85 ??視点:希望 && 絶望 前編

 人生をやり直しても、ルーシーとの幸せな結婚生活は送れない。

 すぐに君の命は散る。

 僕はルーシーと一緒に生きられない。


 人生を繰り返す中、そのことに気づいた僕は、2人で生きるのを諦めた。


 本当は惜しい。諦めたくない。

 だけど、これ以上ルーシーが死ぬのを見たくなかった。

 おかしくなりそうだった。


 だから、人生を一緒にできないのなら、せめて近くでルーシーが幸せに生きていてほしい。


 そう願った僕は、ルーシーが弟のエドガーと結ばれるよう、誘導した。

 ルーシーの婚約者とならないよう、陛下にエドガーの方に婚約の話を進めさせ。


 「ルーシー、エドガー、婚約おめでとう」

 「ありがとうございます、殿下」

 「兄さん、ありがとう」


 2人は婚約した。

 好きなのに、一番近くにはいられない。

 正直、つらかった。

 しかも、ルーシーの婚約者は自分の弟。

 僕は本当はルーシーを愛してるのに。


 その自分の感情を抑え込むので必死だった。苦しかった。

 

 ――――でも、ある日。


 王城の庭で、ルーシーを見かけた。

 エドガーといた。

 笑顔だった。幸せそうだった。


 その瞬間、僕はこれでよかったんだと思った。


 ルーシーの隣は僕じゃない。

 だとしても、君が生きてくれるのなら、幸せでいてくれるのなら。

 僕はそれで――――。









 ダメだった。








 ルーシーは死んだ。








 エドガーとともに殺されていた。

 今日が結婚式だった。


 エドガーの部屋には血だらけの2人の死体。

 真っ白なウエディングドレスとタキシードは赤く染まっていた。

 そして、その近くには。


 「やぁ、兄さん」

 「…………お前がやったのか」


 弟のアースがいた。

 またあの大鎌を持っていた。

 死神のようだった。


 「そうだよ。これを見て、他に誰がいるのさー」


 彼はにひっと口角を上げる。


 「兄さんはなぜそんなに悲しそうなのー?」

 「…………」

 「ふーん。答えてくれない、か。まぁいいや。とりあえず、僕は兄さんに神様からの伝言を言っておかなきゃねー」

 「?」

 「ええと――」





 いくらあがいたって無駄だよ――だってさ。アハハ。





 「僕にはさっぱり意味が分からないけど」

 「…………」

 「兄さんには分かるのでしょう?」


 あがいたって無駄……つまり何もかも諦めてステラを選べと。

 でも、選んでどうなる?

 その先は、ルーシーを国外追放するじゃないか。


 …………嫌だ。


 ルーシーが遠くに行くのは嫌だ。

 一緒に生きていけないとしても、僕の近くにいてほしい。


 「もう一度」


 僕はまた自分の首を切った。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 何度かルーシーとエドガーが結ばれるようにした。

 だが、彼女は死ぬ。酷い時には2人とも死ぬ。


 別の人ならどうかと思って、友人だったカイルと結ばれるよう、誘導。


 なかなか難しかったけど、上手く立ち回って、ルーシーをカイルと婚約するようにした。

 幸運なことにエドガーの時とは違って、2人は結婚できた。


 「2人ともおめでとう」

 「ありがとうございます、殿下」


 結婚式でのルーシーはとても幸せそうだった。

 世界で一番綺麗な花嫁だった。

 ああ……これでもうルーシーは生きて――。




 ルーシーが死んだ。




 だが、今回は殺されてはいなかった。


 2人は事故死した。

 新婚旅行に行く途中だったらしい。

 2人が乗った馬車が崖から転落した。


 「アハハ……運命すら僕の味方をしないのか」


 それを聞いた僕は笑いながら、ベランダに出た。


 「もう一度」


 そして、飛び降りて、死んだ。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽



 

 ルーシーとカイルには家の外に出ないように忠告した。

 新婚旅行に行きたいのは分かるが、なんとか家にとどまってもらった。


 これで大丈夫。

 事故死なんてしない。


 ――――ダメだった。


 殺された。

 アースはずっと監視していたため、今回の犯人は彼じゃない。

 

 一体、誰がルーシーを殺したんだ?


 見当がつかなかった。

 その後事件現場を調べたが、犯人の手掛かりになるようなものは出なかった。

 ただ――――。


 『そんなことをしても無駄だよ、王子様』


 と2人の死体の近くに、血で書かれていた。

 アースのような神の使者がやったのは分かった。


 エドガーやカイルと一緒になってもらっても、ルーシーは死ぬのかもしれない。意味がないのかもしれない。


 「もう一度」


 僕は死んだ。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 ルーシーが生きた。


 死ななかった。

 だけど…………。


 「国外追放とする!」


 その人生は初めの人生を同じものだった。

 ステラと僕が結ばれ、ルーシーは国外追放。


 唯一といっていい、ルーシーが生きてくれる道だった。

 だから、神様は僕に諦めろと言っていたのだろうか。


 …………もうこれでいいんじゃないか。

 どこかでルーシーは生きてくれているのだから。


 ――――数ヶ月後。


 「なぜ、君が……」


 魔王との大戦争時に、ルーシーが敵となって現れた。

 月の聖女の素質があったらしく、彼女は黒月の魔女の下で動いていた。

 ルーシーは魔女と同じような黒のローブをまとい、宙に浮いていた。

 僕らを見下ろしていた。


 「なぜって……」


 彼女は首を傾げ、フッと鼻で笑う。


 「それは当たり前でしょう? だって、あなたたちが呼ぶ“黒月の魔女”って私の大叔母様だもの」

 「え?」


 黒月の魔女がルーシーの大叔母?

 まさか黒月の魔女がルーシーの親族だというのか?

 だとしたら、陛下から聞いてるはずだ。


 そんな大切なこと。

 一度も聞いたことがない。


 すると、ルーシーははぁと大きなため息をつく。


 「みんな、私を裏切った……あなたもお父様もお母様もキーランも私を捨てた。だけど、大叔母様だけは違ったわ! 私の苦しみを理解してくれた!」


 彼女はバッと手を広げ、魔法展開をしていく。空に魔法陣が浮かび上がった。

 あれが月の聖女の力――――。


 「さぁ、裏切者。あなたたちは全てここで死せるがいい」

 「ライアン様! 逃げて!」

 

 ステラの叫び声が聞こえるが、もう僕の体は動かなかった。

 涙が止まらなかった。


 ルーシーの苦しみはよく分かるから。

 自分が裏切者なのは全くその通りだから。


 ごめんね、ルーシー。

 僕が近くにいてあげれなくて、ごめん。

 

 「さようなら、僕の愛する人」


 彼女が生きて、僕は死んだ。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 ルーシーは月の聖女の素質があった。

 だが、前回の彼女は魔王側についた。あの魔女に取り込まれてしまった。


 でも、先にルーシーが月の聖女であることを知っておけば、違ったのかもしれない。

 魔王側につくこともなかったのかもしれない。


 そう考えた僕は、出会った瞬間、ルーシー自身に月の聖女の力があることを伝えた。


 初めは半信半疑だったルーシー。

 だか、僕は何度も訴えるうちに、彼女は聖女の力を自覚。


 徐々に月の聖女を使えるようになり、国内で聖女として認められるようになった。


 これなら、ルーシーは魔王側につくこともない。

 それに、もし、誰かが殺しにこようとしても、聖女の力を使って対抗できる。


 と思っていたが――――。


 「まーさか、私以外に月の聖女がいるなんてねぇ?」


 突然王城にやってきた黒月の魔女。

 彼女はルーシーを見るなり、襲ってきた。

 だが、ルーシーは力が使えるようになっていたため、対抗。


 「くっ!」

 「アハハ、あなたまだ弱いわね!」


 誰も手出しはできなかった。

 ルーシーの魔法展開もそれなりに早いのだが、魔女も早く、目が追い付かない。


 僕らが手を出したら、それこそルーシーの邪魔になる。 

 でも、助けないと……。


 と葛藤していると、突然魔女が魔法攻撃を止めた。

 ルーシーは攻撃を止めないが、ひらりひらりと交わす彼女は「うーん」と声を漏らし、悩み始めて、そして。


 「ねぇ、あなた、私の弟子にならなくて?」


 とルーシーを誘ってきた。

 

 「お断りいたします。魔王側につくなんて、嫌なので」

 「そう……私の誘いを断るというのね…………なら、死になさいっ! テーネブラモルス!」


 魔女が即死魔法を放ってきたが、ルーシーはうまくレジスト。

 上手くいかなかったのにいらついたのか、魔女はチッと舌打ちする。

 

 「小賢しい小娘ね。なら、先に未来の王様から殺しておきましょう! テーネブラモルス!」


 先ほどよりも威力の強い即死魔法。

 

 「え?」


 それがこちらにまっすぐ向かって来ていた。

 だが、僕がそれを受けることはなく、目の前にきたルーシーが受けた。

 即死魔法をバリアで受け止めていた。


 「ルーシー?」

 「ライアン様、今のうちにお逃げください!」

 「でも……」

 「早く!」


 魔法に耐えながら、そう叫んでくるルーシー。

 そうか。

 よけると僕にあたって、邪魔になるから、逃げろって言ってるのか。


 と考え走ったが、僕が離れた瞬間、パリンっとバリアが割れた。


 「ルーシー!」


 その即死魔法はルーシーに直撃。

 そして、彼女の体は地面にぱたりと倒れた。


 僕は急いで彼女のところに向かい、体を抱きかかえる。

 僕をかばわなかったらこんなことにはならなかったのに……。

 ルーシーはもう息をしていなかった。

 髪も顔もボロボロだった。


 カツ、カツとヒールの音が響く。近づいてくる。


 顔を上げると、魔女がいた。

 黒のフードの中にはルーシーと同じ銀髪があった。


 「安心しなさい。あなたもこの子と同じところに送ってあげるわ」

 「……そうしてくれ」


 僕は魔女に殺された。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽

 

 


 婚約を破棄する前に僕は何度かルーシーに月の聖女であることを伝えた。

 しかし、全部ダメ。


 黒月の魔女が僕らを殺しに来た。


 また、婚約破棄をした後に伝えてみた。

 だが、それもダメだった。

 なぜかルーシーが暴走して、国が滅ぼされた。

 僕は何とか逃げ切ったが、国民の多くは殺され、陛下も殺された。

 

 それでも、僕の声は届くのかもしれない。

 僕ならルーシーを止められるかもしれない。


 そんな愚かな期待を抱いて、炎に包まれた王城をかけて、彼女の所に向かう。


 彼女は城の上空であたり一帯を見渡していた。

 ルーシーの瞳は黒く、聖女というより怪物と化していた。


 「…………ルーシー?」


 城を、人々を、街を光線で壊していくルーシー。

 声をかけると、彼女の手は止まり、僕の方を向いてくれた。


 「ルーシー? 僕だよ? ライアンだよ?」


 彼女ははぁとため息をつき、黒い息を吐いた。


 「私を裏切った愚かな王子か」

 「……それはごめんなさい。本当は君が好きだった」

 「なら、なぜ私ではなく彼女を選んだ」

 「それは…………」


 君に生きていて欲しかったから。

 死んでほしくなかったから。


 でも、それが答えられずに黙っていると、空から一雫落ちてきた。

 それはルーシーの涙だった。 

 彼女は泣いていた。静かに涙を流していた。


 ルーシーにはまだちゃんと意識が――――。

 

 「散れ――」


 その瞬間、ルーシーの光線で、僕は殺された。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 その後、何度か始めのような人生を繰り返した。


 神様が言ってきたように、僕がステラと一緒になる道を選ぶ、そして、ルーシーを国外追放させると、彼女は生きてくれた。


 「私の裏切者、死せろ」


 でも、その後、かなりの頻度でルーシーとは敵対。

 彼女は黒月の魔女の手下となった。


 ルーシーを殺す道しかないのだろうか。

 ただ僕は彼女が生きていてほしいだけなのに。


 そして、前回の人生で僕はまたルーシーに殺された。


 正直、死に慣れすぎて何も思わなかった。


 そして、今。

 また、あの庭に向かっていた。

 今日は今回の人生において初めてルーシーと出会う日。


 彼女はまた笑顔で僕を待っているのだろうか?

 また僕は彼女の笑顔を見て苦しくなってしまうのだろうか?


 なんてことを考えながら、僕は彼女の所に向かった。


 「あの……ルーシー?」


 だけど、彼女は僕に挨拶してこない。

 僕をじっと見ていた。笑顔はない。


 いつもなら、元気に挨拶してくるところなのに……。


 一時して、ルーシーは立ち上がり、僕の所に近づいてきて。


 「え?」


 抱き着いてきた。

 突然のことにどうしていいか分からず、僕はルーシーを受け止める。

 だが、彼女は嬉しそうではなく。


 「ライアン様……ごめんなさい……あんなことをしてごめんなさい」


 嗚咽を漏らしながら、謝ってきた。

 何が何やら分からず、僕はルーシーをぎゅっと抱きしめる。

 彼女を抱きしめるなんて、いつぶりだろう。


 一時して、ルーシーはこちらに顔を向けてくれた。

 紫の瞳には涙で溢れていた。

 

 「私、本当はあんなことを……したくなかったのに! なのに、私はライアン様を殺すなんて…………」


 ルーシーが僕を殺す……。

 前回の人生のことを話しているのか?


 え? うそ?

 僕はてっきり自分だけがループしているのだと思っていた。


 「君もループしているの?」


 そう尋ねると、ルーシーの泣き声は止まった。

 驚いた顔でこちらを見る。


 「ループというものが……転生のようなものだとしたら、はい。しています。前のことも覚えています……」

 「ルーシー!」


 その瞬間、僕はぎゅっとルーシーを抱きしめた。

 さっきよりも強く抱きしめる。

 彼女は「わわっ!」と声を上げたが、僕は嬉しくてたまらず、涙が溢れてくる。


 「ルーシーも前のことを覚えているんだね!」

 「はい! 覚えています!」


 繰り返す人生の中、僕はずっと1人だった。

 ルーシーが死んでいく絶望感もあったが、同時に寂しさもあった。


 でも、もう1人じゃない。


 そのルーシーのループは僕にとっての希望だった。

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