第4章 急襲の五月闇
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何だか、天気が崩れそう。
美術室の窓から空を見上げて、加奈はため息をついた。
昨日まではまさに
まだ五月中旬だというのに、このまま梅雨に入ったりしたら嫌だな。
それに、午後の予定、どうしようかな?
今日は土曜日授業である。隔月と説明を受けていたが、年間予定表を見ると単純に奇数月偶数月で割り振っているわけではなく、年間六回、という意味らしく、長期休みで行えない分が他の月にあてがわれている。
今日は保護者参観日も行われており、校内には家族の姿もちらほら見える。これからPTA総会が開かれるので、ほとんどは会場の講堂に向かっている。
教師もその対応のため、もう授業はない。というか、授業も三時間目までで終わりで、部活に入っている生徒は午前中から活動を開始している。
加奈達もこうして美術部に集まっているが、今日は家族の見学可で……ちょっとやりにくい。文化祭と違って主に見学に来るのは家族で……つまり親である。
まあ、傾向的には新しく高校生活を始めた一年生の保護者が多いわけだが。
ああ、もう、うちの親、過保護すぎ!
土曜日なのは働く家族への配慮なのだろうが、おかげで加奈の家は母に加え父まで一緒に来ている。年末に受傷し入院したせいか、以前にも増して干渉が強くなった気がする。
両親、特に父親からすれば、愛娘が休日も出かけてばかりで相手をしてくれない寂しさや鬱屈の反動なのであるが、加奈にはただ鬱陶しいだけである。
今日も、部活が終わったら一緒に帰ろうかと誘われたので、部活の女子仲間と約束があると突っぱねた。今日は昼で部活を終わりにして、新入生部員の二人を交えた女子会なのである。同じ新入部員の政宗は男子なので対象外で、気の毒に思ったのか巽が三年生男子を説得してファミレスに行くことにしたという。
……ちょっと想像できない。
和矢はそれなりの対応をしてくれると思うが、問題は俊と斎である。以前に比べ、かなり人当たりは柔らかくなったとはいえ人と話すのが苦手な俊と、興味がなければ無視を決め込む斎、この二人を交えた食事会に政宗が委縮してしまわないか心配である。
「大丈夫でしょ。斎君がいれば、それで満足らしいし」
「一応、巽が斎先輩の好みそうな作品の図録、持っていくそうです。それで勝手にしゃべらせておけばいいだろうって。むしろ、高天先輩が気の毒ですけどね」
「時間見計らって救出に行く?」
真実が美矢に尋ねると、「そうですね」と真剣な顔で美矢が悩み始める。
「まあ、天気も崩れそうだし、こっちも早めに切り上げるようにしましょう。その頃まで捕まっているようなら、連絡入れてあげれば?」
美矢にそうアドバイスして、部活を終わりにする。男女に分かれて移動を始めると、美矢が加奈に小声で話しかける。
「加奈先輩、この間はプレゼントありがとうございました。言いそびれちゃっていて」
「いいのよ。メールもしてもらったし。でも、無事に終わってよかったわね」
五月初めのゴールデンウィーク中に誕生日を迎えた美矢と、その恋人の俊のWバースデイデートに同行するという、もうデートなんだか、ただの団体日帰り旅行なんだか分からないイベントがあり。
それでも何とか終盤は美矢と俊を二人きりにすることができた。
ついでに同じく同行した真実と、当日運転手を買って出てくれていた恋人の健太も、帰り道は二人きりにすることができた。健太の運転する車に同乗する方向だった珠美(と巽)は「二人で遊んで帰ります」と別行動を取ってくれた。
ゴネそうだった斎と和矢も、英人が「地元にはない大型書店に寄る」と誘ったらホイホイされてくれた。英人が協力的だったのでうまくいったが、代わりに加奈は英人にハグを要求され、恥ずかしながらも了承した……嬉しいので、問題ないが。
美矢にはグリーンメタリックのボールペンをプレゼントした。真実はペンケースを贈ったという。先程、美矢がカバンから取り出していた真新しいペンケースがそうなのだろう。クリア素材で、中に加奈が送ったボールペンも見えていた。使ってくれていて嬉しい。
俊からのプレゼントは天体写真の本だという。またこの後の女子会で詳しく聞き出すことになるだろう。ついでに、あの後のデートの様子も。ついでというより、こちらが本命である。
「話したいのは山々なんですが、一年生、引いちゃいませんか?」
「それは、様子を見ながら。一方的にならないように気を付けましょう?」
まだ距離感をつかみかねている一年生の優茉と絵梨を交えて、どのような女子会になるか、多少不安はあるが……あの二人は何を話しても、目を輝かせていそうな気がする。
「え、森本先輩も、彼氏いるんですか?」
駅前のカフェで女子会中。一年生二人が一番食いついたのは真実の恋バナだった。
部内に相手がいる美矢や珠美と違って、加奈や真実の恋愛関係の情報は耳新しいかったのだろう。「きっと三上先輩の彼氏さんは、牡丹の花のように華やかなイケメンさんなんでしょうね?」と意味ありげに言われたが、もしかしたら珠美あたりから情報が洩れているのかもしれない。確かに、英人の華やかな美貌は、百花の王と言われる牡丹になぞらえてもおかしくない。
その流れで、真実の彼氏とも仲がいい、良すぎて心配になる、と珠美が口を滑らしたため、優茉と絵梨は目をさらにキラキラさせて、健太の情報を求めてきた。
「どんな方なんですか? 花に喩えたら?」
「……いや、花、って……何を想像しているのか……アイツはそういうタイプじゃないのよ? しいて言うなら、そういう、地味な鉢植え?」
絵梨に聞かれて、出窓の日向に置かれた鉢植えの一つの、まだ小さな芽しか出ていない鉢を真実が示す。
「これ、ですか?」
「うん。ほら、鉢に刺さっている種の袋に映ってる、そういう小さい花」
「宿根アスター、ですか? ……イマイチ語感が良くないですね」
優茉がつまらなそうにつぶやく。
「こら! 何考えているのよ! かわいい花じゃない!」
「つまり、真実先輩は、地味だけど素朴な健太さんがかわいくて仕方ないんですよね」
珠美にからかわれると、途端に真っ赤になる。付き合い始めの頃と全く変わらない反応を、加奈は微笑ましく見守る。
「宿根アスター、っと。あ、これ、クジャクソウのことですね。あと、フロストアスター、とか。小さいけど沢山花がついて、とってもきれいですよ」
美矢がスマホで検索する。検索画面に白や紫の花の画像が沢山載ってくる。
「花言葉は『一目惚れ』『可憐』……あら、まあ」
美矢が嬉しそうに微笑む。
「な、何よ?」
「そっか、真実先輩って、出会ったその日に告白されたんでしたっけ。ぴったりじゃないですか?」
「そういえば」
珠美がニヤニヤと更にからかい、つい加奈も合いの手を入れてしまう。
「何よ! 一目惚れは加奈のとこもそうじゃない! 私はそれでも一時間は経っていたけど、加奈は出会って10分で申し込まれたんでしょ?」
「な、何で、それを?」
そんな細かいこと、話したっけ? もしかして英人が?
今度は加奈が真っ赤になってしまう。
「……いや、もう10分も一時間も、大して違わないですよ。すごいです、先輩達。というか彼氏さん。物語みたいです。運命ですね」
優茉が、呆けたようにつぶやく。真実や加奈ほどではないが、頬が紅潮している。
その隣で絵梨が「……そういう素朴な設定……意外性はありですわね……」と小さくつぶやいている。
「何だかお天気が心配だし、そろそろお開きにしましょうか」
これ以上話が進むと、英人との馴れ初めを強要されそうなので、やや強引に会を〆る。
カフェを出ると、辺りはかなり薄暗くなっていた。
「ヤダ、ホント。もう結構暗いじゃない? まだそんな時間じゃないのに」
「降ってくる前に帰った方がいいですね?」
バス通学だという優茉と絵梨と店の前で分かれて、その姿を見送って。
「美矢ちゃん高天君に連絡入れたら? まだ捕まっているようなら、呼び出しちゃいなよ」
真実に言われて、美矢がスマホを操作していると。
「あ」
道路の向こうに、英人の姿が見えた。薄暗いが、あの美貌は間違えようがない。
加奈に気付いて、小さく手を振っている。
「見計らって迎えに来た、とか? 愛されているわね」
真実がおちょくると、加奈は苦笑いしながら、「じゃ」と道向こうに駆けだしていった。
気恥ずかしいのか、加奈の到着を待たず、英人は背を向けて路地裏の道に入り込む。
加奈は慌てて、追いかける。この辺りには駐車場がないので、もしかした路地裏を抜けた向こうに車を停めているのかも。でも、なんか、変?
時々振り返ってチラッと加奈を見ては足を進める英人に、かすかな違和感を抱きながら、確認したいがために更に足を速める。
背後から美矢達の声が聞こえたが、気が急いていて耳に入らなかった。
「……真実先輩、おかしいです。英人さん、今、先輩達といるって」
「え?」
「斎先輩が、運転手代わりに呼び出したみたいで。あっちも今解散して、ちょうど連絡を取ろうって話していたって」
「加奈、店内ではずっと音切ってたし、スマホも見ていなかったから、気付いてなかったかも……じゃあ、さっきのは? 男子達、商店街の向こうのファミレスよね? 反対方向……え?」
いつの間にか珠美の姿が消えていた。
「ちょ、ちょっと、何? ああ! とにかく連絡!」
『あ、僕。二人はそこを動かないで。今、英人たち向かわせるから』
美矢のスマホの向こうから、斎の声がする。珠美がいないことなど、まるでお見通しのように。
「分かった。場所は分かる?」
『大丈夫だって。俊もいるから、分からなかったら、このスマホに連絡入れさせる』
通話が切れて、真実は美矢にスマホを返す。
加奈…………。いったい、何が?
ポツ、と頬に雨粒が当たる。
雨が降り出したようだ。真実は、美矢と店の軒先に入る。
加奈が消えた、道向こう。季節にも時刻にもまだ一足早い
真実の心にもまた、闇夜の暗さが立ち込めていた。
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