27 飛び込んじゃえ!

 「俺の妹があなたを探していたんだ。ちょっと時間をくれないか?」


 ゆっくりと近づいてい来る茶髪の少年。

 私よりも少し高い身長の彼は、優しい・・・・笑みを浮かべていた。


 なんでここに彼がいるの…………?

 リリーは確か兄のビリーとは仲があまりよくなかった。

 でも、その兄は私の目の前にいる。

 しかも、『俺の妹』なんて言ってる。


 誰のことを言っているのかははっきりしていること。

 彼の妹は1人しかいない————リリーだ。

 

 「ルーシーさまぁ~~! お待ちを~~!」


 背後からはそんな彼女の声が聞こえてくる。

 まずい。

 早く逃げないと。

 焦りの感情に飲まれそうになるが、落ち着いて状況を見る。

 

 今は前も後ろも塞がれている。逃げ場所はない。

 前に行ってもいいが、捕まる可能性が高い。

 いや、絶対に捕まる。


 うる覚えだが、性格に難があったビリーだが運動神経はとてつもなくよかった。だから、前に行くのもダメ。

 かといって、後ろにいったら、リリーに事情を聞かれる。完全にアウト。


 だから、逃げ道はない。

 ええ、ない。

 ない……………………でも、本当に?


 ふと横を見る。

 横は水路。

 幸い下水道ではなく、綺麗で澄んだ水が流れている。

 

 深さはまぁまぁある。

 が、あった方がいいのかもしれない。

 私はビリーの方に向けていた足先を横へと向ける。

 

 「おい、お前どこに————」


 前世のことがあって、少し怖いけれど……………………ええい! 飛び込んじゃえっ!


 私は水路へと身を投げ出す。

 もしかしたら、リリーが魔法を使って、私を助けようとするかもしれない。

 でも、きっと大丈夫。

 助けなんて必要ない。


 『龍になって!』


 私の声は出ない。

 だから、そっと願う。


 『ミュトス!』


 私の胸に隠れていたそいつに。




 ★★★★★★★★




 ————次の日。 

 朝、起きると、私はいつものように準備をしていた。イザベラはとっくのとうに起きており、私の髪をまとめてくれている。


 「さすがに今日はやめませんか? 昨日は無理をされているようでしたし…………」


 ちらりと背後を見ると、彼女は心配そうな表情を浮かべていた。

 だが、イザベラの提案に、私は横に首を振る。


 昨日、水路に落ちた私は、龍に変化したミュトスのおかげで、リリーたちから逃げることができた。

 賢いミュトスは私の気持ちを察し、水路を通ってラザフォード家の門前まで連れて行ってくれたのだ。


 まったく優秀な子。あー、本当に池から連れて帰ってよかった。

 

 そうして、びしょ濡れとなった私だが、なんとかリリーからもリリー兄からも逃げることができた。

 リリーには申し訳ないことしちゃったけれど、後でちゃんと説明するから……だから、どうか今は私に構わないでほしい。


 と願っても、あの子のこと。

 きっと今日は多分地下通路にいる。

 きっと通路の真ん中に立ちはだかって、私を待っているだろう。


 もし、リリーに捕まりでもしたら、


 『ルーシー様! 何があったんですか!? どうか私に教えてください!』


 って絶対言ってくる。

 優しい彼女のことだから、一緒になって店を探してくれることだろう。


 でも、こっちとしては巻き込みたくはない。

 

 それにしても、リリーってあんな感じだったけ?

 ゲームのリリーとは雰囲気が随分と違うように思えてきたのだけれど。

 ルーシーがいじめていないから、今のリリーになっているのかしら。


 「それで、ルーシー様。話は変わるのですが…………」

 『?』

 「その髪色は一体どういうことですか?」


 え? 髪色?

 私は首を傾げる。


 何かいけなかっただろうか?

 

 ————————この私の髪が。


 「いえ、赤色は逆に目立つかなと思いまして」

 

 まぁ、確かに前世であれば確実に目立つでしょうね。

 でも、ここ数日街で見かけた感じ、赤髪の人間はちらほらいた。前世の街よりもずっと多くの人数が赤髪だった。


 逆に、銀髪は誰1人として見かけなかったけど。


 だから、赤に染めちゃえば、街にもっと馴染めて、なおかつ先日のように知り合いに声を掛けられることもなくなる。

 

 私はイザベラに大丈夫と、グッドサインを送る。

 すると、彼女はため息をつきながらも、「分かりました」と言ってくれた。

 ぶっちゃけ、銀髪よりかはマシでしょ。


 そうして、準備ができると立ち上がり、ボロコートを着た。


 「ルーシー様、一体どちらへ?」

 

 私は真っすぐにそちらに指をさす。

 指先の直線上には窓。


 「まさか、そこから…………」

 

 コクリと頷く。

 きっと地下にはリリーがいる。

 地下通路から行ったら、楽のなのは分かっているが、今地下通路を使えば、彼女と鉢合わせになってしまう。


 だから、今日はこの窓から、街に行く。

 …………まぁ、本当はこんな面倒なことはしたくないのだけれどね。


 「でも、ルーシー様。ここは2階ですよ。隣の部屋はキーラン様のお部屋ですし、見られでもしたら………」

 『それに関しては大丈夫でしょ。まだ、キーランは寝ていると思うわ』


 その文を書いたノートを見せると、イザベラは顔をしかめたが、


 「では、ルーシー様、くれぐれもお気を付けて」


 と答えてくれた。


 私は窓の外に出ると、出っ張り部分に足を乗せ、地面を見る。下は丁度芝生が広がっていた。

 意外と高さがある…………まぁ、このくらいならなんとかなるか。

 覚悟を決め、大ジャンプ。


 足をくじくことなく、着地することができた。


 さぁ、今日こそは店を見つけないと。

 お母様たちが帰ってきてしまう。


 庭を駆け抜け、街へと私は走り出す。

 

 しかし、その日も店は見つからなかった。




 ★★★★★★★★




 目的の店を探し始めて5日目。

 その日の街は今まで以上に人で溢れかえっていた。

 だが、目的の店の姿はない。


 一体、あの店はどこにあるのやら。

 もしかして、この街ではもう販売はやっていない?

 いや、そんなはずは…………。


 「ルーシー?」


 背後から聞こえたその声。

 人込みで多くの声が飛び交っていたが、はっきりと名前を呼ばれたのは分かった。

 声の主はリリーではない。だが、私が知っている人物。


 ————なんで私のことが分かったの? 今の私は赤髪なんだよ?


 ゆっくりと振り向く。

 そこにはカイルが1人立っていた。

 

 ————————なんで彼がここにいるの?

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