48 選択授業

 「姉さんと離れるなんて………僕、嫌だ」


 まるで、一生の別れかのように、キーランはそう言った。


 「………大げさね、キーラン。離れるってたって、ほんの少しじゃない」

 「いや、僕にとって、ほんの少しなんかじゃない。姉さんにとってはたったの1限かもしれないけど、僕にとっては数年のように感じるんだよ」

 「って言われてもね………」


 そう。

 今日は選択授業があり、私たちは別々の授業を受けることになっていた。

 「ルーシーと同じのがいい!」なんてふざけたことを言うもんだから、ちゃんと自分で選びなさいと言ってやった。


 私と違って、彼らにはちゃんとそれぞれの道がある。

 その道を歩むために、自分でちゃんと決めてほしいと思っていた。

 今の自分に必要な授業を選んでほしい、と。

 

 私がそう強く主張すると、カイルたちは渋々納得し、授業を選択した。

 「本当はルーシーと同じ授業を受けたかった」と4人とも同じことをこぼしてたが。


 因みに、カイルたち4人は同じ授業を選択していた。


 「大げさです、キーラン。みんなから注目あびてますよ」

 「でも、リリー?! この前! あんなことが! あったばかりなのに! 姉さんに危険があったら………」

 「学園内で命の危険にさらされることはありません。たった1限なんだから、我慢しなさい」

 「姉さん!」

 

 命の危険はない。

 ………………うん、たぶん。

 私の意思を揺るがす、隣のその人を見る。


 「そーそー、僕は研究室にいるしー。この前みたいなことはならないよー」


 彼、アースは呑気に答えた。


 「…………僕は! 何をし始めるか分からないあなたが姉さんについて行こうとしているから、離れたくないんです!」

 「えー、別にルーシーについて行こうとしているわけじゃないしー。途中まで道が一緒だしー」


 「途中まで一緒なんて……嘘をつかないでください、アース様。姉さんについて行ったら、最短ルートで研究室にはいけないでしょう」

 「たまには寄り道したいときもあるのさー」


 睨むキーラン。わざと煽るアース。

 今日はどうやらキーランとアースの組み合わせが最悪らしい。

 きっとアースはキーランの反応を見て楽しんでいるんだろうけど。


 キーランは私の腕を掴んで離そうとはしなかったが、カイルが引きはがしてくれた。


 「ほら、キーラン行くよ」

 「でも!」

 「私もあの人が嫌ですけど、今日は仕方がありません。護衛をお任せいたしましょう」

 「あの人に護衛っ!?」

 「…………ああ、仕方がない。授業に遅れる」

 「……」


 「…………授業が始まるわ。じゃあまた後でね」

 「姉さん!」


 そうして、キーランたちと別れ。

 私はアースとともに、目的の教室に向かう。

 「授業はいいの?」と尋ねると、彼は。


 『じゅぎょー? 今日はパスー』


 と言って、研究棟の方に行ってしまった。

 本当に自由人である。


 まぁ、彼はどうやら出席日数とか関係ないようなので、私は何も言わない。

 アースと別れると、1人で教室へと向かった。


 私の選択した授業は『神話学入門』。

 ミュトスのことをさらに探るため、まず神話についてちゃんと勉強することから始めることにした。


 教室に入ると、ちらほらと生徒が集まっていた。

 ……前はそれなりに埋っているみたいだし、後ろの方に座るとしますか。


 出席確認の紙がある机に行き、自分の名前の所にチェックを入れた。

 そして、後ろの席を確保し、授業の準備をしていると。


 「ごきげんよう、ルーシー様」

 「ごきげんよ――」


 と顔を上げると、そこにいたのは1人の女の子。

 ステラだった。


 「あ、どうもステラさん………ステラさんもこの授業を選択したんですか?」

 「はい。神話学に少々興味がありまして」

 

 ステラが神話学に興味があったとは。

 ゲームではちらっとしか出ていなかったけど、彼女が選択したのは神話学ではなかったはず。


 ………………私が転生しているんだし、少し違うこともあるか。

 それに、ステラ、聖女様だもんね。


 神話学に興味を持っても、ちっともおかしくないね。

 と1人、私は納得する。


 「ライアン様もお誘いしたのですが、神話学にお詳しいようでして」

 「そう、なの」


 初耳。

 ライアンが神話学に詳しいなんて、聞いたことがない。

 いや、どうでもいいか。

 私にはライアンのことなんて関係ないし。


 てか、そんな報告いらないわ、ステラちゃん。


 「それで、私、1人ぼっちかなと思っていたんですけど、ルーシー様がいらっしゃったので、少しほっとしてます」


 なんだ、それを言いたかったの。


 「それは、よかったわ」

 「隣、失礼してもよろしいですか?」

 「え? ああ……ええ、大丈夫よ」

 「それでは失礼します」


 ステラはニコニコ笑顔で、私の右隣で座る。

 彼女はどうやら上機嫌なようだ。


 正直、私は嫌なんだけど。

 できれば、関わらないようにしたかった。


 もし私が善意でやったことが、ステラがいじめられたと勘違いされて。

 あとになって、「いじめられてたんです」とか言われたら、たまったもんじゃない。


 ステラに「いじめらた」と言えば、きっとライアンも黙ってない。きっとすぐにでも婚約破棄を言ってくるはず。


 「どうかされました?」

 「………………いや、授業の準備しないのかなと思いまして」

 「あ、そうでした。ありがとうございます」

 「いえいえ」


 ルンルン気分で、ノートを開くステラさん。


 ………………ま。


 授業の時ぐらいいいか。

 このいい子ちゃんが根拠もないのに、そんな勘違いをするとは思えないし。

 大丈夫だろう。


 すると、隣からハッと息を飲む音が聞こえた。


 「………ステラさん、どうかしましたか?」

 「え? あ、いえ……ちょっと教室に筆箱を忘れたみたいで」

 

 『今から取りに行ってきますか? 席は確保しておくんで』と提案しようとしたが。

 前の時計を見ると、授業開始1分前だった。


 「……私のをお貸ししましょうか?」

 「え! いいんですか!?」


 食い気味に、そう言ってくるステラ。

 彼女の顔はなお一層輝いた。


 「いいですよ、ええと………これでいいですか?」

 「はい、ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

 

 私は筆箱の中から、一本のボールペンを取り出し、ステラに渡す。


 …………この世界にはボールペンは存在するらしい。

 さすがこの世界の原作がゲームなだけある。

 でも、歴史はあるようで、数百年前に誕生したのだとか。


 ボールペン、まさかの私より何倍も年上。


 因みに、現代になじみあるものがちらほらとある。

 それもゲームが元となって世界が作られているからに違いない。


 ………………まぁ、少しちょっと羽ペンに憧れたけど。

 羽ペンは羽ペンで存在するだが、インクをいちいちつけないといけず、面倒。

 ボールペンの方がなんだかんだ便利なので、私は羽ペンは1つも持っていない。


 「はいはい、授業始めますよー。みなさん、席について」


 中年の男性が教室に入るなり、そう言ってきた。

 きっと彼が今回の授業の先生なのだろう。

 

 そうして、始まった神話学の授業は例の伝説の話から入った。

 ムーンセイバー王国とアストレア王国はかつて1つの国だった頃、魔王が生まれた。

 その魔王は世界を支配するため、魔物を生み出し、悪魔なども誕生させた。


 そんな中、救世主のごとく誕生したのが1人の勇者。そして、彼に続くよう星の聖女も誕生。


 こっからはちょっと面倒なので、話を飛ばして。

 勇者たち一行は厳しい戦いの末、魔王を倒した。

 その後、勇者と聖女は結ばれた。


 そして、その勇者と聖女の子孫がムーンセイバー王族とアストレア王族であること。


 という風に伝説を介して、ムーンセイバー王国がどう誕生したのかを先生は説明していく。


 が、いつの間にか、聖女の話になっていた。


 定期的に聖女は誕生していること。

 星の聖女、太陽の聖女、月の聖女が存在すること。

 そのどの聖女も光魔法・治癒魔法に特化していること。


 星の聖女は伝説にあるように勇者とともに魔王と戦ったこと。  

 その際、傷ついた者を多く救ったこと。

 太陽の聖女は東の島国にしか誕生しないこと。


 月の聖女は、ムーンセイバー王国のみに誕生するが、しばらくは誕生していないこと。


 そう言った話を先生が分かりやすく説明していく。


 「す、すみません」

 

 先生の話を夢中になって聞いていると、突然隣から声を掛けられた。

 いや、ステラではない。

 見知らぬ少女が私に小声で話しかけてきた。


 「あ、あの……隣、い、いいですか?」

 「あ、はい。構いませんよ」


 遅刻してやってきたその少女。

 彼女は息を切らしながらも、私の左隣に座った。

 私は普通に答えることができたが、正直彼女の姿に少し驚いてしまった。


 彼女の緑色のショートの髪にもあまりの美しさで驚いたが、それ以上に驚いたことが。

 その少女はなんと黒い布で両目を覆っていた。

 なぜか目隠しをしていたのだ。


 はて、目が見えない……だろうか?


 でも、たぶん走ってきたよね?

 息を切らしていたし。

 この世界には点字ブロックなんてものはないけど、目が見えない状態に慣れてるんだろうか?


 それとも、最強の先生みたいに、実際は目隠しの下から見えているんだろうか? 

 「わたし、最強だから」とか言っちゃうんだろうか?


 少女が気になるあまり、とたんに授業に集中できず、ノートを取っていた手は止まる。


 はて、同年にこんな子いたかな? 

 もしかして、先輩?

 選択授業だし、先輩がいてもおかしくないものね。


 私はちらりと彼女を見る。

 授業中はノートを取ることもなく。

 ただただじっとしていた。


 ………………ちょっと怖かった。


 が、彼女が動く瞬間はあった。

 授業終盤に手を上げたのだ。


 「はい、そこの君」

 

 当てられると、その目隠し少女は立ち上がる。


 「……先生に1つ質問がありまして、構いませんか?」

 「ほう、質問。言ってみなさい」

 「………黒月の魔女については、先生はどうお考えですか?」


 その瞬間、教室がざわつく。


 ――――この子、いきなり何を聞いているの。


 その名前はあまり話題に出してはならない。

 この世界では当たり前だった。


 黒月の魔女――――それは現魔王に使える最悪の魔女。


 彼女は100年前の戦いで、多くの人を殺し、各国を脅かした。

 当時の勇者たちのおかげで彼女を弱らすところまでいったが、捕らえることなく、逃げられた。


 現在も生存しているとされ、彼女は魔王復活を目論んでいると考えられている。

 

 もちろん、ゲームでは彼女の紹介はある。

 しかし、軽く触れられた程度。

 声はおろか、キャラデザもされていなかった。


 でも、ゲーム内でも現世でも扱いは一緒。

 彼女は名前を言っちゃあダメなあの人みたいな存在。

 前世の私は彼女を「女版ヴォ〇デモート」って言ってたけ。


 ちなみに、魔王は聖女と同じように定期的に誕生している。

 が、現在の魔王は封印されているところ。

 どうやら強すぎて、倒すことができなかったらしい。


 とまぁ、話は逸れたけど。

 黒月の魔女を簡単に言えば、悪い魔女。

 名前を言ったらOUTな人。


 そんな彼女の名前を、隣の少女が言った。

 衝撃の質問に、先生はあっけにとられている。


 「私が……どう考えているか?」

 「はい。先生のご意見をお伺いしたくて」

 「…………」

 「……聖女も勇者も誕生していない現在、もし彼女が現れたら、どうするかなど、先生の意見はありませんか?」

 「もし、現れたら………………」


 先生が答えようとしたその瞬間。

 鐘が鳴り響いた。授業終了のチャイムだ。


 「今日はここまで……今日学習したところは復習するように」

 

 そうして、選択授業は終わった。

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