パパ
娘が生まれる少し前、僕は単身赴任した。
それから毎日のテレビ通話が唯一の楽しみだった。
――生後1か月と4日
「おーい、ももちゃんはー?」
『ももちゃーん。パパだよー』
スマホの画面に赤ちゃんが映し出される。
「かわいいなー。絶対嫁にやらん」
『あはは、まだ気が早いよ』
――生後3か月と8日
「ももちゃん、今日はどうー?」
『もうそろそろ首据わってきたかなー』
「くびがすわんの?」
『そうなんだって。赤ちゃんは上から順に
運動機能が発達するんだって』
「次はハイハイ?」
『うん、その前に腰が据わるのかな?』
「こしがすわんのかー」
『あんま分かってないでしょ』
妻が笑う。
「ももちゃんが可愛いのだけは分かる」
――生後6か月と1日
『ももちゃーん、パパだよー』
「おお! 今日はごきげんだなー」
『そろそろ離乳食だよ』
「何食べんの?」
『おかゆとか、すりつぶした野菜とか』
「へーすごいな! ももちゃんご飯食べるんだなー」
――生後10か月と18日
『今日、ももちゃん立ったよー』
「なにー! ハイハイしたと思ったらもう立つのか」
『後で動画送るね。ほら、ももちゃん。パパだよー』
――生後11か月と26日
『ももちゃーん』
「パパだよーもうすぐ会えるからねー」
『あはは、ももちゃん笑ってる』
「パパ大好きかー? 可愛いなー」
『明日だよね?』
「うん、ずっと寂しい思いさせてごめんな」
『……うん。早く会いたいな』
なんだかしんみりした空気をかき消すように
妻が元気な声で娘に話しかける。
『ね! ももちゃんもパパに会いたいね!』
『ぱ、ぱっ』
「!?」
『えっ!!』
「聞いた!? 今の聞いた!?」
『聞いた聞いた聞いた! パパって言った』
「そうだよ、ももちゃん! パパだよー!」
『ぱーっぱ』
――生後11か月と27日
「ただいまー!」
「お帰りー!」
「あ、ちょっと待って、手を洗ってくる!」
俺はリビングに入って妻を抱きしめてから
ソファに座る娘に駆け寄った。
「ももちゃーん、パパだよー」
娘は奇妙な顔をしている。
「あれ? ももちゃん?」
「ももちゃん、パパだよー?」
妻も近くに来て、娘に話しかけるが
娘は不思議そうにキョロキョロする。
「あれー? 昨日まであんなに
喜んで『パパ』『パパ』言ってたのに」
「緊張してるのかなー?」
「えー……そっかあ」
「すぐに慣れるわよ。毎日顔見てたんだもん」
「そうだなーそうだといいなあ」
「あ、そういえばお寿司頼もうと思ってたんだった」
「ぱぱ!」
娘が愛らしい声で言う。
「そうだよ! パパだよー」
振り返った俺に、娘はもう一度――
「ぱぱ!」
妻の手にしたスマホを指差してそう言った。
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