49 イヤな予感

 選択授業終了後。

 衝撃の質問をした緑髪の少女。

 彼女は教室の人全員から注目を浴びていた。


 しかし、彼女は何事もなかったかように、颯爽と教室を去っていく。

 

 彼女は知らなかったのかもしれない。

 黒月の魔女の名前を話題にしてはいけないことを。


 だったら、そのことを彼女に言わないと――。


 私は荷物をまとめると彼女を追いかけ、教室を出る。

 少女は教室から少し離れたところにいた。


 「緑の髪の方、お待ちください!」

 

 呼び止めると、少女は振り向いてくれた。

 

 「………何ですか?」

 「さきほどのことですけど、あの魔女の名前は――」

 「ええ、知ってます」

 「なら、なんで……」

 「私が単に聞きたかったからです」


 だからって、あの場所で話題に出すのは、と反論しようとしたが。

 彼女は何か事情があるのかもしれない。

 たとえば、おじいちゃんとかが黒月の魔女に殺されて、仇をとろうとしているとか。

 なら、私には関係ない。


 しかし、彼女が去ろうとした時、再度呼び止めていた。


 「まだ何かありますか?」

 「………………出席確認の紙、チェックしました?」

 「あ」


 と単音だけ発すると、彼女はくるりと引き返し。

 猛ダッシュ。

 だが、途中で足を止め。


 「ありがとうございます!」


 と私に言って、去っていた。


 言ってよかった。

 あのままだったら、あの子は出席したとはみなされないから。

 せっかく出たのに、チェック忘れで欠席なんてもったいないものね。


 そうして、自分のクラスの教室に戻っていると。

 突然背後から抱き着かれた。

 振り返ると、そこにいたのはキーラン。


 彼の背後にはカイルたちもいた。


 「姉さん、久しぶり! 会いたかったよー!」

 「…………何が久しぶりよ。たったの1時間でしょ」



 

 ★★★★★★★★





 選択授業後、私はキーランたちと合流。

 そして、食堂へと向かった。

 食堂はお昼時なので、結構な人数がいた。

 が、席はなんとか確保できた。よかった。


 そうして、食堂で昼食を終えると、今日は何も予定がないので図書館のあの一室に向かう。

 その移動中、私は例の緑髪の少女について話題に出した。

 すると、リリーが説明してくれた。


 リリーいわく、彼女は2年生の有名人。

 2年生ではかなり有名らしく、彼女の名前はゾーイ・ヴィルテン。

 男爵家のご令嬢で、盲目。


 目が見えないが、耳は常人よりかなりよく、しばらく関わりを持てば足音で誰だが、判断できるとか。


 しかし、盲目のことが彼女を有名にしているのでないらしい。

 彼女が騎士だから、名を知られているという。

 ゾーイは騎士団に入団しており、腕前はリリーと同等。


 なぜそんなことを知っているのかと尋ねると、彼女と面識があったのだとか。

 ゾーイはリリーの父が団長をしているところに所属しているらしい。

 それで、リリーは少し剣を交えたことがあるのだとか。


 リリーところに所属している人ってそれなりに強かったはず。

 それに、騎士団に入る前に実技試験とかあるはずよね?

 あんな華奢な女の子が合格した?


 ………………かっけぇ。

 私が男だったら、惚れちゃうかも。


 騎士である彼女が学園にいるのは、騎士団長リリーの父親の指示で、魔法技術を高めるためにいるらしい。

 ちなみにゾーイの成績はトップ。


 シエルノクターン学園はほとんどペーパーテストで成績を決めるが、どうしているのだろうと思ったら、面接で試験を受けているらしい。

 いわゆる口頭試問である。


 …………なるほど。

 だから、ノートをとらず話を聞いていたのか。とんでもない記憶力ね。


 ちなみに。

 話の流れで、ゾーイが私の隣に座ったと話すと、リリーは「私も隣に座りたかった」とぼやいていた。

 また、ステラも隣に座っていたことを話すと、険しい顔で「あんたにはもうライアンがいるでしょうが」とも呟いていた。


 私がいる前でそんなに言うかと思ったが、リリーは素直な子。

 ………………うん。

 裏で言われるより、何倍もいい。


 それで、私はリリーがゾーイとステラのことが好きなのかもしれないと考えた。


 そして、リリーに「ゾーイとステラが好きなの?」と尋ねてみたのだが。

 彼女からは「なんでそうなるんですか」とため息混じりに言われた。


 ………………どうやら、私の見当違いだったらしい。




 ★★★★★★★★




 その日の夜。

 寝る前に日記を書こうとしていると、ノックの音が聞こえてきた。


 イザベラに対応させると、「お客様がいらっしゃいました」と言われ。

 誰かなと思って出てみると、入り口にはステラがいた。

 彼女は申し訳なさそうな顔を浮かべている。


 「夜遅くにすみません。ルーシー様にお借りしたものを返し忘れていたので、お返ししにまいりました」


 ああー、そういやステラにボールペンを貸したっけ。


 「わざわざありがとう」


 ステラからボールペンを受け取る。

 結構使っていたペンだったが、新品のように綺麗だった。

 もしかしたらステラが申し訳ないと思って、ペンを磨いてくれたのかもしれない。

 

 本当にいい子よね。

 あの子が主人公なんかじゃなかったら、絶対に仲良くするのに。


 「本当にお返しするのが遅くなってすみません」

 「いえ、私も忘れていたし、大丈夫ですよ。気にしないでください」

 「ありがとうございます。それではルーシー様、おやすみなさい」

 「おやすみなさい」


 挨拶を交わすと、ステラは自室に戻っていった。

 私も日記を書こうと机に戻ろうとした時、彼女の行動が気になった。

 なぜか、イザベラは外に行こうとしていたのだ。


 「イザベラ、どっか行くの?」

 「はい。ちょっと買い物に」

 「もう夜なのに?」

 「…………はい。朝の食事に必要なものを買い忘れていまして」


 イザベラには家事全般をやってもらっており、私の食事も作ってもらっている。毎日、1人で全部やっていた。

 しかも、美味しいものを作ってくれる。正直昼食もイザベラに作ってもらおうかと考えるほど、彼女の料理は美味しい。


 だけど、別にいいのに。

 食料がないなら、明日の朝食は食堂にでもいくのに。


 と思ったが、私は察した。

 もしかしたら、イザベラには近所に思いの人でもできたのかもしれない。

 それで、買い物を言い訳に会いに行こうとしているのかもしれない。

 それなら、邪魔しないであげよう。


 「そっか。じゃあ、気をつけて。いってらっしゃい」

 「はい。行ってまいります」


 イザベラを見送ると、机に戻り、日記を書き始める。

 せっかくなので、ステラに貸したピカピカのペンを使った。

 いつもと持ち心地が違ったけど、たぶん気のせい。


 そうして、日記を書いて、読書をしていると。

 イザベラは1時間ほどして帰ってきた。

 「会えた?」と聞くと、イザベラはキョトンとするだけ。

 何を言っているんですか、そこは買えたじゃないですか、と言われた。


 ………………どうやら、私の見当違いだったらしい。



 

 ★★★★★★★★




 ルーシーが選択授業を受けている頃。

 研究棟2階の端の研究室には彼がいた。


 アースはいつになく真顔で、鍋を片手で握っていた。

 鍋の中には不透明な液体、木の実、そして、葉っぱが入っている。

 

 アースの前に机はあるが、ガスコンロや火を起こす魔道具はない。もう片方の手がガスコンロ代わりとなっていた。

 アースは火魔法と風魔法を器用に使い、鍋の底を温める。


 「イヤな予感がするなー」

 

 彼は鍋でふつふつと煮る液体を見つめながら、気だるそうに呟いた。


 「アース様がそんなこと言うなんて珍しいっすね?」

 

 そんなアースの呟きに、向かいのサングラスの男は答える。


 「えー? そー?」

 「はい。今まで数えるぐらしか聞いたことがないっすよ」

 「そうかなー?」


 男は書類を書きながらも、頷いた。


 「そうすっよ。最近だと、6年前の転送作戦の時ですかね、俺が聞いたのは。

 あの時は珍しく、アース様が作戦前に『イヤな予感がするなー。あのババアが何かすんのかなー。ちょっと心配だなー。』とかぼやいていたんで、俺はマジで心配になりましたよ。まぁ結局、作戦は失敗したんですけど」


 「あー、あの時かぁ。あれは五分五分の作戦だったからねー。成功するか、失敗するか、あまり見えなかったんだよね」


 「アース様にそんなことがあるなんて本当に珍しいっすね」とサングラス男はフッと笑う。


 「リアムー、僕だってそいうことはあるのさ。災害とかは散々当ててきた僕だけど、彼女たちの未来をちゃんと見えないんだよー」

 「彼女たちというのは……ルーシーさん、でしたっけ?」

 「ん? あ、そーそー」


 アースは近くに置いていた2つの小さな小瓶に、鍋で似た液体を注ぐ。

 その液体は毒々しい紫の色をしていた。


 「僕は地上に降りてきたティファニーババアの動きは分かるのに、彼女たちの動きはあやふや。彼女たちが集まっていたら、なおさら見えずらい」


 「…………神様をババア呼ばわりしたら、罰が当たるっすよ」

 「まぁ、そこが面白くて、僕は関わってんだけどさー。でも、なんだか、最近無性にイヤな予感がするんだよねー」

 「罰あったっても、俺は知りませんよ」


 忠告していたサングラス男、リアムだが。

 彼はペンを止め、「え? ていうか、女神様下界に降りてくることあるんすか?」と思わず尋ねる。


 「あるよー。最近はずっと降りてるー」

 

 答えながらも、アースは集中して、小瓶に液体を入れていた。

 リアムは女神様の意外な事実に感嘆の声を漏らす。


 「へぇ、女神様がこの下界に…………ところで、アース様」  

 「なんだいー、リアム」

 「さっきから何を作ってるんすか? 変な臭いが充満しているんすけど」

 「えー、これはねー………」


 アースは小瓶に蓋をし、『ちょっとヤバいもの』というラベルを張る。

 そして、完成と言わんばかりの顔で、サングラス男にそれを見せた。


 「ちょっと僕ら・・に必要なものさー」


 そう言って、アースはニヤリと笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る