同じ団地に住む幼馴染の態度が最近妙なんだけど
久野真一
第1話 当たり前に幼馴染だった僕たち
最近、世の中のフィクションをよく読むようになって驚愕した事がある。
それは、「幼馴染」という存在が何やら特別なものとして扱われている事だ。
たとえば、隣同士で家族同士の交流があって。
あるいは、ヒロインの引っ越しその他で引き裂かれて-
とにかく、世間ではどうにも「幼馴染」は特別な存在らしい。
しかし、僕たちにはどうにもそんな実感がない。
それは、高校二年生になっても、幼い頃からの関係が普通にあるからだろう。
ピーーーーン、ポーーーーン。ピーーーーン、ポーーーーン。
やけに間延びした音のインターフォンを鳴らすのも、もう数百度目。
いや、千回を超えてるか。
「はーい。
「
「ちょっとご飯食べてるから、入ってて?」
「ほいな」
ガチャリと扉を開けて、
僕たちの住む団地、通称「官舎」は、セキュリティ意識が総じて低い。
法律関係者が住む団地という特殊性もあり、団地住民同士の付き合いは深い。
だから、鍵をかけないで居ても割と平然としているご家庭も多い。
彼女の家は僕の
家の床をとことこと歩きながら、習慣のように食卓を目指す。
「あ、なおくん。おはよー」
さっき言った通り、まさに食事の真っ最中だった。
「おはよ、ゆいちゃん」
呼び名を改める機会が無かったので、昔からの呼び名が続いている。
「まだご飯ちょっと残ってるけど、食べる?」
おばさんがいつものように僕に残り飯を勧めてくる。
「じゃあ、小盛りで」
太ってる方でもないので、厚意は基本的に有り難く受け取ることにしている。
「ゆいちゃん、眠そうだけど?」
「昨日、ちょっと、
「最近、流行ってるよね。脳科学とか、そっち方面」
「そうそう。面白くてつい読みふけっちゃった」
僕も含めて、官舎のご家庭は総じて教育熱心なところが多い。
知的好奇心が強いタイプが多くて、特にゆいちゃんもその口だ。
「関係ないけど、ゆいちゃん、生活不規則なのに、よく太らないね」
「これでも、コツコツ筋トレしてるから。なおくんもどう?筋トレ」
「僕は有酸素運動の方が好きかなー」
彼女は筋トレ派で、僕はジョギング派。別に対立するわけじゃあないんだけど。
「「いってきまーす」」
ゆいちゃんが登校の準備をするのを待って、揃って出発。
「そういえば、思い出したんだけど」
「どしたの、なおくん?」
「いや、昨日、小学生連続殺人犯の判決出たでしょ」
「ニュースでやってたよね。おじさんが裁判長だったよね」
「前に、父さんのPCのデスクトップに判決文転がってた」
裁判所関係者は、今もワープロソフト「一太郎」を使っている。
色々な理由があるのだけど、共用PC立ち上げたら、デスクトップに
「○○事件判決文.jtt」なんてファイルが転がっててたまげたものだ。
「うちも人のこと言えないけど。おじさん、大丈夫?」
「僕もさんざん注意してるんだけどね」
「私のとこはさすがにデスクトップじゃないけど……」
「隠しフォルダに入れてるってオチでしょ」
「そうそう。あれって、Windowsの設定で無効化出来るんだけど」
「将来、途中の判決文が流出しないか心配だよ、僕は」
「私も」
官舎は、公務員が住むための宿舎のための通称だ。
ただ、僕たちの住んでる官舎は、裁判官、検事が住んでる事が多い。
僕の家もゆいちゃんの所も、父親は裁判官。
法曹界隈、とりわけ裁判官の世界というのは狭いもので。
僕の父さんもゆいちゃんのお父さんも同じ裁判所で働いている。
「そういえば、昨日、
「僕の所も同じく。ていうか、同じところからじゃないかな?」
「そんな気がするね」
「
「当たってる」
「やっぱりか」
裁判官は、業界としては独特で、横の繋がりを重視する傾向がある。
お中元やお歳暮は当然で、特に地方の特産品などを送る人が多い。
で、毎年、和歌山地裁にいる父さんの友人からはみかんが届く。
地裁は、地方裁判所の略で、各都道府県に一つしかない。
そんな事を話しながら、
いつものように、少しだけ距離を開けて、隣りあって歩く。
親しき仲にも礼儀あり、という多少の配慮だ。
「でも、最近は寒くなって来たね」
もう十二月で、朝に吐く息も少し白い。
「冬だからね仕方がないよ。あ、スケートリンクとか行こうよ」
「いいね。アイススケート」
幸い、電車で数駅のところに、スケートリンクがある。
別に、何か特別な事をするわけじゃないんだけど、
なんとなくすいすい滑るのは楽しい。
「なおくん、最初の頃は、凄い苦手だったよね」
「コツ掴むまでは、あれ、怖いでしょ」
「そうなんだけど、でも、コツ掴んだら、スイスイだよね」
「たまにコケたら痛いけど」
別に色っぽい事をするわけじゃなくて、お互いに好き勝手に滑るだけだ。
でも……と、隣のゆいちゃんをちらっと見る。
背中まで伸ばした髪にお大きくクリクリとした瞳。
艶々とした肌、ほどほどの出た胸に、筋トレのおかげかスリムな体型。
「なんか、ゆいちゃんも美人になったよね」
「ど、どうしたの?突然」
「いや、最近思ってた事を口にしただけ」
「嬉しいんだけど、唐突に褒め言葉言われるとドキっとするよ」
すーはーと深呼吸をしているゆいちゃんだけど、何か変な事でも言った?
「でも、そういうところは変わらないね」
「そーいうところ?」
「褒められるとあわあわして、可愛いところ」
「もう。なおくんは、いっつもそういうの素で言うんだから……!」
顔を赤くして照れるゆいちゃんがまた可愛い。
ほんと、ゆいちゃんとこうして一緒に過ごせて幸せだと思う。
でも、いつまで、こうしてられるんだろうか。
しばらく、世間話をしながら、仲良く登校した僕たちだった。
◇◇◇◇
「「おはよー」」
「よ、結子に直樹。いつも仲いいことだな」
少し軽いノリで声をかけてくるのは、
同じく、官舎で育った仲の友達だ。
「付き合いの長さで言うなら、慎介も似たようなもんでしょ」
「つっても、お前らのA号棟とこっちのB号棟だと、ちょっと距離あるし」
「まあ、高校にもなると、行くのが億劫になるよね」
「ひっでぇ。それが友達に言う台詞かよ」
「冗談だよ、冗談」
僕たちの住む官舎は、A、B、C号棟の三棟ある。各棟の距離は50m程。
慎介のB号棟も近いと言えば近いんだけど、一緒に登校するには同じA号棟のゆいちゃんの方が気楽だからという、どうでもいい理由で登校が別になった。
一緒の登校する理由も、徒歩で登校というのは退屈だからというのが大きい。
「そうそう。さっき話してたんだけど、今週末、慎介もスケートリンク行かない?」
何気なく誘ったつもり、だったんだけど。慎介はとても渋い顔。
何やら、ゆいちゃんまで気まずそうな顔をしている。
「いや、俺は遠慮しとく。今週、来週辺りはバイト忙しいし」
「そっか。バイト頑張ってね」
「……うん、まあ、頑張れ」
「うん?頑張るのは慎介の方じゃ」
「いや、わからないならいい」
「??」
ま、いいか。別に機会はいくらでもあるのだし。
「ねえ、なおくん。今週末のスケートだけど、帰り際に聞いて欲しいことがあるの」
何か決意を秘めたような、思い詰めたような、ゆいちゃん。
「うん?相談なら、今週末まで待たなくても」
「小学校から、なおくんはずっと天然だね」
「そこは否定しないけど。言ってくれないとわからないって」
僕としても、ゆいちゃんが困ってるのなら相談に乗りたいし。
「あのね!」
「う、うん。どうしたの。大きい声出して」
「今度のは、ううん、これまでもだけど。デートのつもりなんですけど?」
デートの所が一オクターブくらい下がった。怖い。
そういうことか。いくら鈍い僕でもようやくわかった。
「ご、ごめん。僕も、その、デートとして受け止めるから。うん」
「誘う方にこういう事言わせないで欲しいんだけど」
「いや、ほんと、ごめん」
「でも、なおくんはそのままでいいのかもね」
ゆいちゃんが、なんだか、急に優しい目つきになる。
「いや、僕も、ちょっと鈍感過ぎるから、そこはなんとかしなきゃと思うよ」
「ううん。そういうのも含めて、なおくんのいいところだし」
先程、褒め言葉を言われて、あわあわしてたゆいちゃんだけど。
僕も、そういう風に言われると少し照れる。
でも。
「でも、今回は悪かったから。週末は、良い方向の返事、出来るから」
さすがに教室で言うのはありえないだろうと、遠回しに意思を伝える。
「……なおくんなりに安心させてくれようとしたんだろうけど、減点」
「ええ?だって、答えがわからないまま当日とか不安でしょ」
「そういうのも含めて楽しみたかったの」
「でも、もう言っちゃったわけだし」
「嬉しいんだけど、色々フクザツ……」
そんな言葉を最後に、お互いの席についた僕たち。
(うーん。女心は難しい)
僕も好きなわけだし、事前に遠回しに伝えたのが、かえってよくなかったらしい。
でも、今週末に正式な返事をして、お付き合いをするわけだけど。
お付き合いと言っても、何すればいいんだろ。
(きっと、慎介に言ったら呆れられるんだろうなあ)
既に彼女持ちである親友の返事が容易に想像出来てしまう。
でも、ゆいちゃんが「彼女」になっても、これ以上に距離が縮まるんだろうか。
そんな事をふと考えてしまう。
(ゆいちゃんが幸せになってくれるように、彼氏らしくしたいんだけど)
なんて思いながら、授業の開始を待ったのだった。
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