アラカルト5 ~内山春樹とカルトちゃん~
【アラカルト5 ~内山春樹とカルトちゃん~】
オレの好きな子は、宗教に入っていた。
小学四年生の春。隣の席になった美心ちゃんはとても可愛くて、優しかった。
オレが風邪で学校を休んだ時は、わざわざ毎時間ノートの写真を送ってくれて、体操服が破れた時は、慣れない手つきで縫ってくれた。目が合う度に見せられる、彼女の照れたような笑みが眩しくて、その笑顔にオレは生まれて初めて女の子を感じた。
閉じた瞼を太陽の光がすり抜ける時に見える赤。それが彼女の綺麗な髪色と同じだった。オレは目を閉じても、そこにずっと彼女を見ていた。
どうしようもないほどの初恋だった。
彼女には特別な習慣がある。それはクラスでも有名だったと思う。何をしているのか当時のオレにはよく分からなくて、親に相談すると、あまり近づかない方がいいと言われて悲しくなったのを覚えている。だんだんと彼女の習慣に興味を持つようになって、宗教というものを勉強するようにもなった。
アカシアの救徒は、いわゆる新宗教だ。しかし反社会的な思想があるわけでもなく、ある側面から見るととても慈善的にも見えた。ただ、知れば知るほど、当時のオレにとっては理解が難しかったのだ……。
まず理解出来なかったのは、彼女らから見て、オレには心が宿っていないという事だ。もちろん自分で自分には心が宿っていないなどと思えるわけもなく、もし仮に、美心ちゃん達のいう事が正しかったとして、今自分が心だと感じている、この自分の感情は一体ナニモノになるのだろう。そんな疑問で頭がすぐにパンクした。
そして次に理解出来なかったのは、アカシアの救徒が目指す『アセンション』というものだ。ある日オレは美心ちゃんから、その聞きなれない単語を教えてもらった。
「いつか訪れる選別の日にね、心の宿った救徒は、宇宙の生まれるきっかけになったアーカーシャのクオリアと、対等になれる次元に移行するの」
彼女は少し自慢げに語っていた。
「何でそんな事しないといけないの?」
それがオレの一番大きな疑問だった。この世界は楽しい。学校にはみんないるし、ゲームやマンガ、公園だってある。どうして楽しいものばかりのこの世界から、そんなところに行かなくちゃいけないのだろうと、それが単純に不可解だった。
「なんでって……」
美心ちゃんは少し考えた。やがて眉間にシワが寄り始める。
「……多分行かなきゃいけないの!」
ひねり出したようにしてそう答えた。答えになっていない事は小学生のオレにでも分かる。
「……美心ちゃん、そんなことする必要ないよ。辞めようよ、そんなこと」
オレがそう言うと、彼女は少し悲しそうな顔をした。初めて見る表情にオレは戸惑って、とっさに「ごめん、今の無し」と取り繕う。すると眉を曲げて困ったように微笑んでくれた。
分からないことだらけだった。彼女らがどうしてそんな生き方をしているのか。どうして美心ちゃんが友達を作っちゃいけないのか。
でも分かり始めたこともあった。彼女はやりたくてやっているわけじゃなく、ただ親がアカシアの救徒だったからという事。彼女らは世間から疎ましく思われているという事……。
それが分かってくると、段々とオレの中で『悪のカルト教団アカシアの救徒と、そこに囚われた小牧原美心』という構図が出来上がっていった。実に子供らしく、自分勝手で、物事の表面しか見ていない幼い考えだ。
そしてあの日。どんな流れかは忘れたが、オレは美心ちゃんと会館に遊びに行くことになった。道中はとても楽しかったと覚えている。学校の子を会館に連れて行くのは初めてだと美心ちゃんは言っていた。それを聞いてオレは更に嬉しくなった。もしかしたら美心ちゃんは、オレに宗教に入って欲しいって思ってるのかもしれない。アカシアの救徒はオレにとって悪い集団だ。入りたくはない。でもオレだけを勧誘してくれているということは、オレと本当の友達になりたくて、……恋人になりたくて誘ってくれているのかも。と、どこか胸は高鳴っていた。
そして何よりあの日のオレは、美心ちゃんをアカシアの救徒から助けるんだと、密かにヒーロー気取りでいたのだ。
で、結果は最悪。
正直あの日の事はあまり覚えていない。ただ怖くて、逃げ出して。そしてそんなみっともない自分が情けなくて、とても惨めだった。
思い知らされた気分だった。彼女と自分は、本当に住む世界が違うんだと。そして一生友達にはなれず、恋人にもなれないんだと……。
それからしばらく、オレと彼女は疎遠になった。クラスも離れて、顔も見なくなった。それでもオレは毎日美心ちゃんの事を考えていた……。
そのまま時は経ち、中学に上がった一年目に、オレはまた彼女と同じクラスになった。五十音順で座ると『内山』と『小牧原』は隣同士。しかし小学校とは違い、机をぴったりとくっつけているわけでは無く、二人の間には人ひとり分の隙間があった。その隙間が途轍もなく遠く感じて、話しかける勇気が出なかった。多分彼女も同じだったのだろう。たまにオレの方を見ては、悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしていた。
中学に上がると新たな問題も起こる。彼女の信仰を知らない、他の小学校だった人たちが、人づてにそれを知り始めたのだ。給食の時になると教室からいなくなる彼女の事で、ヒソヒソと噂話が広がり始める。低学年の頃はみんな無邪気だったこともあって、なんとなくそれでも馴染めてはいたが、中学では難しそうだった。このままではすぐにでも小牧原美心はいじめられる。そう思ったオレは、今度こそ彼女を助けるため、いじめられないようにする為の計画を練る事にした。それも、恐ろしいほどに自分勝手で、浅はかで、馬鹿げた計画を……。
この時もまだオレの中では『悪のカルト教団アカシアの救徒と、そこに囚われた小牧原美心』という構図は健在で、計画はこの構図に準拠していた。つまりオレの計画は、クラスの中で、ヘイトを美心ちゃんではなく、アカシアの救徒に向けるというものだった。
オレはアカシアの救徒の事を「カルト」と呼び、あくまで美心ちゃんは無理やり付き合わされている可哀想なクラスメイトであるという風潮を作ろうとした……のだが、結果は全て裏目に出た。
周りは美心ちゃんに遠慮するようになり、彼女は孤独になっていく。やがてオレが制御をしきれないクラス外には、カルト教団の娘という風に伝わり、二年になってクラス替えを挟んでしまうと、もう完全に彼女はいじめの対象になってしまった……。
まさかこんな事になるなんて思ってもみなかった。なんとか事態を収めようと案を考えてた頃、とある噂を耳にした。
「二組の男子、例のカルトちゃんに連れてかれて勧誘されそうになったらしいぞ」
その噂を聞いて、オレは自分の中の何かが壊れた気がした。
彼女はあの時、オレだけを会館に連れて行ってくれたのに……
オレだけが、特別だったはずなのに……
オレはこんなにも、君を助けるために頑張っているのに……!
結局アイツは、アカシアの救徒の一員だ。勝手にオレが浮かれていただけで、アイツがオレを会館に誘ったのは、ただシンプルに宗教勧誘だったんだ。もしかしたら親に言われてやったのかもしれない。けどどちらにせよ、オレのただの片思いだった事には違いない。オレは二組の奴らと同じカモだったんだ。
オレの恋心はこの時、怒りにへと裏返ったのだった――
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