目玉焼きに醤油かけるヤツは出てこい!!
ぜんざい拓海
第1話 目玉焼きに醤油かけるヤツは出てこい!!
「おはよう」
誰もいない部屋にこだまする憂鬱な声。一人暮らしは、まだ少し慣れない。
それに新作スマホゲーム「フナ娘」のせいで寝不足だ。
とてもじゃないが朝食を作る気力はない。朝の支度をさっさと済ませて靴を履く。
「おっと、忘れるところだった」
ピカピカの学生証をもって家を出る。ただ、僕の足取りは軽いものではなかった。今日から始まるキャンパスライフに一抹の不安があるのはもちろんだが、それだけではなかった。
朝食を抜いたせいで頭も体もうまく動いているとは言えないのだ。
「コンビニに寄ってパンでも買おう」
そう思いつつ、歩いていると「朝定食やってます」と書かれたのぼりを見つけた。すると、僕は吸い寄せられるように定食屋に入っていった。
「いらしゃいませ!」
元気よく僕を出迎えてくれたのは女神だった。
いや、失礼間違えた。あまりにも綺麗な彼女は、ここの女将さんだろう。
僕は一人であることを伝えて、最もテレビの見やすいソファー席に通された。
テーブルに置いてあったメニューを眺めて頼むものを決める。即決だった。
女将さんが水の入ったグラスを置くタイミングで、
「すいません。注文いいですか?」と問う。
「はい!どうぞ」
「目玉焼き定食を下さい」
「目玉焼き定食ですね。ありがとうございます」
小さな店内の客は大学生二人と僕だけだ。
二人は仲良く食事を楽しんでいる。
この人たちも今日から先輩になるのかな、なんて意味のない妄想を重ねていたが、結局退屈になり視線はスマホに移る。
「お待たせいたしました。目玉焼き定食です!」
小さな画面に集中していたため、女将さんの言葉に一瞬驚いたが、目の前に広がる光景に目が奪われる。
やはり、目玉焼きにしてよかった。
ふわふわの白身に、今にもトロッとはち切れそうな黄身。
これだけで手をかけていることが容易に想像できる。
ただただ無造作に焼いて出すとはわけが違う。
弱火でじっくり焼きつつ蒸す手間も惜しみなく使っている。
見たまえ!この焦げ付きのない綺麗な白身を。
目玉焼きはシンプルが故に見えてくることが多いのだ。
「素晴らしい最高だ!」
これを食べたら天に召されるだろうし、もう大学なんてどうでもいいのではないだろうか。
さあ、温かいうちに食べよう、この目玉焼きに塩コショウをかけて。そう思い、箸に手をかけたその刹那だった。
「よかったらお使いください。」
声と同時にそっと置かれたビンに唖然とした。
そのビンのラベルにはあろうことか“しょうゆ”と書かれているのだ。
突然のことに僕の頭の中は真っ白になった。そしてまた考え直す。
女将さんは目玉焼きに醤油をかけろとでも言うのか。
もしそうだとしたら奴はもはや女将でも女神でもない。
その眩しい笑顔も、透き通るような瞳も、塩のような白い肌も僕を目玉焼きに醬油をかけさせるための罠だった。
しお……そうだ、塩だ!なぜ塩をかけないんだ。
コショウをかけないのは百億歩譲ってわかる。
しかし、塩は目玉焼きにとって唯一無二の相棒だ。
醤油では、全くもって目玉焼きのポテンシャルを出すことはできない。
それどころか醬油の主張が強すぎてマイナスになる。
端的に言えば、目玉焼きに醤油をかけるのは薄口醬油を食べているのと何ら変わりないのである。
「さて、どうしたものか」
僕は天を見上げてわずかに冷静になった。
ひょっとしたらビンに書かれた文字は、僕が見間違えただけかもしれない。
そう思い直して再びテーブルを眺める。
「見間違えるわけがないか…。つまり奴は……。それにしても目玉焼きは輝いて……ん?」
目玉焼きの奥には白い光を放つ小皿があった。
「こ、これ…は……ひや……やっこ。冷奴だと!?」
女将さんは僕を騙してなどいなかった。
元々醬油は冷奴のために置いてくれたであって、決して目玉焼きに醤油をかける蛮行をそそのかすためではないのだ。
「ここに醬油をかけてほしくて、寂しそうにしている冷奴がいるではないか」
僕はおぼんに乗っていた冷奴に気付かなかった。
いや、黄金色の宝石に見蕩れていたら一向に気づけるはずがない。
つまり、この勘違いは、女将さんがとんでもないタイミングで醬油を置いたから生まれたであって、僕自身は全く悪くない。
うん、そう僕は悪くないんだ。というか、もう早く食べよう。
しょうもない妄想で疲れた。
「いただきます」
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