Interlude.1
30.冷泉千秋は静かに過ごしたい。
生徒会室は基本的に静かである。
生徒会の面々が顔を出すのは基本的に活動があるときくらいのもので、会議を行うとなれば、逆に手狭になってしまうため、手近な空き教室を使う形で済ませている。
今はちょうど隣の教室が開いているので、そこが「生徒会・会議室」のような様相を呈している。他に誰かが使うということもないため、基本的には生徒会が鍵を所有している。
さて。そんな生徒会室だが、見渡す限り大分他の教室とは違った雰囲気がある。
これは元々の作りがシックな内装であるというのも関係しているが、代々の生徒会長が勝手に持ち込んだり寄贈した備品が、まあいい意味で高校生離れしているということもあるだろう。
おかげで今
正直なところ最初のうちは居心地の悪さを覚えたものだが、慣れというのは怖いものだ。今ではこの椅子でないと作業がはかどらなくなっていて、今度、同じ会社の最新商品が家に届くことになっている。
そんなおとなしい内装に、世界で最も似合わない男──
「いやぁ~相変わらずここは凄いな。学校の備品だったら親からクレームがつきそうだ。そんなところに金を使うなんて!って。お、茶柱だ。演技がいいな」
はっはっはっはっはっ。
「はぁ~~…………」
「お、どうした。ため息はよくないぞ」
千秋はもう一度軽く息を吐いて、
「幸せが逃げる、か?」
「そう。だから、ほら、笑顔笑顔」
「誰のせいだ、誰の。全く……」
その後も橘の一人語りは続いたが、千秋はそれを完全に無視し、手元の書類を確かめ、
「……おい、橘」
「そもそも四葉のクローバーっていうは……ん?どうした?何かあったか?」
「むしろこれを提出して「何もない」と思ってるのはお前くらいだろう。これはなんだ」
バッと手元の紙を広げて橘に見せる。それを見た彼の反応は、
「どうだ、いい出来だろう?」
頭が痛くなりそうだ。
千秋は橘の土俵には乗らずに、
「でかでかと書かれたこれはなんだ。部活名か?」
「そうだ。いいだろう?」
んなわけあるか。
そう、言ってやりたかった。
しかし、
「青春部……か」
千秋の視線が止まる。その先には一体何が映っているというのだろうか。
橘が、
「そうだ。一人、入部希望を持ってきたのがいてな。その入部理由がな、なんと「友達がいるから」なんだ。しかも同性じゃない。異性だ。これを青春と呼ばずに何と、」
「橘」
「呼ぶ……なんだ?」
千秋は思わずその顔を見る。より正確にはその瞳を見つめる。小学生のような無邪気さで生きている男だが、その瞳には、嘘偽りもなければ、いつもは宿っている迷いも存在しない。どうやら、今回こそ覚悟を決めてきたようだ。そう、
「良いのか?こんな名前の部活だと、そのうちなくなるかもしれないんだぞ」
橘は急に真剣な雰囲気をまとい、
「大丈夫。お願いしたい」
頭を下げる。そこにはいつもの橘は全く存在しない。
……いや、違う。
恐らくはこれこそが、橘宗平という男なのだ。
常に楽しさを追求し、卒業などとは全く無縁で、先輩として部長を務め、裏で動き回っては存続させる。
そんな男の、飾り立てた表っ面を引っぺがしにひっぺがし、最後に出てくるのは恐らく、今千秋の目の前で誠意を見せんと頭を下げている姿なのだ。
静寂。
ため息。
「分かった。私には承認することしか出来ないが、それでもいいな?」
橘は顔を上げて、いつものようににかっと笑い、
「それで大丈夫だ。ありがとな、千秋ちゃん」
「千秋ちゃん言うな。全く……」
ぶつぶつと文句を言いながら、手元にある生徒会長の承認印を押す。これで、この書類は正式に効力を持つはずだ。原本は部活動で、写しを生徒会で保管するのが決まりとなっている。千秋は手元の書類をコピー機にかけながら、
「そういえばその入部希望者とやらだが、一体誰の後追いで来たんだ?」
橘は「ああ」と気が付き、
「そういえば言ってなかったな。こっちは多分、名前くらいは知ってると思うけど、
「さいおんじ……」
コピーする枚数は一枚。
濃度は濃いめ。
「もしかして、学年一位のやつか?」
「ご名答」
カラーコピー。
印刷開始。
コピー機が役不足だと言わんばかりの音を立ててコピーを開始する。
千秋は橘をじっと見つめ、
「……もしかして、その彼もお前の差し金か?」
橘は首を横に振って、
「いいや。まあ、いずれこうなるかもな、とは思ってたけどな」
千秋は肩でひとつ息をして、
「全く食えない男だ」
橘は、
「だからため息は幸せが逃げるよ、千秋ちゃん」
「千秋ちゃん言うな」
ピーっという音がし、一枚の用紙が排出される。どうやらコピーは終わったようだ。千秋は大元を橘に返し、
「持ってけ。無くすなよ」
受け取った橘はにっと口角を上げ、
「無くさないさ。大事なものだからな」
しっかりと懐にしまい込んだ。
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