて身体強化のために用いる『闘気』である。

 この『闘気』は扱う武器によって『剣気』や『槍気』などとも言い換えられるが、その本質は魔力である。


 フィーネの体内に溢れていた行き場のない魔力は、この剣気に素晴らしい適性を見出した。


 通常、体内に溜め込まれた魔力は魔導と闘気の間でバランスを保って分配される。

 しかしフィーネの場合、魔導が使えない分、より多くの魔力を剣気として扱うことができたのかもしれない。


 フィーネの常人よりはるかに多い魔力は、宝の持ち腐れなんかじゃなかった。

 剣術を学べば学ぶほど、それがはっきりとわかった。


 剣気を限界まで練り、体の隅々まで充実させることで、常人よりはるかに強い力を産みだせるようになってからが剣術の修業の始まりだと言われている。


 剣士として熟練すれば、剣気を充実させることで全身の感覚を強化し、それを武器にまで纏わせて木剣で岩を両断することだってできる。

 フィーネは剣術を本格的に学び始めると、あっという間にその域に到達してしまった。


 さらに、生き物が少しづつ外に出している魔力の波動。

 通常目には見えないはずのそれをフィーネの目が捉えるようになったのは、剣術を習い始めて一年が経ったころだった。


 相手がどう動くか、色となって見えるのだ。

 殺気を込めた本気の一撃を出す場合は黒、フェイントの場合は緑色、という具合である。


 相手がどう動くか事前にわかるならば、あとは体をどう動かせばよいかは、剣を習い始めてずっと訓練に明け暮れたフィーネにとって自明だった。


 皮肉なことに、生まれ持った魔力と初恋のトラウマによる『努力し続けなければ愛されない』という思い込みが、フィーネを天才剣士に成長させた。


 だが、ここに一つ誤算があった。


 子倅への恋心である。


 フィーネが子倅に恋をしていることは、道場に通う誰もが知るところだった。

 すでに師範からでさえ五本に一本は取るようになって、「このままじゃあ子倅はフィーネと結婚しても尻に敷かれるのは目に見えているな」というからかいの言葉がごく普通の冗談として子倅の耳にも届くようになったころ、フィーネは道場の一番手として師範代に任ぜられた。


 そしてその決定の際、それまで一番手だった子倅はフィーネに言った。


「自分より強い奴を、女とは思えない。おまえと恋をすることは、これから一生、絶対にない!」


 子倅がそう叫ぶと、フィーネの視界は、たちまち色を失った。


 これが、二つ目の失恋である。



 その後紆余曲折があり、フィーネの視界は無事に色を取り戻した。


 新しい恋を見つけたからだ。相手はトリエス王国第六王子のアナトル・トマ・ナルシスである。


 フィーネは子倅に失恋したものの身に着けた剣術の技術を活かして、アナトルの護衛騎士として働いていた。


 そのアナトルが、待機していたフィーネを呼び出して告げる。


「フィーネ、今日は残念な知らせがある」


「はい! なんでしょうか、アナトルさま!」


 声をかけられたことが嬉しくて、頬を紅潮させ、笑顔で答えたフィーネの笑顔に対し、アナトルは弛んだ頬をさらに下げてこう言った。


「今日でお前はクビだ」

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