Q2:料理の腕前[ハーフ&ハーフ]
今日は週に一度、彼女が家に遊びに来る日だ。
ボクはわくわくしながら彼女を待っている。
呼び鈴が鳴ってドアを開けると、そこには愛しの彼女が立っていた。
両腕にはいっぱい食材が入ったレジ袋を提げている。
「お待たせ! 今日は関川君に美味しいものをいっぱい食べさせてあげるからね!」
満面の笑みでそう言いながら部屋に入って来る。
しかし、ボクの笑顔はひきつっていた。
何故なら、彼女は絶望的に料理が下手だったのだ。
部屋に上がるなり早々と台所へ向かう彼女。
このままではきっと絶望的な料理の数々が出来上がってしまう。
「腕によりをかけて作るからね! 期待して待っててね!」
台所から聞こえてくる彼女の張り切った声。
こんなにもボクを思ってくれる彼女の手料理。
それは分かっている。頭では分かっているのだ。
体が、味覚がついてこないのだ!
彼女に料理を作らせるべきか否か。
突き付けられた難しい二択。
ボクは彼女を阻止すべきなんだろうか?
男らしくガッツリ食べるべきだろうか?
自問自答しながら台所へと向かう僕の足取りは重かった……
その時、親父の言葉が頭をよぎった。
『男は黙して喰らえ』
何があっても。仕事で飲み込めないことがあっても、人間関係で辛いことがあっても。もしくは、妻の手料理が決して美味いとは言えなくても。
男ならばグダグダ言わずに黙ってすべて喰らえ。腹におさめてしまえと。
そうだ!
ボクの選択はもちろん! 男らしくガッツリ食べること!
ボクはカッと目を見開いた。台所に立つ愛しい彼女。彼女の手にした、おたまからドロドロと溶け出している何か。紫色の異物。ほんのり気が遠きそうな臭気。
――うん、無理!!
身体の震えを感じる。本能が『食ってはいけない』と警告している。
ボクは恐れおののきながら、ゆっくりと台所から後ずさった。リビングにまで避難して、どうするかと頭を悩ませる。
「どうやって逃げ出そうか?」
ボクの声ではない声が聞こえる。慌てて声のする方を見ると、五十代くらいのおっさんが立っていた。おっさんは、シィッと指を口元に持ってくる。
「大きな声を出さないでくれ。彼女に気づかれてしまう」
「……誰だ、おっさん。どこから入った」
「ボクは、関川。未来からやって来た」
警察を――
「おっと、警察を呼ぶのは待ってくれ。ボクはコレを届けに来ただけなんだ」
おっさんは、奇妙な金属を取り出した。五百円玉のような形をしている。
「これは……?」
「
「……それが本当であったとして、なぜ?」
「言っただろう? ボクはキミなんだ。今日、彼女の料理を食べなかった。彼女はボクの家から飛び出し――事故に遭ってしまった。ボクは過去を変えたくて必死に勉強したよ。こう言ってはなんだけども、ちょっとした有名人なんだよ」
こっちはタイムマシンのデバイスだ、と右手にはめた時計のようなものを見せてくる。ボクは少し興奮していた。言われてみれば、おっさんはボクがちょうど三十年近く歳を取ったような顔なのだ。歳を重ねていることを除けばそっくりではないか。
「つまり、ボクがこの舌をつけて彼女の料理を食べきることができれば――」
「彼女は事故に遭うこともなく、ボクたちは幸せに暮らせるということさ」
ボクは
おっさんも頷き、時計に触れると姿を消した。
「おっさん!?」
「大丈夫――透明になっただけだ。ボクの研究の成果をしかと近くで見届けさせてもらうよ」
「わかった」
「関川君! お皿、適当に使っちゃうねー!」
台所から彼女の声がする。迷っている暇はない。彼女の料理が来る!
「さあ、
ボクは五百円玉に似た金属を舌の上にのせる。すると不思議な感覚とともに、金属が液体のように広がり、舌を膜で覆った。本当に装着しているのか不思議になる。それほど舌と一体化しているのだ。
その時、彼女が何か得体の知れない料理を両手で可愛く運んできた。
「お待たせ! 関川君!」
「わあ、楽しみだよ!」
舌を装着したことで気は楽になっている。何だか、匂いまで軽減されているような?
「匂いは味覚に深く関係するからね。そこにも作用するようにしている……」
こそっと小さな声でおっさんが言う。ボクは誰もいない空間に向かって、なるほど、と頷いた。
「どうしたの? 関川君」
「何でもないよ! じゃあ、さっそくいただこうかな!」
どうせなら視覚もいじってほしかったが、どうしようもない。最悪、嗅覚と味覚がついてきてくれれば、いける気がする!
「いただきます!」
南無三! ボクはスプーンで紫色の物体をすくい上げ、勢いよく口に突っ込んだ。
「……っう」
「……どう?」
「美味い!!!」
信じられない! 美味い!!
「これなら何杯でもいけるよ!」
ボクは感動でスプーンを何往復もさせ、一気に腹に流し込んだ。
そして、ボクは意識を手放した。
・・・
二十代のボクが倒れてしまった。なぜだ――美味いと言って食べていたのに。
透明の姿のまま、ボクは、若いボクとその隣で泣き叫ぶ彼女を見ている。
ボクはハッとした。
ボクを思ってくれる彼女の手料理。頭では分かっていても体が、味覚がついてこない――これはつまり人間の防衛本能だったのではないだろうか。
体が、脳が警告していたのだ。これは腹におさめてはいけないものだと。
味覚と嗅覚がそれを無視したせいで、料理は腹に入り――ボクの体を破壊した。
待てよ。過去のボクがここで逝ってしまったら……未来のボクは――
ボクは
ボク、は――――
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