52 リリー視点:お姫様の危機

 その瞬間、直感的にルーシー様が危ないと思った。

 なぜか分からないけど、そう思った。


 だから、私は走った。

 お姫様ルーシー様の元に向かって全力で走った。


 人の流れに逆らって、人の合間を縫って駆け抜けていく。


 途中、ステラとすれ違った。

 彼女は私の顔を見て「え?」って顔していたけど、あの様子からだと気づいていないのかもしれない。

 

 クレープ?

 そんなの、どうでもよくなった。

 それよりもルーシー様が危ない。


 ルーシーの背中が見えた。あの王子と一緒にいた。

 2人はある方向を見ていた。誰かと話しているようだった。

 さらに近寄る。


 見えた。

 2人には黒いローブコートを着た人が。

 あの人から、とんでもない邪気を感じた。


 私はルーシー様の前に立つ。

 

 「ルーシー様、殿下、ご無事ですか」

 「…………ええ」「ああ」


 そいつは私を見ても、反応しなかった。


 「あなた、何者ですか? 随分と物騒な雰囲気を醸し出していますけど」

 「黒月の魔女といえば分かるかしら?」


 そう答えて、黒ローブ女はニコリと笑う。


 ―――――――は? 黒月の魔女ですって?


 なんでこんなところに。

 ゲームでこんな展開は、私は知らない。 

 だいたい魔女が現れるシーンなんて1つもなかったはず。


 でも、魔女はさっきからルーシー様ばかり見ている。

 

 ルーシー様に何かするつもり?

 なんの用があってきた?


 私が様々な疑問を浮かべている中、魔女はこっちに向かって歩いてくる。


 「近づくなっ!」


 声を上げる。

 そして、私は持ってきていたレイピアを魔女に向かって構えた。

 しかし、魔女は気にすることもなく、私の前に立ち止まると、ルーシー様をじっと見始めた。


 一体、この魔女は何がしたい?

 

 ちらりとルーシー様を見る。

 魔女にまじまじと見られて、居心地悪そうにしていた。

 そんな彼女だが、恐る恐る魔女に話しかけた。


 「………………あの」

 「うん! 間違いないわ!」

 「………………魔女様?」

 「この子、聖女だわ!」


 魔女は大声でそんなことを言ってきた。

 ルーシー様が聖女? 

 何を言ってるの、この魔女は。

 ゲームではルーシーが聖女になる、なんてことはなかったはず。


 ルーシー様も同じく驚いたのか、声を上げていた。


 「え? 私が聖女?」

 「そうよ? あら、あなた気づいてなかったの?」

 「気づいていないもなにも……星の聖女なわけがありません」


 すると、魔女はそりゃ当然という顔をしていた。


 「え? そりゃあ、そうよ。あなたは星の聖女なわけがないじゃない」

 「じゃあ、なんだというんですか」

 「あなた、月の聖女よ」


 ルーシー様はさらに訝しげな顔を浮かべる。

 まぁ、そりゃあそうよね。

 いきなり世界が恐れる魔女が現れて。

 その魔女から「あなたは聖女よ」なんて言われたら、私もあの顔をするわ。


 それにしても、月の聖女かぁ。

 ここはムーンセイバー王国だし、ありえなくない話。

 それにルーシーという名前は月と関連あるし、誘拐事件の時はあんな強力な魔法を放った。


 私は月の聖女が何をするのかは知らないけど、だいたい星の聖女と同じだから、治癒魔法と光魔法を得意とするはず。

 でも、ルーシー様は光魔法以前に、魔法を扱うことが難しい。


 保持魔力が少なくて、初級魔法しか扱えないらしい。

 対して、星の聖女は一般の人よりも保持魔力も多いという報告がある。


 だけど、ルーシー様は誘拐事件の時に光線をぶっ放している。

 もしかしたら、ルーシー様の保持魔力が少ないっているのは間違いなのかもしれない。測定間違いなのかもしれない。

 だから、ルーシー様が月の聖女であることは、今のところは肯定も否定もできない。


 まぁ、話がそれたけど。

 ルーシー様は魔女の言ってることが信じられないようだった。

 何言ってんだ、こいつ、とでも言いたげだった。

 ルーシー様はそんな言葉遣いされないけど、思っていることは私も同じ。


 そんな中、誰よりも驚いていたのは、彼だった。

 ライアンはありえないとでも言いたげな顔をしていた。


 「なぜ、お前がそれを知っている……」

 「ふん。その様子だと、ムーンセイバー王国は把握済みだったようね。ま、婚約者にしているんだから、当たり前かしら」

 「………………いや、陛下はご存じないはずだ」

 「ふうん、そうなの」


 魔女はそう言って、ルーシー様の方に目を戻す。

 ライアンがとんでもない発言をした気がするけど、それどころじゃない。

 嫌な予感がする。


 「魔王様はああ言ってたけど………………まぁいいか」


 魔女から殺気を感じる。

 一応、私は後ろにいる彼女に目くばせをしておく。


 「ラザフォード家のお嬢さん、月の聖女であるあなたには死んでもらいましょう!」


 私の直観は当たっていた。

 私はすぐさま動いた。


 「恨むのなら、私ではなく、月の聖女として生まれた自分を恨んでちょうだい! じゃあ、月の聖女様。さようなら! テーネブラモルス!」


 私は死の呪文を防ぐ方法は知らない。しかし、彼女はコクリと頷いてくれた。

 だから、きっと彼女ならやってくれるはず。

 嫌いだけど、きっと彼女なら防御魔法を繰り出せる。


 私はルーシー様の前に立ち、魔法を受ける覚悟を決める。

 しかし、私の体は押しのけられた。

 ルーシー様が私を押していた。

 紫紺の雷光がルーシー様に直撃する。


 「ルーシー様!」

 「くっ!」


 パリンっという音が響く。

 ………………そんな、そんな。

 私のルーシー様が。


 「私は……大丈夫」


 しかし、ルーシー様はそう言った。声を出した。

 即死魔法を受けたのにもかかわらず、私のお姫様はピンピンしていた。

 多少よろけていたが、立っていた。


 その代わり、彼女の手から砕けた青い石が落ちていく。

 あ! なるほど!

 身代わり魔石を使ったのね!

 さすが、ルーシー様! 


 「あらら……身代わり魔石を持っていたのね。やられたわ」


 魔女は口元に手を当て、残念そうに見る。

 黒月の魔女とはいえ、即死魔法を連続で使うことなんてできないはず。

 なら、今のうちに。


 「殿下とルーシー様はお下がりください! 余裕があれば、宮廷魔術師をお呼びください!」

 「ああ、呼ばせた! 君たちで持ちこたえそうか?」

 

 すると、ライアンは自分も戦うと言い始めた。

 彼に戦ってもらうのはありがたいが、それではルーシー様1人になってしまう。

 今魔女が狙っているのはルーシー様。私たちのことはどうでもいいように思える。

 だから、ライアンにはルーシー様を任せたい。 


 「………………なんとかします。殿下はルーシー様をお願いします」

 「分かった」


 ライアンは私の意をくんでくれたのか、ルーシー様を守るように杖を構えた。

 分かってる。

 たぶん、私だけじゃ、無理だ。

 なんせ、相手は世界が恐れる魔女、黒月の魔女。

 1人で何人も死にやった、魔王の臣下。


 「私も加勢します!」


 先ほどまで、ルーシー様の後ろの方にいたステラ。

 彼女は私の隣に立った。


 ――――――――魔女と戦うのは、1人じゃ無理だ。

 だけど、嫌いなステラ星の聖女様とならきっとルーシー様を守れる。


 「ステラさん、さっきはありがとう」

 「いいえ。あなたが亡くなると、ルーシー様が悲しむので、守っただけです」


 そう言って、ステラは顎を引き、杖を構える。戦闘に慣れているようだった。

 星の聖女がいるのなら、時間を稼ぐことぐらいはできるだろう。


 「行きますよ!」

 「はい!」 


 そうして、黒月の魔女との戦いが始まった。

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