12 暑いから
春が過ぎ、夏。
できるだけ、日向にはいたくないこの時期に、ルーシーは湖に来ていた。
水着に着替え、帽子を着用。遊ぶ準備は満タンだった。
しかし、ルーシーは1人で湖に来たわけではない。
では、どういうメンツか。
それは彼らに決まっている。
ルーシー、カイル、キーランの3人である。
「ルーシー。日陰にシート敷いて寝転がる? 僕が膝枕しようか?」
「姉さん、僕が椅子になるよ。さぁ、座って」
奇妙なことをし始める2人。
そんな2人に、ルーシーは思わずため息をつく。
なぜ、この3人で湖に来ているのか。
事の発端はルーシーの一言からだった。
★★★★★★★★
「なんだか、最近暑くなってきたわね」
その日もルーシーは本を読んでいた。
意外にも魔法の勉強が楽しくなり、夢中になって本を読んでいたのだ。
まぁ、たまに夜更かしすることもあったが。
しかし、今日はかなり読むスピードが落ちていた。
それは彼女が呟いたように暑さのせい。
窓を全開にして、風が入ってきているにも関わらず暑くてたまらなかった。
「暑い? 氷を作って、部屋を冷やそうか?」
正面の席に座っているカイルがそんな提案をしてきた。
ちなみにキーランは家庭教師とお勉強中。
ルーシーはカイルと2人きりであった。
毎日ラザフォード家にやってくるカイル。
ラザフォード家において、そのことが日常化しつつあった。
使用人たちはカイルがいても、疑問を抱くことはなく。
逆に両親たちはカイルがいないと、「カイル君は今日は来ていないのかね」と尋ねてきているしまいだった。
「氷ねぇ……それでこの部屋は涼しくなる?」
「なると思うよ」
「じゃあ、やって」
ルーシーが頼むと、カイルは魔法を唱えた。
が、しかし。
「だ、誰がこの部屋を凍らせて、って言った?」
机に、本棚、天井に床。
部屋の全てが氷におおわれていた。
確かにこれであれば涼しいけど……………………。
「え? これじゃあ、ダメ?」
「ダメに決まっているでしょう? ああ……本まで凍っちゃったじゃない。さぁ、早く元に戻して」
ルーシーにそう言われると、カイルは氷魔法を解く。
その瞬間、氷が小さく粉のように割れて、ひんやりとした。
しかし、時間が経つと、すぐに暑さが戻ってきた。
「それなら、今度2人でおでかけしてみない?」
「え。こんなに暑いのに、外に行くっていうの? 暑くなる一方じゃない」
「暑いからこそだよ。海に行くのはどう?」
「……………………近くに海なんてあった?」
「あー」
そう。
ラザフォード家の屋敷近くには海はない。
国の東にでもいけば海があるだろうが、ラザフォード家のある西には湖ぐらいしかなかった。
うーんと唸るカイル。
彼は海にどうしても行きたい、さらにはルーシーとデート的なことをしたいと考えていた。
そのため、必死に頭を動かしていたのだが、窓からひょこっと頭が現れ、彼が顔を出してきた。
「カイル、何勝手に姉さんとデートしようとしているんですか。姉さんにはライアン殿下という婚約者がいるんですよ」
「別にデートじゃないよ。ただお出かけをするのさ」
窓から顔を出してきたのはキーラン。
彼は家庭教師と勉強をしているはずだが、彼はそこにいた。
「キーラン、あなたなぜこんなところにいるのよ」
「そんなことはどうでもいいんですよ、姉さん。とにかく姉さん、この人と2人でデートとかおでかけとか勝手に約束しないでくださいね。僕も一緒に行きますからね、海」
「別に来てもいいけれど……………………場所に困っているのよ」
「なら、別荘を使えばいいわ」
「え?」
そんな提案が聞こえてきたのは入り口に立つ女性。
それはルーシーの母だった。
なぜか彼女がそこに立っていたのだ。
「海の近くではないのだけれど、湖の近くにならラザフォード家の別荘があるわ」
「…………お母様、いいのですか?」
すると、ルーシー母はフフフと笑みを漏らした。
「あなた、最近随分と大人しいし、熱心に勉強に励んでいるようじゃない。たまには休憩するといいわ」
★★★★★★★★
というわけで、ルーシーたちは湖の近くのラザフォード家の別荘にきていた。
近くにある湖だが、珍しく浜辺があるもの。
ルーシーたちはそこで遊ぶことにした。
そして、冒頭のようなことになっていたのだが。
「全くあなたたちは…………変なことを言わないでちょうだい」
「僕は別に変なことなんて言っていないよ。ルーシーが楽しめるようにしたかっただけで…………ところで、ルーシーこの浮き輪使う?」
「姉さん、こっちの浮き輪の方が大きくて座り心地いいよ」
「……………………浮き輪は使わないわ。あなたたちで使って」
ルーシーは2人の誘いを断り、侍女イザベラに帽子を預け、足を水につける。
その瞬間、彼女に笑みがこぼれた。
島国日本に住んでいた前世では海など簡単に来ることができた。
しかし、この世界では海へ行くには距離があり、すぐに行くことなどできなかった。
だから、海が少し、少しだけ恋しかったのだ。
―――――――まぁ、そこは海ではなく湖なのだが。
ルーシーは波が少し来る場所に座りこみ、波を楽しむ。
そこからの景色は最高だった。
一方、ルーシーにふられた男子2人はというと――――当然ルーシーに見とれていた。
今という時間は、ルーシー推しの彼らにとって最高の時間。
前世では絶対に見られない推しの水着姿は、いくら感謝しても足らないと思うほどだ。
しかし、カイルは見ているだけでは収まらないず、ルーシーのところに駆け寄る。
そして、パシャリと水をかけた。
「な、なにするの!?」
「ルーシーに少しいじわるをしようと思って」
「あんた………やったわね」
前世では目の前に30歳というものが見えていたルーシー。
そのため、子どもの頃のように無邪気に遊ぶ元気などなかったが、カイルに水をかけられて、スイッチが入った。
「この私を敵にするなんて、後悔するわよ」
「望むところだ」
「僕も入れて! 姉さん!」
結局2人と無邪気に水の掛け合いっこをするルーシー。
彼女は生き生きとして、全力で楽しんでいた。
そして、3人で遊んでいると、湖の底からゴォーという音が聞こえてきた。
ルーシーたちはふと手を止める。
すると、湖中央の水が浮きあがり、そいつが姿を現した。
「あれは……?」
大きな体と長い首を持つ空色の首長竜。
そいつが出てきたためか、波が大きくなり、体が流されそうになる。
カイルが氷で支えを作ってくれたおかげで、なんとか流されずにすんだ。
「ねぇ、あれってさ」
「ええ、そうですよ……あれですよ」
そいつが何か分かったカイルとキーラン。
2人は顔を見合わせると、小さくうなずいた。
ルーシーはというと、何か全く検討がつかず首を傾げる。
「ねぇ? あれって何?」
「「シューニャ」」
「何それ?」
「……姉さん、聞いたことがない? 海に住む怪物だよ」
「あれ、人を食べる時があるんだよ。魔法を使うし、めちゃくちゃ危ない」
そう。
ルーシーたちの前世ではネッシーと呼ばれそうなそいつはこの世界では凶暴なことで有名だった。
「シューニャは海に住んでいるだが、なんで湖にいるんだ?」
「今はそんなことどうでもいいですよ。早く逃げないと」
ネッシーみたいな動物……かわいい、とルーシーはふと思う。恐怖など一切感じていない。
一方、カイルとキーランはのことを知っていたため、すぐに逃げ出していた。
しかし、好奇心が大きくなるルーシーは逃げださない。
むしろ近寄っていた。
「ルーシー! 早く逃げて!」
「姉さん、そいつは危ないよ!」
「ルーシー様!」
2人だけでなく、離れたところに待機していたイザベラも叫んでいた。
しかし、ルーシーは反応しない。
シューニャという初めて見た生き物に囚われていた。
シューニャの方も攻撃などすることなく、ルーシーの方へ寄っていく。
そして、その首長竜はルーシーのところに顔を近づけた。
「あなた、随分と大きいのね」
「ビィー」
「それに綺麗な空色」
普通の人は危険だ、怪物だと言われたものに近づこうとはしない。ぜっーたいにしない。
しようとしても、もしもの時のために備えてから実行するだろう。
まぁ、もうその時点でルーシーはすでにおかしいのだが、彼女はさらにおかしなことを考えていた。
コイツを持って帰りたい、と考えていた。
「…………ねぇ、小さくなれたりしない? しないかぁ」
ルーシーがそう呟くと、シューニャは突然光を放ち始めた。
かなり強い光で、彼女は思わず目を瞑る。
一時すると、光は収まり、それと同時にちゃぽんという何かが水に落ちる音が聞こえた。
ルーシーは恐る恐る目を開ける。
すると、そこには小さくなったシューニャ。
手のひらに収まるほどの小ささになっていた。
「本当に小さくなってくれるなんて……」
言ったことが本当になるなんて、誰もが信じられなかった。
まして、ルーシーは一番驚いていた。
何をしてもいくら努力を重ねても、自分の願いが叶わないのだから。
ルーシーがを両手で持ち上げると、そいつはピィーと鳴いた。
小さくなったシューニャは実にかわいく、前世では女子ウケしそうな見た目。
ルーシーはそのシューニャを抱え、避難していた3人の元へ駆け寄る。
「ルーシー様、早く、早く返してくださいませ……それは非常に危ない生き物で……」
怯えるイザベラがそう言うと、ルーシーは。
「この子、連れて帰る」
「「「え?!」」」
と答え、3人は驚きの声を上げる。
怪物といわれるものを連れて帰ろうとしているのだから、この反応は当然のことだろう。
しかし、ルーシーが抱えるシューニャは可愛いサイズに変身していた。
カイルは恐る恐るシューニャに近づく。
「…………これ、シューニャではないのか?」
「ピィー!」
シューニャはカイルの質問に答えるかのように鳴いた。
見た目はどう見ても、シューニャと言われるもの。鳴き声も同じだった。
しかし、どの本を読んでも、シューニャが姿を変えるという例はない。
それを知っていたカイルは怪し気にシューニャを見る。
そして、何なのか分からず危ないので、連れて帰るのはよそうと提案した。
だが、ルーシーは可愛いから持って帰るの一点張り。
「この子、かわいいし、私になついてくれそうだから連れて帰りたい」
と言って、ルーシーはやさしくシューニャを撫でる。優しい笑みをこぼしていた。
「…………あなたも私たちに攻撃することはないでしょ?」
問いかけられたシューニャは優しくピィーと鳴いた。
ルーシーが愛おしく思えた3人。
正体がよく判断できないそのシューニャの危険性など吹っ飛び、彼らは折れた。
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