落とし物と少年

金子ふみよ

第1話

 落とし物管理室のお話しです。日々店や公園や、その他いろいろな場所に落ちている物が届けられます。

 その日、一本の透明なビニル傘が届きました。管理人が手続きをし保管庫にしまいました。

「ど、どうも。はじめまして。お手柔らかにお願いします」

 新入りの傘は、管理人が去るとぎこちなく挨拶をしました。

「また傘か。この国は傘を貨幣にした方がいいんじゃないのか?」

 一番古株のランニングシューズがからかうように言いました。

「言うねえ。臭いくせして。とはいえ、シューズの言うこともあながちバカにはできないねえ」

 花柄の傘が言いました。他にもこうもり傘や小学生が使う小さい傘、頑丈そうな傘など黄色も黒も青も、それに柄模様があでやかなものも本当にたくさんありました。もちろん新入りと同じビニル傘はそれ以上に押し込まれていて、

「ここに至って誰も取りに来やしない。長い眠りだと思うことだな」

 すっかりふてくされてしまったように一本のビニル傘が言いました。

「はあ。先輩方がそう言うならきっと僕もここで寝て終わりなんでしょうね」

 新入りのビニル傘は乾いた笑いをしました。

「いいや、いいことを教えてやろう」

 ジャージの上着がしゃべりだしました。実に意気揚々としています。

「実はなここにいてしばらくすると管理人たちが外に運び出すんだ。段ボール何箱分もだから、きっとここじゃ手狭になって捨てられると思いきや、なんだかおてんとうさんの下で引き取り手を探す時があるってんだい。どうも安く買われるってらしいが、ここでおねんねしているよりかはましだ。おいらはその日を待ってんだ」

 ジャージは胸に袖を当てました。スポーツメーカーのデザインの刺繍があります。

「ジャージさんはきっともらってもらえますよ。その刺繍がありますもん」

 タオルがジャージに拗ねました。でも、新入り傘が良く見るとタオルにも刺繍があります。

「ああ、これかい。これはバッタモンだよ。よく見直してごらん。誰が好き好んであたいなんかをもらってくれるもんかい」

 タオルは本格的に拗ねてしまいました。

「でも、人ってのは変わってましてね、本物じゃないからこそ貴重だってんでそういうのを集めているのもいるらしいです」

 ジャージはタオルのご機嫌を取ろうと必死でした。

「それなら僕も聞いたことがあります。今はパソコンとかいうのがありまして、簡単にデザインとやらを自分好みにできるらしくて、そういうのが好きな人もいるってのは本当ですよ」

 新入りは先輩がこれ以上機嫌を損ねないようにジャージのフォローをしました。

「その通りだよ。簡単簡単」

 新入りが見上げると薄っぺらい板が偉そうにしていました。

「俺がそのパソコンさ。人間は俺たちがないと今の生活ができなくなってんだ」

 パソコンは胸を反らしました。

「僕の知ってるのはもっとごつごつとした箱のようだったよ?」

 新入り傘が首を傾げると、

「タブレットってんだ。お前の知ってるのはずいぶん古いんじゃないか?」

 パソコンはまだまだ偉そうでした。

「人が必要だって割りにはお前さん何でここにいるんだ?」

 タオルが不思議そうに聞きました。するとパソコンは居心地悪そうに、

「そりゃ、なんだ。新しい小型のを買った……ええい、俺の話しはいいんだよ。新入りがどうなるかって話だ」

 ぜんぜんそういう話しではなかったのに、パソコンははぐらかしました。

「ジャージさんが言うようにもらってくれる日が来るのかな」

 新入りが心配そうに言うと、

「お前よりも私らの方が先だろうがね」

 先輩のビニル傘がため息をつきました。


 その日の夕方です。

 管理人が実に困った顔で保管庫に入ってきました。

「いや、そうは言ってもな。犬、猫だって前例がないんだぞ」

 管理人は頭を掻きました。耳にスマホを当て話していました。

「ちょっと、だからそれは」

 管理人はスマホを耳から離すと制服のポケットにしまいました。

「お偉さんは言っときゃいいけど、現場はそれですまないってのが分かんないのかね」

 間もなく保管庫のドアがもう一度開き、警察官と一人の少年が入ってきました。

「ではよろしく頼むよ」

 警察官は言ったきり管理人の返事も聞かず保管庫から出て行きました。少年は一度深く頭を下げました。

「困ったなあ」

 管理人は頭をやはり掻きながら、保管庫の隅に置かれた踏み台を持ってきました。

「これにでも座る?」

 管理人は恐る恐る少年に言いました。少年は一つうなずいて踏み台に座りました。

「やっぱりさ、どっか別の施設にでも……なんだったら連絡取ってあげるし」

 管理人は慌てて早口になっていました。少年は横に首を振りました。

「いいんです。僕も落とし物ですから」

 少年が小さく静かな、それでいてはっきりとした声で答えると、管理人はいそいそと保管庫を無言で出て行きました。

 管理人が出て行くと、少年は一冊の本を棚に向けました。

「どうぞ、みなさん。よろしくお願いします」

 その本は『落とし物の日々』という童話で、落とし物たちが保管庫の中で楽しく過ごす、そういう話しでした。

「僕はもうお父さんに殴られるのも、お母さんの愚痴のはけ口になるのも嫌なんだ。 だから僕はここに来ました」

 古株たちは何も言えませんでした。ただ、新入りのビニル傘だけが少年に言いました。

「いらっしゃい。ここにいると君を必要とする人に引き取ってもらえる機会があるそうですよ」

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落とし物と少年 金子ふみよ @fmy-knk_03_21

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