第三十二話 あなたへ
パリンッ
一瞬音が無くなったかのような緊張が走った。
その音は間違いなくバリアが割られる音で攻撃が開始された事を意味している。
パリンッ
何重にもしたバリアの2つ目が壊れる音だ。
3人はフリーズして、青い顔を見合わせるとばっと違う方向に駆け出した。
シェリアンはバリアを直そうと祈るように呪文を唱え始める。
ルーンは窓の所でどうにかして外に居る捕らえられた人達を部屋に窓から連れ込もうとあらゆる魔法を打っている。
リーシャは…ホログラムの音声入力ボタンをポチッと押して喋り始めた。
「攻撃が開始されました!彼らは強い…!私達では何人か倒す事は出来ても、消して勝つ事は出来ません!…この事件の元凶である私が言っちゃダメなんだろうけど…」
リーシャは涙声になりながら続きを叫ぶ。
「…死にたく…ない!お母さんも…ルーンも…死んじゃやだ!助けて…助けて下さい。」
リーシャは震える手でEnterキーを押す。
ヒュンっと言う音がして送信された。
パリンッ パリンッと30秒くらいおきにバリアの割れる音がする。
リーシャにはそれが死神の足音に聞こえてならなかった。
私はどうせ物語の主人公の様に完璧でも無ければこんな状況で、私のせいなのに自分の身を案じている…
一瞬、そんなことをリーシャは考える。
しかし今そんな事、考えている暇は無い。
「私も手伝う!」
リーシャは自分の母の近くに行って彼女と同じ魔法を唱え始めた。
リーシャにはまだまだ難しく、時間もかかり完成度の低いものだったがイレークスの補正でどうにかなった。
何重にも、何重にもバリアを作っていく。
イレークスをシェリアンに渡せればどんなによかったか。
しかし、イレークスはセナーランの王で無ければ使えないと読んだ事があるしからこそ、ドンデ王国側に居るセナーランの裏切り者は自分が保持者になるためにリーシャを殺そうと躍起になっているのだ。
2人がバリアを作り続けているとまた、音声が聞こえた。
『ユーザー02-576からメッセージ。セナーラン語で書かれているため読者の言語に翻訳します。』
「来た…!」
リーシャはホログラムを見てメールの内容を読んだ。
『準備が出来ました。とりあえずセキュリティは突破出来ます。しかし普段魔法を使う時と同様に、メインプログラムが始まる前に転移対象者が魔法陣の中に入って、それでかつ転移対象者は
リーシャはグッと拳を握った。
「お母さん、ルーン!早く!」
ルーンはすかさず魔法陣の中に入る。
リーシャもすぐに入った。
「…なぁでも、村人はどうする?」
ルーンがリーシャに聞く。
「あ…」
連れていかれて、どうなるのか分からない。
もしかしたら死にたいと思う程拷問されるかもしれないのに、彼らを置いて帰るのか?
でもあと4分も無い。
今この時にもパリンパリンとさっきよりも早いスピードでバリアが割られている。
もう敵はそこに居るのだ。
あれ?
リーシャはもう一つの異変に気が付いた。
そして血相を変えて叫んだ。
「お母さん!なんで魔法陣の中に入らないの?!」
シェリアンはメッセージを読んだ後、またバリアをいくつも作っていた。
リーシャの声に気がつくと、彼女はそっちを振り返ってどこか寂しげにニコッと笑った。
「…メッセージに書いてあったでしょ?“普段の魔法と同様にメインプログラムが始まったら転移対象者は全ての魔法を強制的に中断させられます。”…このバリアはどうなるかしら?これが無かったら敵はすぐにここに来て魔法陣を破壊するでしょう。それじゃ、元も子も無いもの。」
「…だから…なに?」
リーシャはぼおっとシェリアンの顔を見ながら言う。
その顔はさっきよりも白くなった気がした。
「…だから、私はここに残るわ。それに絶対敵はこの国に攻めさせないから。負ける事は無いでしょうけどたくさん死者が出るでしょ?」
「シェリーさん…俺も…」
ルーンが魔法陣の外に出ようとする。
「ダメよ!あなたが居たところで足でまといだわ。」
シェリアンは優しい笑みを浮かべる。
「俺は…皇族だ…!俺こそ…この国を…護らないと…!」
「あら。良かったわ。あなたがそういう意識を持ってくれて。それにあなたが皇族なら私は大公の娘よ。それで貴方はこの場所において何の役にもたたないの。ね?解ってくれた?」
「お母…さん…」
リーシャが息を切れ切れに言った。
『4053プログラム。セキュリティキー2を突破。…処理が多いので省略します。…全セキュリティキー突破』
「お母さん!今なら間に合うよ!ほら早く!」
リーシャはシェリアンの方へ駆け寄ろうとするが、ルーンが苦渋の顔をしてリーシャの足を引っ張った。
「ルーン!なんで…?」
『メインプログラムを開始。』
魔法陣が少しづつ光り出す。
普段の魔法ならここから発動までに10分弱かかる。今回も恐らくそうだろう。
しかし、もう魔法陣の中に入っていない人間は消して転移出来ない。
「そんな…」
リーシャがへたっと座り込む。
するとシェリアンがバリアを作る手を止めてこっちにやって来た。
「…ごめんね。リーシャ。あなたの誕生日盛大に祝う予定だったのに。」
「…」
何も言わないリーシャの前にシェリアンはしゃがんでリーシャの両手を取る。
「…」
そしてシェリアンは服のポケットから拳二個分程の箱を取り出した。綺麗にラッピングされている。
ちょっと迷ったあとシェリアンはビリッとラッピングを破って箱を開けた。
差し出されておずおずと受け取るとリーシャはその中を見た。
それは美しい髪飾り。
小さな青いバラが9つと白いアイリスの花が所々に混じっていた。
その上にある少しの小さな宝石がキラキラと光る。
「これ…は…」
リーシャが呟く。
「このバラはね。こっそり転移魔法で青いバラが生えてる唯一の場所、旧セナーラン王国近くまで行って摘んできたの。バラは枯れもしないし汚れもしない。そういう魔法をたくさんかけて作ったの。それにつけた人に保護魔法をかけてくれる。…プレゼントよ。誕生日おめでとうリーシャ。」
リーシャは自分の母の顔を見た。
優しく笑っている。
しかし、何を思ったのかシェリアンは杖を髪飾りに向け小さく振った。
9つあった青いバラが4つ消されて5つになった。
「…?」
リーシャはその意味が分からずに首を傾げる。
「解らなくていいのよ。」
彼女はリーシャをギュッと抱きしめた。
とうとうリーシャは我慢出来なくなって声を上げて泣き始める。
シェリアンは慣れたようにぽんぽんとリーシャの背中を叩きながらルーンに話しかけた。
「…ルーン。もし良かったらリーシャをお願いね。…貴方は自分が出来損ないなんて思ってるかも知れないけど違うのよ。あなたは実は忍耐力があって魔法だってたくさん使えるもの。…貴方のお母様だってきっとどこかで見守ってくれてるわ。」
「…」
ルーンはとても驚いた。
一瞬、ほんの一瞬だけシェリアンが何年も前に死んだ母親に見えたから。
「ほら!もう終わり!」
魔法陣がかなり光ってきたのを見てシェリアンがそう言った。
そうしてリーシャに背を向けて杖を拾う。
リーシャが鼻を啜った。
「どうしたものかな。」
誰にも聞こえないような声でシェリアンが言う。
「…もう立ってるのがやっとだ。」
もう、シェリアンの身体にはバリアを1つか2つ作れる程のエネルギーしか残ってない。
パリンパリンと言う音はどんどん大きくなる。もうすぐそこに敵が居るのだろう。
シェリアンは魔法陣から離れて魔法陣の方へ向いて魔法をかけた。
魔法陣を囲むようにバリアが出来て、シェリアンはその
シェリアンは窓から外を見た。
なんで綺麗な星だろう。
と。そう思う。
同時に綱に繋がれている村人達も目に入った。
バリンッッッッ!!
とんでもなく大きな音がして部屋の外にある、シェリアンに取っては1番手前のバリアが壊れた。
バタン!!
ドアが壊される。
そして…
「よう。ほんとに手間かけさせてくれるぜ。」
十数人の黒髪赤目の男女がバッと部屋に入り、それぞれ思い思いの杖やら剣やら短剣やらを構えた。
皆黒いマントを羽織っていて、彼らの後ろから炎がゆっくりと部屋に入ってくる。
そしてだんだんと部屋が炎で焼かれていく。
1番初めに入ってきた男がシェリアンの前に立つ。
「別にあんたを殺す必要は無いんだぜ?そこにいるセナーランの王女様を渡してくれりゃさ。」
ドンデ語だ。
するとシェリアンはニッコリ笑ってこれまたドンデ語で答える。
「もちろん渡さないわよ。解ってるでしょ?」
「…ドンデ語がお上手なようで。…しかしそれならお前は殺されてオウジョサマも殺されて、イレークスは俺らのものだ。まさかお前も勝てるとは思ってないだろ?」
「まぁ、そうね。ね。だからさ。教えてくれない?冥土の土産にあそこにいる村人達がどうなるのか。」
そう言ってシェリアンは窓の外を指す。
すると目の前の男はふっと笑ってこう言った。
「あいつらはもしかしたらセナーランと繋がっているかもしれないからな。とりあえず拷問するさ。それこそアイツらが死にたいと泣くまでな。」
ケラケラと笑う男。
「村人達は関係ないと言っても?」
「別にいいんだ。おれは拷問が趣味なんだから。」
「…ふーん。ありがと。」
「お兄様!何故かこのバリアの中の転移魔法陣が発動してます!」
バリアの中を観察していた敵の一人が叫んだ。
「何?!何故…!」
「何故でしょうね?まぁ。いいの。私はここを意地でも死守するわ!それに…」
シェリアンは窓に向けて無言魔法で大きな火の玉を放った。
「何をするつもりだ?!」
バーン!!
と大きな音がして火の玉は壁を破壊し、一直線に村人達が居る場所に向けて飛んでいく。
バァァァァァァァァンン!!!
耳を塞ぎたくなるような大きな音と悲鳴が聞こえて村人達のいた場所は跡形もなく消え去った。
◇シェリアン◇
…ドンデの拷問は有名で耳を塞ぎたくなるような話ばかりだ。そいつらに拷問された果てに死んでいくのならこうやって痛みも感じないで死んだ方が…
あぁ。でも、私は今5年間一緒に暮らしてきた友を殺したのだ。たくさん。
「…ごめんね。私もすぐ行くから。」
「貴様!!何をする!!」
「何も?」
私が後ろを向くとリーシャとルーンの居る魔法陣がここからだと2人がよく見えないほど強く光っている。
発動寸前だ。
「?!」
炎がバリアに到達してバリアが氷のように溶け始めた。
まさかそんな…!あと少しなのに…!!
「…兄弟よ!転移しようとしてるヤツらを殺せ!殺せ!」
「させるか!」
私は剣を魔法で呼び寄せると力を振り絞り素早くたくさんの騎士たちがリーシャに注ぐ攻撃を防ぐ。
「お母さん!」
リーシャの声が聞こえた。
頭がクラクラする。
…目の前が見えなくなるほど魔法陣の光で明るくなる。
転移魔法陣はあと5秒もせずに発動するだろう。
今がチャンスだ。
私は剣を捨て、杖を持ち自分の首に当てた。
…最後の切り札である魔法を実行するためだ。
リーシャの方に振り向いた。
もう光のせいでよく見えないがそっちを向いた。
「…大好きよ。リーシャ。」
震える声でリーシャに言った。
届いている事を願って。
それと同時に光がもっと強くなる。
バチッ
大きな音がして魔法陣のその光がパッと消える。
2人は無事に転移したのだ。
ほっとため息をを付く。
敵が攻撃してくる前に自分の首に杖の先をつけたままこう言った。
「〈レスティンギトゥル〉」
一瞬の静寂。
バァァァァアァァァァァァアンンン!!!
隣町まで聞こえるような大きな音ががした。
まるで全ての空気が鳴っているようだ。
…あの子に小さな幸せが訪れますように。
◇◇◇
空を飛んでいたツバメが音がやんでそこを見た。
ただただ大きなクレーターがそこにかつて村があったことを語っていた。
…梅雨の湿った風がサァァと吹いた。
第三章 完
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