2973年のカァド・ファイタ

海猫ほたる

2973年のカァド・ファイタ

 その古びた宇宙スティションは、冥王星の外れにあった。


 この辺りは、普段から、宇宙船が通る事は滅多にない。


 宇宙モォテルスティションが建ち並ぶ、宇宙の郊外だ。


 そこに、時代外れなヴィンティジ宇宙船がやって来た。


 その宇宙船は、ボボボボボボッッッと、一際大きな排気音を船尾から唸らせ、宇宙スティションに駐船した。


 中から、やや小柄な男が降り、宇宙スティション内のバァに入って行った。


 男は、口髭を蓄え、ボロボロの野球帽を目深に被り、ヨレヨレのアロハ姿だった。


 からんっ……


 バァの入り口ドアに付いている鐘の音が、店内に鳴り響く。


「いらっしゃい。」


 マスタァは男の方に顔を向け、グラスを拭きながら言った。


「お客さん、メニュは壁に書いてあるよ」言いながら壁を指差す。


 男は、メニュを暫く眺めた後、カッと目を見開いた。


「ジャック……ダニエル……あるのか?」

 マスタァはニヤリと笑った。


「お客さん、目が高いね。私は若い頃、地球産のウイスキィにハマってた事があってね。

 今では滅多に見かけない、なかなかレア物ですぜ」


「それをくれ……ロックだ」男は言った。


「承知で。お客さん、もしかして地球人ですかい?」

 マスタァは言いながら、手際良くジャック・ダニエルをグラスに注ぎ、氷を入れる。


「ああ、地球だよ……」


 男は、グラスに口を付け、ちびちびと味う様に飲む。


「あぁ、うめぇ……地球産のウイスキィは何十年ぶりだろう……」


 男はウイスキィを飲み終えた後も、暫く空になったグラスを眺めていた。


 やがて、ふと思い出した様に懐から一枚の写真を取り出した。

 写真は色褪せて縁がボロボロになっている。


 男は、写真を見ながら、何かを思い出す様に話し出した。


「俺の若い頃、地球でカァドゲェムが流行っていてな……俗に言う、対戦形トレェディングカァドってやつだ」


「ほう……」マスタァは聞きながら、煙草を取り出した。


「その頃、俺はカァドゲェムのプレイヤとして、地球ではちょっとした有名人でな。大会に出ては優勝を繰り返していた」


「強かったんですね」マスタァは煙草に火をつけて、咥えた。


「ああ。あの頃は誰にも負けなかった。だが勝ち過ぎちまってな。次第に幾つかの大会に出禁になった。そこで俺は、それまで稼いだ攻略法を雑誌に連載して原稿料で稼ぐ事にした」


「なるほど……」


「その作戦は見事に当たってな。調子に乗った俺は、次に、自叙伝を書く事にした。これもなかなか好評だったよ」


「へぇ、凄い物ですね……どうぞ」

 言いながらマスタァは男に水を出す。男は水を一口飲み、話を続ける。


「ああ、ありがとう。それで、俺はまあ、たんまり稼いだんで、自叙伝が完成したら銀河一周旅行に出ようと決めたんだ。当時の地球では、超豪華・銀河一周宇宙船クルゥズって奴が流行りでな」


「ほう……」


「この写真は、自叙伝の完成披露パァティに、編集部の奴らが企画して、俺の読者を何人か呼んだんだ。俺と、俺の読者と、仲間とで撮った写真さ……地球で撮った最後の写真になっちまったけどな」


 男はそう言ってマスタァに写真を見せた。写真には、数人の男達が笑顔で写っている。写真に、日付けがプリントされている。


「2973年4月、ですかい……」マスタァはポツリと言う。


「そうだ。この写真を撮って直ぐに、俺は銀河旅行に出かけた。……その後だったな。地球が滅びたのは……」

 男はふうとため息をついた。


「俺は帰る星を失って、そのまま銀河旅行を続けるしかなかった。旅行が終わってもそのまま旅を続けたよ。得意のカァドの腕前で、これまで何とか食い繋いできた。これからも、そうするさ」

 男は立ち上がって、財布からお金を出し、テェブルに置いた。


「ありがとよ、良い酒だったぜ。またこっちの方に来る事があったら、寄らせて貰う事にする」


「お待ちしています。ウイスキィは、まだ在庫があるので、ちゃんと残しておきますよ。沢山、稼いで来て下さい」

 マスタァはそう言って男を見送った。


 男は、へっ……とだけ言うと、そのまま店を出て行った。


 マスタァは男が去ったのを見届け、グラスを片付けた。


 店には、再び静寂が訪れていた。

 マスタァは机を拭きながら、ふと、窓の外を眺めた。


 店の外には、冥王星が輝いていた。

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2973年のカァド・ファイタ 海猫ほたる @ykohyama

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