84 ??視点:while(true){ my hellish life }

 地獄の中でも、僕は君と生きる道を探した。

 絶望の中でも、僕は君が生きる道を探した。

 運命が味方しなくとも、悪夢の中を走った。


 だって、ルーシー。

 

 ――――大好きな君には笑顔でいてほしかったから。




 ☀☽☀☽☀☽☀




 僕の名前はライアン・アレクシス・ムーンセイバー。

 ムーンセイバー王国の第2王子で、弟のエドガーと一緒に生まれた双子。

 王族であるが故の制限もあったが、僕は何不自由なく過ごすことができた。


 そして、これも王族があるためであろう――9歳の頃、僕はルーシー・ラザフォードという子と婚約をした。


 といっても、僕の意思で決められたものではない。

 陛下とラザフォード家の方が勝手に決めたこと。


 だから、僕は彼女に対して何の感情もなかった。

 いつか結婚する相手か、ぐらいにしか思っていなかった。


 しかし、ルーシーは違った。


 僕のことを好いていたみたいで、何度も王城にやってきた。

 最初はよかったものの、彼女がしつこくやってくるので、そのうち煩わしく思うようになった。


 だから、僕は彼女に対し、素っ気ない態度を取った。

 だが、それでも彼女は僕についてくる。

 あまりにもしつこく、僕は彼女が嫌いになった。


 ――――時は過ぎて15歳になった頃。


 僕らはシエルノクターン学園に入学した。

 ルーシーも同じ学園に入学したが、クラスは異なった。

 

 でも、学園でもこの子に付きまとわれる日々が続くのだろうか、と心配だった。

 

 が、僕はある少女と出会った。


 彼女の名前はステラ・マクティア。

 入学式前に偶然出会い、その時に僕は彼女と友人となった。


 最初はただの友人関係だったのだが、一緒に過ごすうちに、心優しい彼女に惹かれていった。

 そして、彼女も僕と同じ気持ちであることも知った。

 

 そのせいかもしれない。


 嫉妬したのか、ルーシーはステラをいじめていた。

 しかも、僕の目がいかないような場所で、大人数でいじめていたのだ。

 

 「君との婚約を破棄する!」


 だから、いじめを知った時、即座に彼女と縁を切った。

 特になんとも思ってなかったから、容易かった。


 ルーシーは絶望的な顔をしていたけど、自業自得。


 身分差があるとしても、いじめなんて絶対いけない。

 許されないことだ。

 いじめをするやつはこの国にいてはいけない。

 特にステラの近くには。


 だから、ルーシーを国外追放とした。

 同情することはなく、まだ殺さないだけマシだろうとも思った。


 そして、僕はステラとともに復活した魔王を倒し、その後彼女と結婚した。


 子どももできて、国王になって、孫もできて。

 とても幸せな日々だった。

 

 そして、年を取り、僕は家族の元で静かに死んだ。




 ☀☽☀☽☀☽☀




 死んだ後は天国に行く。

 先に逝った両親に会える。

 

 そう思っていた。


 だけど、死んだ瞬間、なぜか赤ちゃんだったころに戻っていた。

 生前の両親が目の前にいた。


 両親には会えたけど……何が起きているのか、さっぱりだった。


 夢なのか? 

 ここが天国なのか? 

 

 なんてことを思っていたが、時間が経ち成長していくにつれ、僕は時が戻っていることに気づいた。

 同時に、今いる世界が現実であることも。


 そして、また彼女と出会った。

 前と同じように、王城の庭に銀髪の少女はいた。


 「君はルーシーだね」

 「私のことをご存知で?」


 そりゃあ、もちろん。

 元・婚約者だったし。

 散々付きまとわれたし、忘れるはずがない。

 

 「陛下から話は聞いてね」


 しかし、彼女は僕みたいにこの前の記憶があるわけではないので、本心は言わず、適当に答えておく。


 「お初にお目にかかります、殿下。わたくしはルーシー・ラザフォードと申します。以後お見知りおきを」


 と挨拶をしてきたルーシーはにこりと微笑んでくる。

 …………うーん。

 この時はこの子がいじめなんてするとは思えないんだよね。


 なぜいじめなんてするのだろう?


 「よろしく、ルーシー」

 「はい」


 そんな疑問を片隅において、僕は彼女に右手を伸ばし、握手を交わした。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 ルーシーと会い始めて、数ヶ月後。


 「なぜ僕のことが好きなの?」


 気になった僕は、そんな質問を投げかけた。


 「うーん?」


 すると、ルーシーは唸り、考え込み始める。

 悩んでいるみたいだけど……やっぱり僕自身は好きじゃないのかもね。

 僕自身に興味があるわけじゃなくて、僕の地位に興味があるのだろう。

 あと他の理由としては。


 「もしかして、僕の……容姿がいいから?」

 「もちろん、それはあります」


 冗談で聞いてみたのだが、ルーシーは即答。

 正直な返答に思わず苦笑いをしてしまう。


 僕の顔なんて普通だと思う。

 僕よりいい容姿の人はいっぱいいる。

 たとえば、アッシュバーナムの子とか、弟たちとか。


 だが、ルーシーは話を続けた。


 「それもあるんですが、私は殿下のことが好きなんです。正直、そのことに理由なんてありません」

 「そう……」


 ――――数日後。


 僕はルーシーとの婚約を受け入れた。

 彼女が違う行動をとるのではないかと期待して受け入れた。


 だが、彼女はまたステラをいじめた。


 そして、また、同じような人生を送った。

 ルーシーを国外追放にし、ステラと結婚。


 たとえ、この前と同じ人生だとしても、僕は幸せだった。


 だが、胸の内には小さな違和感。

 僕は確かに幸せなはずなのに。


 ――――なぜルーシーのことを気にしているのだろう?




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 死んで、また僕の人生が初めから始まった。

 また彼女に会った。


 「お初にお目にかかります、殿下」


 ルーシーはまた同じ状況下で同じ挨拶をしてきた。

 人生の2回目となると、飽きてきたな。


 というか、なぜ人生を繰り返しているのだろう?


 神様のいたずらなのだろうか。

 気分屋な神様が僕だけ人生を繰り返すようにしたのだろうか。

 なら、神様が飽きるまで繰り返さなければならないのだろうか。


 …………うーん。

 

 もしこのまま自分の人生が何度も続くのなら、ちょっと人生を送ってみたい。

 そう思った僕は煩わしく雑に扱っていたルーシーに向き合ってみることにした。


 毎日王城にやってくるルーシーを温かく迎えた。


 ルーシーはいつも元気で笑顔だった。

 きっと僕に好かれたくて、そんな態度をしているのだと思っていた。

 だけど、違った。


 ルーシーは幸せそうな笑みを浮かべて。


 「私、殿下と過ごす時間はとっても幸せです」

 

 とこぼした。

 その言葉に嘘偽りなど感じられず、彼女の笑顔の理由に気づいた。

 本当に僕のことが好きだから、いつも幸せそうに笑っている、と。


 また、彼女と向き合っていくうちに、他のことにも気づいた。


 彼女がランチを用意したり、彼女から色んな話題を出してくるのは僕の気を引こうと必死になっているのだとてっきり思っていた。


 だけど、ルーシーはただ僕を楽しませようとしていただけだった。

 彼女なりに一生懸命、僕のことを思って動いていたのだ。


 それに気づいたと同時に、後悔が襲ってきた。


 なぜ、それに早く気づかなかったのだろうと。

 なぜ、僕は彼女の言葉に耳を傾けなかったのだろうと。


 確かにルーシーは感情面において不器用かもしれない。

 だけど、彼女なりに僕を思ってくれていた。

 でも、僕はそれを理解せずに勝手にルーシーを突き放した。

 

 …………バカじゃないか。


 僕を思ってくれる人が毎日会いに来てくれていたのに。

 なんて態度をとっていたんだ、僕は。


 気づけば、ルーシーのことばかり考えていた。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 ――――ルーシーと出会って数年後。


 僕らはすっかり成長し、来年には学園入学となっていた。

 前回の人生とは違い、ルーシーとの関係は良好。

 ルーシーも前とは違って、柔らかく、笑顔の絶えない魅力的な女性へとなっていた。


 なんでルーシーの魅力に気づかなかったのだろうとも後悔したね。


 そして、ある日のこと。

 午前の勉強を終え自室を出ると、彼と会った。

 彼はこれから勉強なのか大量の本を持っていた。


 「ライアン、おはよう」

 「おはよう、エドガー」


 前の人生では距離を置いてきたエドガー。

 ルーシーのおかげで、数年前に彼と仲良くなった。

 今では一緒に剣術の訓練をするまでになっている。


 また、ルーシーとエドガーも仲良くなって、というかなり過ぎて、ちょっと嫉妬してしまいそうになったけど。

 それでも、仲良くなれたのは嬉しかった。


 「エドガーはこれから勉強?」

 「そうだよ。ライアンは……その上機嫌な様子からするに、ルーシーのことだね。なるほど、今日はデートの日だったのか」

 「……僕を分析しないで」


 確かに、ワクワクはしてるけど、それが顔に出ていたとは。

 顔に出さないように意識していたんだけどな。


 エドガーは何が面白いのか、フフフと笑う。


 「じゃあね、ライアン兄さん。ルーシーとのデートを楽しんで。あと、ルーシーによろしく言っておいて」

 「うん。そっちもリリー嬢によろしく言っておいて」

 「はーい」


 ちなみにエドガーは前の人生とは若干異なるが、スカイラー家のリリー嬢と婚約していた。

 どうやらエドガーがリリー嬢に惚れ込んだらしい。

 

 可愛いところもある弟だ。


 僕らは今はこうして仲がいいけれど、次期国王候補ということもあり、兄弟通しで比較されていた。

 もちろん、兄上や弟たちに敵意があるわけじゃない。


 周りが勝手に比較しているだけ。


 でも、どこでも見られて監視されているような気がして、息が詰まりそうになった。

 加えて、勉強や剣術の訓練で多くの時間は取られ、代わり映えのしない日々に飽きていた。


 だが、ルーシーと過ごす時間だけは違った。

 何もかも忘れることができた。幸せだった。


 庭に行くと、いたのは日傘をさす銀髪の少女。

 柔らかい風が吹き、彼女の髪と真っ白なワンピースを揺らす。

 その銀髪は美しく、見とれていると、彼女がこちらに気づき、駆け寄ってきた。


 「ライアン様、おはようございます」

 「おはよう、ルーシー」


 優しく微笑んでくれるルーシー。

 彼女の手には1つのバスケットがあった。


 「今日も持ってきてくれたんだね」

 「はい! 今日はサンドウィッチを作ってみました。東の島群発祥の料理、フルーツサンドなるものも作ってみました」


 そう言って、ルーシーはバスケットの中を見せてくれた。

 その中にあったのは、サンドウィッチの他にフルーツとクリームが挟まれたパン。

 うん。今日のランチも美味しそうだ。


 「いっぱい作って来てくれたんだね。いつもありがとう」

 「いいえ。こちらこそ、お忙しいのにお時間をいただきありがとうございます」

 「気にしないで」

 

 僕はただルーシーと一緒に過ごしたいだけだから。


 「今からお召し上がりになりますか?」

 「そうしたいところだったんだけど、ルーシーにさ、ちょっと見せたい物があって」

 「見せたい物?」


 と言って、ちょこんと首を傾げるルーシー。

 その姿さえ、愛おしく思えた。


 「そう。だから、少し散歩しない?」


 そうして、僕はルーシーに王城の庭のある場所に案内する。

 案内した場所は様々な花が植えられた花の庭。

 春ということもあり、綺麗に咲いていた。


 僕らは横に並んで、花々の間のレンガ道を歩いていく。


 「綺麗に咲いていますね。ライアン様が見せたいとおっしゃられていたのはこのことでしたか」

 「うん、そうだよ。綺麗に咲いていたから、ルーシーにも見せたいと思ってね」

 「ありがとうございます」


 僕らを囲む花々は太陽の光に照らされ、生き生きとしていた。

 こうして、改めて見ると関心する。

 こんなに綺麗に咲いているとは……庭師が丁寧に手入れをしているんだな。


 隣の彼女を見ると、きらきらと目を輝かせて花を見ていた。

 うん。ルーシーも楽しそうだね。

 ここを案内してよかった。


 なんてことを考えながら、僕らは歩いて行っていると、風がぱぁっと吹いた。

 花たちは風に揺らされ、花弁が舞う。

 その飛ぶ花弁が彼女の銀髪の間をすっと抜けていく。

 花弁を追って見ていると、ルーシーと目が合った。


 「…………」


 ルーシーの紫色の瞳。

 その瞳はけがれを知らない宝石のように綺麗だった。


 過去の僕はなぜルーシーを国外追放なんかに…………。


 「ライアン様? どうかいたしましたか?」

 「あ……その、ルーシーの瞳が綺麗だな、と思って……」


 思ったことをそのまま言うと、ルーシーは一瞬キョトンとして、そしてフフフと笑った。


 「ありがとうございます。ライアン様の瞳もお綺麗ですよ」

 「ありがとう」


 お礼を言うと、ルーシーは柔らかく微笑んだ。

 そうして、さらに、花の庭を歩いていると、ルーシーが突然足を止める。


 「?」


 どうしたのだろう?

 彼女の視線をたどると、視線はある花に向いていた。


 その花は紫色の小さな花で、星々のように小さく咲いている花。


 「ルーシー、この花が気になるの?」

 「はい。私、ローズマリーが好きで、王城のものは綺麗に咲いているなぁと思いまして……うん、香りもとってもいいです。とても大切に育てられてますね」


 ルーシーは小さなローズマリーの花を見つめ、そう楽し気に話す。


 「ルーシーはローズマリーが好きなんだ?」

 「はい。特に香りが好きでして、それに花言葉も素敵なんです」

 「へぇ……花言葉はなんて言うの?」

 「えっと、記憶、追憶などがありますが、私が気に入っている花言葉は『変わらぬ愛』ですね」

 

 と照れくさそうに、話すルーシー。

 思えば、前回の人生でルーシーはよくローズマリーの香水をくれていたような。


 『変わらぬ愛』ね……なるほど。

 そう意味で贈ってくれていたのか。


 ――――時は過ぎて、ルーシーの誕生日。


 僕はプレゼントとしてローズマリーの香水をルーシーにあげた。

 プレゼントの中身に気づいた瞬間、ルーシーの顔はぱぁっと満面の笑みに変わり。

 

 「ライアン様、ありがとうございます」


 嬉しそうな声でそう言ってきた。

 彼女の笑顔は眩しく、気づけば僕も笑顔になっていた。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 そうして、1年が経ち、僕らはシエルノクターン学園に入学した。

 どこからで聞いたのかは知らないが、学園長が僕とルーシーの仲の良さを把握しており、わざわざ僕とルーシーを同じクラスにしてくれた。


 ステラとも同じクラスだった。


 だが、ルーシーは彼女をいじめることはなく、むしろ仲良くなっていた。

 平民であるステラは初めは遠慮しているところがあった。

 が、関わっていくうちに、ルーシーは親友と言えるぐらいステラと仲良くなっていた。


 その光景は前回のことを知っている僕からすれば、微笑ましい光景。

 前回の人生とは全く違う、平和な世界だった。


 数年後、いじめなど起きず、僕らは平穏に学園を卒業した。

 そして、僕はルーシーにプロポーズした。

 

 した場所はルーシーと初めてあったあの庭。


 「僕は君を愛してる」


 2回目の人生でようやく気付けた。

 ルーシーのいいところに。

 僕は彼女に惹かれた。


 「この先もずっと愛してる」


 確かに前の人生では違う人を選んだ。

 でも、今はもう違う。

 ルーシー以外の人なんて考えられない。

 彼女と人生をともにしたい。


 「僕と結婚してください」


 どうかルーシー。

 僕と同じ思いであってくれ。

 







 「ダメだよ、兄さん」

 







 兄さんと呼んできたのはエドガーじゃない。


 もう1人の弟・・・・・・アース・・・・ロキ・ムーンセイバー。


 弟は黒い大鎌を持っていた。

 全ての光を吸い込むような闇の鎌を。 


 「え?」


 その鎌の先はルーシーのお腹に刺さっていた。


 「ダメだよ、兄さん。その選択は間違ってるよ」


 なぜ、アースが? 

 ルーシーを?

 え?


 困惑のあまり、僕はフリーズしてしまう。


 「アース!? お前、何をしてるんだ!?」

 「何ってねー」


 アースは刺していた鎌をさっと抜き取り、はぁとため息をつく。

 その瞬間、ルーシーは血を吐きだし、倒れ込んだ。


 「ルーシー!」


 僕は倒れたルーシーを抱える。お腹から血が溢れてきていた。


 「ライアン…さ、まっ……」

 「ルーシー!」


 なんで?

 なんで?

 こんなことになっているんだ?

 

 いや、止血しないと。

 ルーシーが死ぬなんて嫌だ。


 僕は止血をしようと、彼女の腹部を圧迫するが血は止まらない。

 赤く染まっている場所はじわじわと広がっていく。

 …………僕じゃ、対処しきれない。


 「誰か! 誰か! ヒーラーを――ぐっ」


 助けを呼ぼうとしたが、アースに口を手でふさがれる。

 そして、彼はひたすら「ダメダメダメ」と首を横に振った。


 「ダメだよ、兄さん。兄さんは、ステラって子と結ばれるべきだよ」

 

 ――――は?


 何を言っているんだ?

 今の僕はルーシーが好き。


 なんでここでステラの名前が出てくるんだよ?


 「ライアンさ、まはステラさんの、ことが……?」

 「違うよ、ルーシー。僕は君が好きなんだ」


 アースの手を外し、彼女にそう訴える。


 「そう、ですか……よかった、です。ほん、とはわた、しのことが、すき、じゃない、のかと……」

 「そんなことはない。君だけを愛してるんだ」

 

 やっと気づけたのに。

 君のいいところに。

 君の思いに。


 「ルーシー、死なないで」


 ぎゅっと抱きしめる。

 だが、彼女のぬくもりは消えていく。


 嫌だ。

 嫌だよ、ルーシー。

 君が死ぬなんて。


 すると、ルーシーは僕の頬に手を当てる。

 冷たい手だった。

 彼女の目はもううつろ。涙がこぼれていた。


 「わたし、ライアンさ、まといっしょに、すごせ、てたのしかった」

 「…………」

 「ライアンさ、まのことを……すき、になれ、てよかった」

 「……そんなことは言わないで」


 ねぇ、ルーシー。

 僕らは一緒に生きるんでしょ?

 これから一緒に人生を送っていくんでしょ。


 ――――死ぬなんて冗談でしょ?


 「わた、しも、あいし、てます」


 笑ってそう言ったルーシー。

 その後、彼女の息は消え、手がぽたりと地面に落ちた。


 「あ゛あぁ――――!!」


 なんでなんだよ!?

 なんでこんなことになるんだよ!?


 やっと!

 やっと!

 ルーシーの思いに気づけたのに!


 彼女と一緒に生きると決めたのに!

 視界はぐちゃぐちゃ。涙が止まらなかった。


 「あ゛あぁ――――!!」


 どうしようもない悲しみだった。

 こんなの感じたことがなかった。

 それほど、僕にとってルーシーの存在は大きかった。


 なのに、なのに――――。


 「ルーシィ……起きてよ、ねぇ」


 その瞬間、大きなため息が聞こえる。

 アースは呆れたようにこちらを見ていた。


 「兄さん、ステラって子を選んで。じゃないと――」


 耳元でシャっと刃が空気をよぎる音。

 大鎌の刃先は僕の首を狙っていた。


 「殺すよ?」


 愛する人を失った僕には、死んだも同然だった。

 もう生きる意味はない。


 「……嫌だ。僕はルーシーと生きると決めたんだ」


 そう答えると、また大きなため息が聞こえる。


 「そっかぁ……兄さんはそれを選ぶのかぁ」


 下に見る。

 僕の中で静かに眠るルーシーは笑顔だった。

 幸せそうだった。


 僕も気づけば、泣きながら笑っていた。


 「じゃあね、兄さん。おやすみなさい」


 そうして、僕も死んだ。

 



 ☀☽☀☽☀☽☀☽



 

 目を覚ますと、真っ白な世界が広がっていた。

 見渡しても広がっているのは、白、白、白。

 リアルな世界とは思えなかった。


 「……ここはどこ?」


 ルーシーはどこにいるのだろう?

 まさか、ここが天国なのだろうか?


 「そんなわけないでしょ」

 「え?」


 僕の疑問に答えたのは1人の女性。

 隣に黄金に光る長髪の女の人が経っていた。

 昔の人が着ていそうな服を着ているけど……誰?


 「あなたは……?」

 「私は……そうね。女神よ、女神ティファニー」

 「え? あなたが?」

 「そうよ」


 女神ティファニーって、王国の信仰女神じゃないか。

 驚きのあまり、戸惑ってしまう。

 しかし、女神様は僕を気にする様子もなく、どこか遠くを見つめていた。


 「ねぇ、ライアン」

 「あ、はい」

 「ループしてどうだった?」


 はて?

 

 「……るーぷ? るーぷってなんですか?」

 「君、死んでから赤ちゃんに戻っていたでしょ?」

 

 確かに。

 それを2回ほど繰り返している。


 「それを“ループ”というのよ。生き戻りと似たようなものと考えたらいいと思う。何度も何度も生き戻っていたら、輪のように君の人生が回るでしょ? だから、ループというの」

 「…………なぜ僕にそのループをさせるんですか?」

 

 すると、女神はうふふと笑い出す。

 

 「それは、君に最強の人間になってほしいからよ」

 「…………最強? なぜ僕を?」


 大魔術師ヘルメスとかに頼めばいいのに。

 彼の方が僕より圧倒的に最強に近い。

 女神は黙ったまま、考え込み、一時して話し始めた。


 「それは……君が最強になってから話すよ」


 しかし、彼女は僕の問いには答えてくれず、そこで僕は意識を失った。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 僕はまた赤ちゃんに戻っていた。

 女神様の言った通り、僕はループをしているよう。

 ルーシーにはまた会えた。彼女と思いを同じにできた。


 だけど――――。


 「え?」


 結婚をしようと約束した翌日。

 ルーシーが死んだ。

 殺された。


 「なぜ? なぜこんなことに?」


 ルーシーの部屋で絶望した。

 彼女の死体はぐちゃぐちゃ。

 ナイフでめった刺しという、無惨な殺され方だった。


 僕の生きる希望のルーシーを失った僕。


 ループしているというのなら。

 僕が死ねば、ルーシーは生き返る。


 そう考えて、自分の首を切った。


 


 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 ルーシーがまた死んだ。

 前回の同じように結婚をしようとした時に殺された。

 無残な殺され方だった。


 僕もルーシーを追いかけて、死んだ。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽


 


 また、ルーシーが死んだ。

 思いを伝えあった次の日に殺された。


 意味が分からなかった。


 この前は結婚を申し込んだ次の日だったのに。

 今回はただお互いの気持ちを確かめあっただけなのに。


 なぜ? なぜ? なぜ?


 ――――なぜ、ルーシーが殺されないといけないんだ?


 僕もまた死んだ。




 ★☽★☽★☽★☽



 

 「アハハ!」


 雨の中、弟・アースの高笑いが響く。

 僕は地面に座り込み、ルーシーの小さな体を抱いていた。

 彼女は血だらけ。もう意識はなかった。


 ルーシーがまた殺された。


 まだ、ルーシーとは出会って間もなかった。

 1ヶ月も経ってなかった。


 「アハハ! アハハ!」


 小さな体の弟は大きな鎌を振り回しながら、笑い続ける。

 侍女たちがやってきたが、アースを見るなり、悲鳴を上げ、逃げていった。


 なぜ、こんなことになったのだろう?


 …………いや。

 そんなことを考えても、意味がないか。

 ルーシーはもう死んだ。

 この世界ではもう君と生きれない。


 冷たい雨が僕の背中に打ってくる。僕らの体温を奪っていく。


 「兄さん、1人悲しんでいるけどさ、それ全部兄さんがいけないんだよー?」

 「…………?」


 僕が……いけない?


 「兄さんがさ、この女を選ぶからさ、神様に変わってお仕置きしたんだよー?」

 「神様?」


 僕は顔を上げ、濡れた髪の間から、弟を見る。

 アースは自分の胸に手を置き、高らかに話し始めた。


 「そうだよ。兄さんも知っているだろう? 僕が神の声が聞こえるって。だから、神様の命令があったから、僕は動いたのさー!」


 神様の命令で、ルーシーを?

 神様ってあの女神様のこと?


 なぜ、あの女神がルーシーを?


 「まぁ、ルーシーだけじゃなく、兄さんにも罰を受けてもらわないとね」

 「…………」


 罰ならもう十分受けた。

 ルーシーを失うという罰を。


 「じゃあね、兄さん。さようなら!」


 そして、僕は弟の鎌で命を絶った。


 


 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 「――――はっ!」


 目を覚ますと、白い世界だった。

 ここはこの前女神様と会った場所……。


 「ごめんなさい」


 女神様は会うなり、謝ってきた。

 彼女の髪はぐちゃぐちゃ。気品さが見えなかった。


 ごめんなさいって……どういうこと?


 何がなにか分からず、黙っていると、女神様は土下座をしてきた。


 「こんな風にするつもりはなかったの!」

 「…………」

 「一度だけあなたの好きな人を殺すだけだったの! なのに、なのに

! あのアースが言うことを聞かなくって……本当にごめんなさい!」


 女神様は頭を上げず、ひたすらに「ごめんなさい」と謝ってくる。

 一度だけルーシーを殺す?

 やっぱり、この女神がルーシーを…………。


 「アースが神様に言われてやったと話していた」

 

 アースは神様の命令でやったと言っていた。

 この世に神様は1人しかいない。

 だから、全部――――。


 「お前のせいなんだろう? 女神?」


 しかし、女神はぶんぶんと横に首を振る。


 「違うの! そうだけど……違うの! 私はこんな風にあなたを苦しめるつもりなんて……」

 「なら、僕のループを止めて」


 ルーシーが死ぬ光景を見る。

 そんな悪夢を何度も見るくらいなら、今すぐでも死にたい。

 しかし、女神は横に首を振った。


 「無理よ。止めようとしたけど、無理だったの」

 「…………は?」

 「なぜ分からないけど、あなたのループを止められないの!」


 信じられずに、僕は横に首を振る。

 …………この先、ずっと地獄を見ていけと?

 ルーシーを突然失う地獄を?


 絶望感に襲われ、僕はぱたりと地面に座りこむ。


 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 僕の人生なんなんだよ?

 僕はルーシーと一緒に生きたいだけなのに。

 ただそれだけのことなのに。


 繰り返す人生の中で、それができないなんて。


 涙ぐみながら謝る女神の声を聞いているうちに、僕はまた意識を失った。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 また人生が始まった。

 次はルーシーが殺されないよう、大魔法使いヘルメスにルーシーを守ってもらった。


 「え?」

 

 城下町から少し離れたヘルメスの家に向かった。

 元気に笑うルーシーが出迎えてくれると思っていた。


 「なんで?」


 だが、2人は殺されていた。

 ヘルメスの部屋は真っ赤な血だらけ。

 ヘルメスがルーシーを守るような形で死んでいた。


 世界最強と言われた魔術師のヘルメスでも、無理だった。

 ルーシーはまた死んでしまった。殺してしまった。


 「もう一度」

 

 僕は自分の首を切った。




 ☀☽☀☽☀☽☀☽




 何度も何度も同じ人生を繰り返した。

 繰り返すたびに、君とは出会うのだけれど、決して僕ら2人で幸せになる未来はなかった。

 

 君は突然消えていく。死んでいく。


 絶望的なことを何度も見させられた僕の心は沈んでいた。

 まぁ、人生をやり直せば、ルーシーに出会えるけど。


 それが唯一の希望。それしか希望がない。


 そして、今日はルーシーと出会う日。

 僕はまた同じように執事に促され、庭へと向かう。


 また、この庭。

 また、この時間。

 また、この空。


 見上げると、曇一つない空。

 だが、僕の心はひどく晴れない。


 「お初にお目にかかります、殿下」

 

 彼女の所に行くと、丁寧に挨拶をされ、彼女はにこりと微笑んでくれた。

 彼女の笑みを見ると幸せになれる――と同時に苦しかった。


 「こんにちは、ルーシー」


 ねぇ、ルーシー。

 これで何度目だろう?

 君と出会うのは。

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