chapter.7
24.マーガレット
墓参り、という行為には時として様々な意味が込められる。
彼岸には先祖がこの世に帰ってくるともいい、その供養のために墓参りをするという風習もある。
ただ、墓参りはなにも、彼岸だけのものではない。
今は四月。
お彼岸を墓参りのシーズンであるとするのであれば、オフシーズン。もしかしたら死者の魂はこの世にいないのかもしれない。
いや、むしろいない方がいいのかもしれない。
もし、いるとすれば。
もし、再び対話が可能だとすれば。
その可能性は逃げ道を作ってしまうから。
「久しぶりだな……」
千秋はぽつりとつぶやく。
まともに墓参り、という行為をするのはいつ以来だろう。
初盆の時は流石に逃げ切れずに家族総出で行うこととなったが、それ以降は何か理由を用意しては欠席している。後で行く。子供じゃないんだから、一人でも墓参りくらいできるから。そんな見え透いた嘘までついて。
もちろん、墓の場所は分かっている。一人で行くことだってなんでもない。だが、問題はそんな表面的な話ではない。もっと深層の、内面的なところにある。
あれからもう、三年以上の時が過ぎようとしている。
けれど、何人かの時はあの日を境にぴたりと止まってしまった。
一人はまるで彼女の返ってくる場所を守るかのように、先へと進むのを拒んだ。
一人は何かから逃げ出すようにして、遠く離れた地への進学を決めた。
そして、千秋もまた、あの日で時は止まったままだ。
進学もした。学校にも通っている。成績だって悪くはない──むしろいい方に分類される。去年の秋ごろからは生徒会長としても二年目に突入する。
全く前例がないわけではないことだが、同じ生徒が二年間生徒会長を勤め上げるのは珍しいことではあるようだ。
帰ってくると、思っているのかもしれない。
そんなことなどありはしない。記録を照合すれば、彼女はあの日あの時この世を去ったことになっているはずだ。
葬式もした、火葬もした。たとえ魂が帰ってきたとしても、帰るべき場所が存在しない。
だから、戻ってくる場所があったとしても、その意思をどれだけついていたとしても、それらに大した意味はない。そんなことは分かっているはずなのだ。
千秋はずっと、墓参りを拒んできた。
理由なんて一つしかない。
彼女の死を、認めることになるから。
当たり前で、覆ることのない事実も、認識しなければ無いも同じだ。
だから、ずっと逃げてきた。
けれど、
「流石に、そういう訳にもいかんだろうな」
一人は前に進む決意をした。
一人は逃げ回るのをやめた。
あの日、あの時を経た者たちの時が今、緩やかに進もうとしている。
その原因は明らかだ。
「
千秋はその名前をよく知っている。
もちろんそれは、学年トップの成績を残し続けているからという点もある。
だが、それ以上に、
「…………ほう」
足が止まる。
冷泉家の墓の前だ。
視線が、一対の花立に向けられる。
最近、誰かが来たのだろう。まだ備えられて間もない花が刺さっていた。
だが、千秋にとって重要なのはそこではない。その花束の一番目立つところに添えられた、一番地味な花。
その地味さ加減は花自体からくるものではない。他のものに比べると随分とサイズも色味もよろしくないのだ。恐らく買ってきたのではなく、家で栽培したものを持ってきたのだろう。名前はよく知っている。
「マーガレット、か」
マーガレット。
一見何でもないその花には一つの意味がある。
その本当の意味は、千秋を含めて数人しか知らない。
「そうか」
千秋はふっと口角を上げ、
「考えることは同じ、か」
その手には供えるために持参した花──マーガレットが携えられていた。
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