野生の脅威 1
カーテンの隙間から差し込む日差しで目を覚ました。椿が起きないようにゆっくりと外の空気を吸いに出た。
「森だけあってやっぱ空気がおいしい気がするなぁ」
「おやおや、美春ちゃんは目覚めが早いねぇ」
すでに起きていた赤城がやってきた。服も着替えており美春よりかなり早く起きていたことがわかる。
「なれない場所のせいかな」
「そういうのあるよねぇ~。まっ、私はどこでも寝られるけどね。椿ちゃんはまだ爆睡中かな」
「うん。夕ご飯食べ過ぎてしばらく眠れなかったから中々起きないと思うよ」
「椿ちゃんらしいね。そうだ、今日は新しい稽古があるから昼過ぎにに手伝ってよ」
「いいけど、どんな稽古?」
「それはその時になってからのお楽しみ。椿ちゃんもできるから今日は二人でやってみなよ」
午前は道場で里の新人と稽古をし、昼食を済ませ二人で里を巡った後、美春は稽古着へ、椿はジャージに着替えて指定された場所へと向かった。森には少し開けた場所がありそこに赤城が先に到着していた。
「あれ、晴海ちゃんは来てないの?」
「いやいやぁ~、誘ったんだけど勘がするどくて昨日と同じ稽古に行っちゃったんだよねぇ」
「勘が鋭い?」
まぁまぁとごましつつ赤城が提案した稽古とは、今夜の食事で使う山菜をかごいっぱいに集めるというものだった。しかも時間制限付き。
付近で猟銃や刃物をもった里の人間が熊を狩るために動き出すまでの1時間で山菜を取らなければならなかった。おおよそ赤城が頼まれていた仕事を自分らに振ってきたのだろうと理解したが、大量にある草から特定のものを探す観察眼は実際必要な技術であり、対複数との稽古ではその観察眼による優先順位のつけ方で勝敗が決まる。
しぶしぶではあるが山菜を探すことにした。
意外にも椿はやる気であり、その原動力は夜食の熊鍋であることは二人の目からも明らかだった。
「うへぇ~、見つからないよ~」
「もしかしてこの辺って刈りつくされてるんじゃない? 草を刈ったあとが結構あるけど」
「先週採取したみたいでね。別の場所もあるんだけど一か所ずつ採取しないと成長するまで待たなきゃいけないからさ。とりあえずがんばってよ。私は近隣に熊がいないかチェックしてくるから。熊がもしこっちに来たらすぐに逃げなよ」
そういうと軽々と木の上まで跳躍し森の奥へと進んでいった。
里の人間が罠などを駆使せず熊や猪を狩れるのはこういった身軽な身体操作と木の上に簡単に上がれるからだ。森に生息する動物で瞬時に木の上に上がれるようなものはいないため、見つければ一方的に上から猟銃を撃ちこむか刃物を射出する独自の武器で簡単に制圧することができる。
「銃なんて撃ったら肉が臭くなったりしないのかな」
「あるんじゃない。一応、頭を狙って絶滅させるみたい。匂いもあるけどなるべく痛くないようにするんだって」
「普段肉食べるけど改めて聞くとなんだか可哀そうになってくるよ」
「まぁ、仕方ないよ。熊や猪が増えたらそれこそ人間が住めなくなっちゃう。向こうは言葉が通じないし、こっちの生活圏に来たら倒さなくちゃ」
「そういうものかなぁ」
戦いにより近い稽古をしていた美春と一般的な日常生活を送る椿では、動物の死ということにおいても微妙に認識のずれがあった。いざとなれば切るという精神を持つ美春はやられるくらいならやらなければならないが、常人ならば相手側の命を考えてしまうのも仕方がない。
「あ! ここにいっぱいあるよ!」
たまたま山菜がとられてない場所を発見し椿は小走りで向かうと草の根に足を取られ転んでしまった。それと同時にジャージのポケットに入れていたスマホが落ちてしまい斜面を滑っていく。
「あ、私のスマホが!」
「私がとってくるから椿はここで待ってて」
「ごめんね。今度カフェでおごるから」
「いいって別に。椿がこの斜面降りたら上がってこれないでしょ」
「おっしゃる通りで……」
美春は木で勢いを落としつつも斜面下って平らな道になっているとこまで降りるとスマホが落ちているのを発見した。少し傷はついてるが問題なく画面は起動し一安心。斜面をしたから眺め、到底椿が上がれるものではないとわかる。自分が降りてよかったと思い斜面を上がろうとすると、地鳴りのような声が道の奥で聞こえた。
黒いシルエットがそこにはあり、ゆっくりと美春のほうへと近づいてくる。体験したことのない異様なプレッシャーに美春は目を奪われその場から動くことをわすれてしまった。
重い足音が一歩ずつ近づき、明るい場所に出た瞬間、美春は動かなかったことを強く後悔した。黒いシルエットの正体はツキノワグマであった。大きさはおおよそ170センチ。わずかに美春より高い程度だがそれでも圧倒的な体の厚さと黒い体毛は大きさなど関係なく見たものを恐怖させる。
目には切り傷があり切られてさほど時間が経ってないことが美春でも理解できた。どうやら、予定よりも早く熊の狩りが始まり逃げてきた一頭が興奮状態で里付近までやってきた。
「登ったら逃げ切れるだろうか……。いや、もしこいつも登ってきたら椿が怖がっちゃう。それに里にも被害が」
逃げるしかない美春は後方へと走った。
「――さてさて、ちょいと観察しますかなぁ~」
木の上に誰かが潜んでおりつぶやいた。
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