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 日曜日。「石高祭」一般公開二日目も快晴で始まった。

 正門の華やかなアーチをくぐりり抜ける来客に対して、係の生徒が受付に誘導しパンフレットを配布したり、オリジナルデザインのスポーツタオルやうちわの販売を案内する。


「ん、じゃあ、タオルとうちわ、二セットずつ」

 勧められるがまま健太はオフィシャルグッズを購入した。


「物好きだな」

「へ? 別にあって困るもんじゃないし。貢献貢献」


 健太はショルダーバッグにスポーツタオルをしまい、うちわを一つ、「ほら」と英人に渡す。あきれたような顔をしていた英人は、その行為に面食らう。

「え? 僕の分?」

「今日は暑くなるだろうから、必要だと思うぞ。それに、こういう時は澄ましていないで一緒にお祭り気分になった方が得だって」


 健太は初めての「石高祭」だったが、英人は昨年も訪れている。けれど、その当時はまだ和矢に敵対し、俊に対する陰謀を巡らし、実際に俊を傷つけてしまった。そのこともあって、加奈に誘われても乗り気がしなかった英人だったが、健太に引っ張られるようにして「石高祭」に再び顔を出すことになった。もちろん、加奈の悲しむ顔は見たくないので、こっそり加奈に顔だけ見せて帰るつもりだったのだが、それを察した健太が強引に朝から英人を連れ出した。


「……あんまり、目立ちたくないんだけど」

「あのな、こういう時につまらなそうにしている方が逆に目立つって。お前、自分の学校の文化祭も、出席だけ取ったら、あとはどっかに隠れてやり過ごしていたタイプだろ」

「……健太は、嬉々として参加していたタイプだよな」

 図星だったらしい。人との関わりが苦手な英人らしいと言えばそうだが。


「まあな。カメラ持って学校中撮影していたよ。アルバム委員の特権だったしな」

「それを『特権』って言う健太のポジティブさがうらやましいよ。僕は嫌な思い出しかない」

「何、女装でもしろって言われたとか? 男子校って、そういう企画、多いよな。色物のヤツも多いけど、たまにマジ綺麗になっちゃうヤツとかいてさ。お前くらいのイケメンなら、似合いそうだよな。……俺は色物だったけど」

「やったんだ?」

「やったさ。クラスの出し物が『メイド喫茶』だったからな」

「……男子校で『メイド喫茶』とか、恐怖でしかない」


「意外と好評だったけどな。笑い取れたし。そういえば、加奈さんとこは『執事喫茶』なんだろ? 加奈さんも男装するとか?」

「……聞いてない。何それ?」

「あ、サプライズだったとか? ゴメンゴメン、ばらしちゃったな」

「まあ、言いたくない気持ちも分かるけど。でも加奈が、ってことは、和矢や俊も、か?」

「和矢は嬉々として教えてくれたけどな。俊は何も言ってなかったから、やらないのか……こっちも隠しているかもな。よし、見に行こうぜ」


 パンフレットをめくり、場所を確認すると健太は校内を移動する。興味を持ったのか、英人も最初より表情が柔らかくなり、一緒に移動する。

 

「ここらへんだけど……合ってるよな?」

「ああ」

 もともと混雑していたが、会場付近はさらに人でごった返していた。

「……ちょっと近づきがたいな」

「あの集団はなあ……」

 その人混みの多くが若い女性で埋められており、さすがの健太もその人波を掻き分けて進むのには抵抗を覚える。


「あれ? 健太? 英人さんも。こんなに早い時間から来たの?」

 折よく健太の姿を見つけた真実が声をかけてくれる。ピンクのギンガムチェックの三角巾に同色のエプロン姿をしている。このフロアは飲食系イベントが集中してるので、真実のクラスのドーナツショップもすぐ目の前だったのだ。


「どうせ遊びに行くならゆっくり楽しもうかな、って。こいつ連れて」

「ああ、『執事喫茶』ね。せっかくだけど、入れないよ。もう、今日分の整理券、ないって」

「でも、並んでるけど」

「あれは、出待ち。何とか交代する時に出入りする高天君達を見られないかって、整理券逃した人達がたむろってるのよ」

「やっぱり俊も執事やるんだ?」

「うん。今回の一番人気みたいよ。あ、写真見る? 中入りなよ」


 混雑する廊下から、真実が自分のクラスのドーナツショップへ誘導する。健太は苦笑しながら、ドーナツを購入した。英人もそれに倣う。


「……似合わないな」

「うるさいよ。そういうこと言うと、代金倍、貰うよ」

「ひでぇぼったくり店員」


 レジでは真実と同じようにピンクの三角巾にエプロン姿の斎がいた。真実は可愛かったが、斎の可愛い店員スタイルは、結構イタイ。

 室内の片隅にイートインスペースが設けられている。まだ昼前で、比較的すいていた。そこに二人を案内すると、真実は一緒になってテーブルに着く。


「店番いいの?」

「うん。今シフトじゃないし。この時間の子が一人帰ってこないから、なんかあった時のサポート要員。その子来たら、フリーになるから美術部の展示に行こうよ。まだあっちの方が空いているし。加奈も、お昼には戻ってくるから」

「うん。でも整理券なくなるって、すごい人気だな。加奈さんも執事やってんの?」

「やってる。可愛いよ。ほら」


 スマホの画面を出して、白いシャツにベストの加奈と店員姿の真実のツーショットを見せてくれる。上半身だけなのでそれだと単なる制服に見えるが、次の画像には全身の立ち姿が映っている。ポーズも取っているが、恥ずかしそうにしているのが分かる。


「……」

 英人が無言で自分のスマホを取り出す。真実が素知らぬ顔でいると、焦ったように「転送してくれないか」と懇願してきた。

「もう。本人に言えばいいじゃない」

「もしもらえなかった時の保険。あ、他にもあったら」

 真実は文句を言いながら、「内緒だからね」と写真を転送する。


 嬉しそうな英人をみて、健太も少しホッとする。今日「石高祭」に訪れたのは、楽しむことが目的ではなかった。昨年の事件について、様々な騒動の中で、何となく棚上げになっている英人の俊への正式な謝罪の機会を得るためだった。英人の状況が落ち着かず、苦しんでいる姿を見て俊は一方的に赦してしまっているが、それが逆に英人から謝罪の機会を奪ってしまっていた。

 とは言え、英人自身がそもそも文化祭というイベントを重要視していない節もあり、暴行事件を引き起こしたことはともかく、高校生活の大切な思い出を苦いものに変えてしまったことには特に罪悪感を覚えていないように感じた。


 それでは本当の意味で俊に赦しを乞うことは難しいと、健太は少しでもイベントを楽しむ俊の姿を見せたいと考えた。敏い英人が、隠し事ができない健太の意図に気が付いていないわけがない。が、それでも騙されたふりをして連れてこられた、と健太は感じている。英人自身も、きっかけを求めているのだろう。


 真実に転送してもらった写真を嬉しそうに眺めていた英人の顔が少し強張った。

 のぞき込むと、スマホの画面には、にこやかな和矢と少し戸惑ったような俊が映っていた。二人とも加奈と同じベスト姿だった。


「いい笑顔だな」

「そうか? 和矢はともかく、俊は困っているみたいだけど」

「困ってるけど、嫌がってないし。楽しそうだよ」

「吉村君もそう言ってたよ。ホントによく笑うようになったって」

「ホントに、俊の表情分析には長けてるな、健太は」

 その声に振り向くと、いつの間にか背後に斎が立っていた。そのままのうのうと真実の隣に座ろうとする。健太がそれを遮ろうとするが、その前に真実が立ち上がり、三角巾とエプロンを外す。

「シフトの子来たから、移動しない? 斎君は時間までちゃんと売り子やってね」


 真実に促されるようにして、健太と英人は部屋を出る。苦笑しながら手を振る斎の様子に変化はない。真実の口調も相変わらずではあったが、以前より斎の接近に警戒している気配を感じた。健太としては喜ばしい変化ではあるが。


「なあ、何かあった?」

「……後で、話す」

  

 健太の問いに肯定ととれる返答をして、真実は人混みを掻き分けながら廊下を進む。

「あ、加奈は高天君と和矢君がちゃんとおとりになって抜け出せるようにしてくれるから大丈夫よ。珠美が時間になったら一緒に行動するし」

 後ろを気にしながら歩く英人を安心させるように、伝えて、また真実は歩き出す。


 美術室の展示場所に着くと、中にいた見知らぬ男子生徒に声をかけ、教室の片隅にある椅子に着座を勧めてくれる。少年と英人は目で挨拶している。健太が知らない間に、どこか顔見知りになっていたのだろうか。俊から聞いた例の一年生なのかもしれない。例の、スガヤの弟の。


「なあ、さっきの……」

「だから、あとで」


「僕、展示を観てくるよ」

 英人が気を気を利かせ、席を外す。男子生徒と話しながら、部屋の反対側に行く。そのまま隣の展示会場へ移動した。


 他に観覧者はなく、一時的に二人きりになったことを確認し、真実が口を開いた。


「……斎君に、告白された」

「え?」

「勢いで、っポイけど。健太にもらった指輪のことで話していたら、ちょっと気に障ったみたいで。というか、割と強引に迫られたけど、撃退したから。……ちょっとやりすぎて、過剰防衛になっちゃったけど」

「過剰防衛? って言うか、迫られた?!」

「だから、きっちり自分で落とし前はつけたから! その後は二人きりにならないように気を付けているから!」

「……何も、されなかったんだよな?」

「うん。最後の一線はちゃんと守ったから」


「……真実の性格だから、隠し事はできないって分かってるけど。正直に話してくれるのも、嬉しいけど。でも、どうして? ホントは話したくなかったんじゃないか?」

「まあ、ね。できれば隠しておきたかったけど。でも、下手に隠して、斎君が面白おかしく健太に誇張した内容で伝えるより、事実を先に伝えた方がいいって、珠美に言われて。健太を煽って楽しむつもりだろうからって。だから、あとで何か言われても、全部本気にしないでね?」

「わかってるよ。ありがとう、話してくれて」


 内心はらわたが煮えくり返りそうだったが、何とか飲み込んで、健太は笑顔を返す。

「で、過剰防衛って、何やったの?」

「……頭突きして、鼻血出させちゃった」

「何それ? 痛快すぎるんだけど」

「珠美にも言われたわよ。巽君でもできない偉業だって」

「だろうね」

 

 あのこまっしゃくれた斎が、女の子に迫って返り討ちに合うなど、想像しただけで愉快だ。その相手が真実だというのは、いただけないが。けれど、手痛いしっぺ返しをしてくれた真実の機転と豪胆さに、健太は感謝したかった。


「今日は、帰りは何時?」

「八時くらいかな。最後の年くらい、後夜祭にも出たいし。全部は出なくてもいいけど、花火は見たいかな。あ、校庭で花火上げるのよ」

「じゃあ、迎えに来るから、連絡入れて」

「早めに来れる? 一緒に、外から花火観ない? 校内には外部の人は入れないけど、花火なら見られるし」

「真実がよければ、そうしたいな」


 真実との年齢差をあまり気にしたことはないが、それでももし同年代で同じ学校だったら、と夢想したことはある。せめてこんなイベントの時くらい、高校生気分に戻って、真実とスクールライフの疑似体験をしてみたい。


 二人が笑顔で心躍る約束を交わした頃、英人が戻ってきた。加奈も合流している。

 二組四人の恋人は、微笑みながらにぎやかな校内を巡り始めた。

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