きらきら光るお空の星よ

宵野暁未 Akimi Shouno

きらきら光るお空の星よ

 昔むかし、或る海辺に小説家と読者が住んでいました。

 小説家の名前は佳久子かくこ、読者の名前は世務男よむおといいました。

 小説家の佳久子はひたすら部屋にこもって小説を書き、読者の世務男は、海で漁をしたり畑で野菜を作ったり薪を拾ってきてお風呂を沸かしたりして働き、佳久子の小説が書きあがると読んでいました。


 二人に仲間はいませんでした。箱庭のように小さな二人だけの世界で、佳久子は小説を書く以外は無能でしたが、世務男の代わり映えのしない繰り返しの毎日に楽しみを与えてくれる存在でした。

 佳久子の書く小説は、美しい夢と輝く希望にあふれていました。いつか住人が増えて沢山の仲間ができたら、佳久子と世務男の世界が広がって素晴らしい毎日になるに違いないと信じていたからでした。

 佳久子の書く小説は多くの人達に読まれ、歓びを与えるに違いありません。世務男には多くの仲間ができて、賑やかで刺激的な楽しい毎日が始まるに違いありません。佳久子も世務男も、そう信じていました。


 或る日、二人の住む世界に異変が起こりました。

 新たな大勢の住人たちがやってきたのです。佳久子と世務男しか居なかった小さな世界は、一気に住人が増えて賑やかになりました。夢見たことが現実となり、きっと、佳久子の書いた小説は多くの読者に読まれ、世務男には多くの仲間ができるに違いありません。


 ところが、二人が予期していなかったことが!

 新しく住人となった大勢の中には、別の小説家 英主エースがいたのです。そして、新たな住人の皆様は、既に小説家 英主の読者でした。


 世務男は、小説家 英主の書く小説を読んで衝撃を受けました。佳久子の書く小説とは全く違い、読み始めからグイグイと引き込まれ、登場人物は個性的で、次々に起こるトラブルを主人公がどう切り抜けるのか、ハラハラドキドキして続きが気になって仕方ありません。


 世務男は思わず叫びました。

「世の中にこんな面白い小説があったなんて!!」


 小説家 英主の読者達は言いました。

「だろうだろう。小説家 英主こそは世界最強の小説家。佳久子という小説家なんて比べ物にならないよ。世務男も小説家 英主を応援する仲間になろう!」


 その日から、世務男の生活はガラリと変わりました。多くの仲間たちと小説家 英主の小説を話題に盛り上がり、仕事以外の時間に遊びに行ったり、夜には飲みに行って一緒に語り合ったり、楽しい時間を過ごすようになりました。


 小説を書く以外は無能な佳久子は、一人で部屋にこもって相変わらず小説を書いていましたが、ただ一人の読者であった世務男は、もう佳久子の書く小説を読んではくれなくなりました。


 或る日、佳久子は世務男に尋ねました。

「私の書く小説は、もう読んではくれないの?」


「だって、小説家 英主の書く小説は凄いんだよ。きらきらきらきら輝いているんだよ。もう佳久子の小説には何の輝きも感じないんだ」


 佳久子は覚悟を決めました。内気で、部屋から出たことが無く、世務男意外とは話したことのない佳久子でしたが、小説家 英主に戦いを挑むことにしたのです。


 部屋から出た佳久子は、目が眩み、足がすくみました。心臓がバクバクし、息も苦しく感じました。それでも、小説家 英主に挑む為には外の世界に踏み出すしかありません。


 佳久子は、小説家 英主の読者仲間たちが集う場所へと向かいました。

 予想に反して、佳久子は暖かく迎えられました。


「ようこそ佳久子さん。仲間として一緒に楽しもう」


けれど、佳久子は首を振りました。

「私は、小説家 英主に挑む為に来たのです。彼はどこですか?」


「僕はここにいるけど?」

 小説家 英主はにこやかに握手の手を差し出しました。


 佳久子は迷いました。

(小説家 英主の手を取って彼らの仲間になったら、自分はもっと楽に生きられるのかもしれない。けれど、私が望むのは……)


「小説家 英主さん、私と勝負をしましょう」

 佳久子は握手の手は出さずに言いました。


「勝負? 構わないけれど、どんな方法で?」


「読者の皆様が面白いと思った方の小説にそれぞれ星を付けます。星の多い方が勝ちです」


「その勝負、僕にどんなメリットが? 佳久子さん、君にもメリットがあるとは思えないんだけど」


「そうかもしれません。それでも、『私と読者と仲間たち』の為には勝負しなければならないんです」


「僕にはよく分からないけれど、いいよ。それぞれが自信作をネット上に公開して、読者は面白いと思った方に星を付ける。制限時間は24時間。それでいいかな」

 小説家 英主の提案に佳久子は承諾しました。


 その夜、広場の木と木の間に大きな漁網ぎょもうが掛けられ、深夜零時になると、佳久子と小説家 英主の書いた自信作がそれぞれ掲示されました。

 広場に集まった世務男と読者達は、漁網上に公開された二人の小説を読んでいきます。一人、また一人と、読者達は面白いと思った方の小説が公開された漁網に、海星ひとでをくっつけていきました。

 読者の代表で僧侶でもある雲栄うんえいが勝負を見守ります。雲栄の実家は網元でもあり、漁網を提供したのも雲英でした。

 佳久子と小説家 英主は、別の場所で待機しました。


 24時間後、いよいよ勝負の行方が決まる午前零時、佳久子はドキドキしながら、小説家 英主は余裕の表情で、広場の漁網を見に行きました。


 小説家 英主の自信作が公開された漁網には、空に星が輝く如く、数え切れないほどの海星ひとでがくっついていました。小説家 英主の圧倒的勝利です。

 佳久子の自信作が公開された漁網には、全く海星ひとでが見えません。


 佳久子は、覚悟していたとは言え圧倒的な海星の差に愕然としました。

「ああ、完全な負けだわ。小説を書くしか能が無かったのに、もう私が小説を書く意味は無いのね」

 佳久子はその場に倒れそうになるのを必死に我慢し、小説家 英主に手を差し伸べました。


「初めから分かってはいたけれど、私の完敗ね。小説家 英主さんの実力の凄さを思い知ったわ」


「いや、君も善戦したよ。ほら、目立たない場所だけれど、海星が1つ」


 佳久子が目を凝らすと、確かに、目立たない場所にひっそりと、海星が1つくっついていました。

 読者の中にいた世務男が恥ずかしそうに頭を掻いているのが佳久子の目にとまりました。きっと、佳久子の小説に1つも海星が付いていないのは可哀そうだと思って世務男が付けてくれたに違いないと佳久子は思いました。


(ただ一つの海星。それでもいいわ。私が届けたかった世務男に届いたのなら)


 佳久子はその場に倒れました。

 書く事に集中するあまり食べることも寝ることも忘れ、元から身体が弱かった佳久子は病に侵されていたのです。


「佳久子!」

 世務男が駆け寄りました。


 佳久子は弱々しく目を開けました。

「もう思い残すことは無いわ。勝負には負けたけれど、私は精一杯書いた。世務男、仲間達と幸せに暮らしてね」


「佳久子!」 

 世務男は叫びましたが、佳久子が再び瞳を開けることはありませんでした。


 佳久子の小説を公開した漁網にただ1つ付けられていた海星が、眩しく輝き始めました。それは漁網を離れると空へと昇っていき、夜明け前の東の空で輝き始めました。


 その星は、書く事に一生を捧げた佳久子を称えるように輝き続け、やがて、明けの明星と呼ばれるようになったということです。


 夢を追う小説家の卵たちは、夜通しの執筆に疲れて東の空を見上げ、明けの明星を見て勇気づけられました。そして、素晴らしい作品には、称える気持ちを込めて星が送られるようになったということです。


 昔むかしの、どこかの世界に伝わる物語です。


   (了)

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