第2話 幼馴染でもムードは大切

「で、どうしたんだ?急に相談したいことって」

「いつも天然な直樹君が珍しいわよね」


 お昼休み、僕と慎介しんすけは学食に居た。

 慎介の彼女であり、同じく官舎組の沙羅さらちゃんも同席。

 ちなみに、沙羅ちゃんは官舎C棟組だ。


「天然はおいといて。今朝、僕がスケートリンクに誘われたでしょ」

「ああ、あれな。ようやく、結子の意図に気づいたか?」

「気付かされた。「デート」を怖いくらい強調されたからね」

「だな。お前が悪い」

「うん。直樹君が悪い」

「それはそう」


 思えば、ゆいちゃんには何度二人きりで遊びに誘われただろうか。

 その内、何度を、沙羅ちゃんや慎介を誘って潰しただろうか。

 とても申し訳ない気持ちになる。


「だから、今度のデートはいい返事出来ると思う、て、言った、んだけ、……」

「……」

「……」


 慎介にも沙羅ちゃんにも、凄い微妙な視線で見つめられてしまう。


「あのさー。俺ら官舎組はただでさえ、小学校の頃の縁が続いてるだろ」

「ま、そうだね。中学の頃も、固まってた傾向があったし」

「とはいえ、友達から彼女になるわけで、さらっと済ませるのはどうかと思うぞ?」

「正式な返事は、今週末のつもりだけど」


 と、言い訳がましい事をいうと、沙羅ちゃんが怖い顔をして立ち上がった。


「そういう問題じゃないの!あのね、女の子はムードをとっっっても大事にするの。正式な返事が、とか、じゃなくて、教室で、さらっと返事とか百年の恋も覚めるわよ。わかる?」


 横で聞いていた沙羅ちゃんがキレだした。

 昔から、彼女は怒ると怖いんだよなあ。


「僕が悪かったよ。でも、もう実質返事しちゃったわけで。どうすれば」

「ちゃんと、ムードを作って、改めて、告白しろ」

「うん。それしかないね。結子ちゃんも、面倒なのを好きになるんだから」

「その言い様には、色々反論があるけど。で、ムードと言ってもどうすれば?」


 一応、多少は午前中に調べた。

 冬のこの時期だから、ライトアップされているところがいいだろうとか。


「そんなに難しい話じゃないんだけど、なんせ、直樹だからなあ」

「一応、雰囲気のいい場所とかはリサーチしたよ?」

「直樹君だから、そこでいい感じに雰囲気壊しそうなのよね」

「僕が思いっきりディスられてるのはわかるけど。案出してよ、案」


 お付き合いしてる二人のことだし、何かいい案は出るだろうと。

 そう思っての言葉だったけど。


「ぶっちゃけ、お前らA号棟でお向かいさんだろ。デートで帰る直前に、A号棟手前くらいで告白するのが雰囲気出ると思うぜ」

「官舎手前くらいでもいいかも。直樹君はよく知ってると思うけど、結子ちゃん、寂しがりなところあるから、離れたくない感じの時に切り出すのがいいわね」


 確かに、昔から、彼女は人一倍寂しがり屋なところがあった。

 それに、官舎の手前は街灯がぽつんとあるだけで、雰囲気がある。

 なら、アドバイスに従ってみるのが良いかもしれない。でも-

 長年の付き合いとはいえ、慎介たちのアドバイスのままなのも癪だ。

 少し、アレンジを加えてみよう。


「わかった。二人とも、恩に着るよ」

「ま、色々言ったけど、結子はお前にベタ惚れだから大丈夫だって」

「そうそう。ちょっと、つい弄っちゃったけど。頑張れ!男の子!」


 そう声援をくれる二人は、やっぱり得難い友達だ。

 

◇◇◇◇


 そして、時は巡ってデート当日。


「んー。やっぱり、アイススケート、気持ちいいー」


 スケートリンクを一周して、僕の所に戻って来るゆいちゃん。


「じゃ、僕も滑ろっかな。手、出して」

「うん?」


 意図がよくわかっていないようだったけど、彼女の手を握る。

 そして-


「ちょ、ちょっと?」

 

 手を繋いだまま、すいすい滑り出した僕に慌てるゆいちゃん。

 ちょっと、楽しくなってきた。


「こういうのも、たまにはいいでしょ?デートなんだから」

「もう。なおくんの癖にー」

 

 恨めしそうな顔で睨まれるけど、僕にだって矜持がある。


「僕だって、色々考えるよ」

「なおくんの頭の良さはよくわかってるよ。そういう意味じゃなくて、ニブちんの癖に、こうやって、サラッと私の手を握って滑り出す所!」

「好きな女の子とこうしたいのは自然だと思うけど?」

「調子乗ってるね。でも、なおくんは、決断すると、色々出来ちゃうんだよね」

「そうかな?」


 二人で、スイスイと滑りながら、楽しく会話を交わす。


「そうなの!しかも、即決即断だから、私がどれだけ振り回されて来たか……」

「たとえば?」

「登山してくる、て言って、いきなり、ふらっと2000m級の山に登ったり」

「あれは、せめて家族には言っとくべきだった。ごめん」

「私にも事前に教えて欲しかったな。一緒に山登りしたかったし」

「じゃ、これからは一緒に登ろう」

 

 ほんとは、僕に比べると体力がないゆいちゃんが心配だけど。

 でも、登山デートっていうのもいいかもしれない。


「手をつないで滑ったのって、小学校の頃、思い出すよね」


 どこか、昔を懐かしむ様子でつぶやく彼女。


「あった、あった。僕が手を繋がれてた方だったけど」


 アイススケートを始めたばかりの頃だったか。

 慣れるまで、こわごわと言った僕の手を彼女が握ってくれたのだ。


「でも、なおくんも成長するんだね。手もこんなにおっきくなって」

「手袋越しだけど?」

「それでも、あの時と違うのはわかるよ」

「そっか。ゆいちゃんも、あの時とは違うね」


 あの頃の彼女の手はもっとずっとちっちゃかった。

 そんな事を考えていると、心がほんわかと暖かくなってくる。


「……そういえば、デート誘った時はごめんね」

「僕が先回りして、返事したこと?いや、あれは僕がデリカシー無かったよ」

「ううん。なおくんがそういう男の子だっていうのは、わたしもよくわかってたはずなのに。つい、私が思っていたムードのある告白を壊された気になって、イラってしてただけ。私の身勝手だよ」


 そういえば、そうだった。ゆいちゃんも、割と思い詰めるタイプだから。

 ああいう、八つ当たりみたいなのは自己嫌悪しちゃうんだよね。なら。

 

「身勝手でもいいよ。ゆいちゃんは昔からそうだったでしょ」


 不器用で、寂しがり屋で、でも、自分をいつも見つめ直している。

 そういう所だって好きになったんだし。


「なんだか、今日は、なおくん、嬉しいこと、いっぱい言ってくれるね」


 ちらっとこっちをみた彼女は、はにかんでいた。可愛い。


「僕なりに、色々内省してみたの!」

「そうだよね。いつまでもぼーっとしてた、あの頃のなおくんじゃないもんね」

「今もぼーっとしてるのは否定しないよ。でも、僕もちょっとは成長しないと」


 彼氏として、彼女を支えたいし、という言葉は今は飲み込む。

 さらにすいすいと氷上を滑る僕たち。走るのとも、歩くのとも違う良さがある。

 この、スー、と、身体が進む感じが。隣に彼女がいる事も。


「今日は、デート、誘ってみて、良かった……」


 白い吐息を吐きながら、幸せそうな顔のゆいちゃん。

 だから、僕なりの「デート」は間違ってなかったんだって、信じられた。


◇◇◇◇


 いっぱい滑って、帰る頃には、もう空がすっかり暗くなってしまった。


「なんか、久しぶりに、ううん、初めてかな。デート、楽しんじゃった」


 万感の想いを込めた彼女の言葉。


「今までは、僕が、慎介とか沙羅ちゃん誘って台無しにしてたこと多かったよね」

「もう恨んでないから。いじけないでよ」


 愉快そうに、ゆいちゃんは言うけど、僕は別にいじけていない。

 ただ、好きな彼女と、こうして手を繋いで一緒に帰り道を歩いている事が幸せで。

 

「別にいじけてないよ。幸せを噛み締めてるだけ」

「そっか。ありがと」


 しばらくお互い無言で歩いていると、気がつけば官舎が見えてきた。


「もう、帰って来ちゃった。早いね」

「うん……」


 やっぱり手を繋ぎながら、官舎A号棟への道のりをゆっくり歩く僕たち。


「あ!慎介の部屋の灯りついてる」

「沙羅ちゃんの部屋は……あれ?消灯してる」


 はてな、という顔のゆいちゃん。


「あ!」

「どうしたの?」

「慎介君と沙羅ちゃんはお付き合いしてる、でしょ?それで……」


 言葉を濁したけど、僕でも言いたいことはわかった。


「つまり、部屋で二人っきり、と」

「いいなー。二人でお部屋で楽しくやってるんだろうなー」


 慎介の部屋の灯りを見つめるゆいちゃんは、なんだか羨ましそうだ。

 よし、なら。


「せっかくだし。僕らも、部屋で話さない?」


 兼ねてから考えていた提案をしてみた。

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