脳に直接情報をダウンロードしてテストを乗り切ろうとした女子高性の末路

マーチン

脳に直接情報をダウンロードしてテストを乗り切ろうとした女子高性の末路

※このSSは近未来を舞台としたフィクションです。実在、及び架空の人物や団体などとは関係ありません。



「ねえねえ、聡結さゆちゃん、ちょっと聞いてよ」


「どうしたのよ美森みもり。そんな藪から棒に」



 今週の授業が終わり、荷物をまとめていた正理しょうり聡結さゆは、前の席の咲野さきの美森みもりに呼び止められていた。



「来週から中間テストじゃん」


「そうだね。だから図書室に行きたいんだけど。早く行かないと自習席が埋まっちゃうからさ」



 まったく、普段はガラ空きなのにテスト前は混み合うのだから、学生というものは現金なものだ。そう聡結が思って歩き出そうとしたところ、美森がパシっと手を取って引き留めてきた。



「ちょ、待ってよ聡結ちゃん。わたしの話を聞いて」


「……。図書室まで付いて来て騒がれるのも迷惑になるし、手短にね」


「ありがと」



 美森はコホン、とわざとらしく咳ばらいをして、



「最近、頭の中に直接情報をダウンロードするサービスが出たじゃない」


「ああ、少し前に夜のニュース番組のトレジャーたまごのコーナーで紹介されて、それからどんどんと話題が大きくなっていったアレね」


「その、取れちゃうたまご? は知らないけど、たぶんそれ!」


「それで、そのサービスがどうかしたの?」



 美森はとてもワクワクした様子だが、聡結は対照的に冷めきった様子で教室の時計を眺めている。聡結は図書室が埋まったことを悟ったのか、スクールバッグを置いた机の上に腰かけ、美森に話の続きを促す。



「まるで夢のような素晴らしいサービスだよね~。そのサービスを使って教科書の内容を頭の中に詰め込めば、勉強なんてしなくてもテストなんて楽勝だと思わない? さながらド・羅ゑモソに出て来る食べるだけで覚えられる食パン! なんて素晴らしいんだろう」


「……。帰って良い?」


「ちょ、待ってよ聡結ちゃん! わたし何か変なこと言った?」



 早々に机から腰を降ろしバッグを肩にかけようとした聡結を、美森は再び呼び止めた。聡結は大きくため息をつき、



「そのサービス、まだ治験中でしょ。画期的過ぎて人間が本当に耐えられるかの。それを使って今度のテストを乗り切ろうなんて野望は叶わないわ」



 聡結としてはこれで美森が諦めると思っていたのだが、予想に反して美森はチッチッチッと口の前で人差し指を振っている。



「聡結ちゃん、いくらわたしだってそれくらいのこと分かってるよ。わたしはそんな小さな話をしたい訳じゃなくてね」


「と、いいますと?」


「今はまだ、さっき聡結ちゃんが言ったように治験中だよ。治験が無事終わっても最初は予約いっぱいで、お値段もめちゃ高で、きっと今のわたしなんかじゃ手が届かないサービスだよ。でも、好評だったら受けられる場所も増えるし値段も下がって、きっとわたしたちが大学生の頃か、社会人になった辺りで手が届くんじゃないか、って思うんだ。ううん、バイトや会社の研修への導入はもっと早いかもしれない」


「それは、そうかもしれないわね」


「それなら、勉強する意味ってあるのかな? 今、アナログな方法で頭に情報を詰め込んで、テストを乗り切って、でも、そんなの近い将来なくなっちゃうわけで、無意味じゃん」


「でも、今現在は意味があるわね」


「うん、それがネックなんだよね。近い将来無意味になると分かっているのに勉強するのって、とっても割に合わない気がしちゃって」


「割に合わない、か。本当にそうかしら」



 美森は聡結の大きな漆黒の瞳でをみつめられ、その目に吸い込まれるような感覚に襲われ、たじろぐ。しばらくして聡結が目線を外し、続ける。



「脳に直接情報をダウンロード。それって本当に使い物になるのかしら」


「ど、どういうこと?」


「『情報をダウンロード』って、例えば教科書をダウンロードしたとして、どのような形式になるのかしら。書いてあることを文字情報として? それとも見開きを画像として?」


「うーん、どうなんだろうね。治験を受けた人の感想を聞いてみないと分からないんじゃない?」


「どっちでも良いんだけど、実際にテストのとき、問題の答えはどうやって見つけるの? 便利な検索機能までは頭の中にはインストールされないよ?」


「そ、それは……、が、がんばって……」


「鎌倉幕府が1185年とか、そういう暗記系の問題ならまだ何とかなるかもしれないけど、例えば英語。単語の辞書的な情報が頭の中にあったとして、文法の情報があったとして、それで長文がサラサラ読めるようになるとはとても思えない。数学だって公式が頭の中に入っていれば単純な計算問題はできるかもしれないけど、文章題を解くまでには大きなギャップがあるんじゃない?」


「お、オーケーオーケー、残念ながらテストにはあんまり使え無さそうだ、ってことが分かったよ。だけど、バイトとかのお仕事マニュアルならどう?」


「私はそっちの方が色々な意味で問題が起こると思うわ。だって、ミスをしたときにマニュアルを読んでませんでした、って言い訳はできないのだから。読んでないのはそもそも論外なのだけど。結局、さっきの検索の話と同じで、どこに何が書いてあるかを事前に知っておかなきゃ役に立たない、”知識”じゃなくて”情報”にしかならない。マニュアルを頭にダウンロードしたところでほとんど意味は無いでしょうね。働く側としては、頭に情報は入っているのにちゃんとできなくて、ボスに怒られる。そんなことが頻発するんじゃないのかしら」


「……」



 美森はついに閉口してしまった。聡結は、まぁでも、と一息つき、



「実際に使ってみなきゃ本当に使い物にならないかなんて分からないし、普及してみなきゃ何が起こるかなんて分からない」



 黒い影のある満面の笑みで美森に向き合い、



「実はあのサービス、私の親戚が関係しているの。私が一言言えば美森も治験に参加できるけど、どうする?」


「え、そ、そうだったの? ど、どうしようかな……。」



 夢のようなサービスだと思っていたのに、いざ受けられるチャンスが来たというのに美森は考え込んでしまった。無理もない。関係者の親戚から否定的な意見をこれでもかと聞かされたのだから。



「美森、ものごと、やってみないと分からないことはいっぱいあるものよ。実は私がさっき言ったことは杞憂だったかもしれないじゃない。チャンスの女神の髪型は、前髪しかないものよ。もちろん怖かったら止めるのも手だし」



 美森は迷ったが、意を決して聡結に答えた。



「実は来週のテスト、とってもピンチで、もうこれに頼るしか……」


「うん、それじゃあこの同意書にサインして」



 聡結は美森の名が書かれた同意書を手にして、美森に聞こえないように呟いた。



「……科学ノ進歩ニ犠牲ハツキモノデース」

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