第16話 想定を越えろ

 映画などにおいて侍が槍相手に無双をするシーンをみたことはないだろうか。

 かっこよく倒す姿は圧巻だが、実際のところはそんなに簡単なことではない。

 刀と槍は長さがまったく違う。さらに攻撃する際に刀は振る方向に対し助走をつけるように一度引く動作が発生するが、槍は突く動作においてはノーモーションからの攻撃を可能とする。

 それに加え刀よりも常に攻撃と防御を同時にとれる構えが基本。

 刀よりも速く動くことができる。


「東洋の剣豪の力をもっと見せてみろ!」


 刀のリーチの外から連続突きで迫るラーシュ。

 先ほどのように突きを弾き接近したいところだがさすが200ポイントをもつ敵。連続攻撃をしているように見えて一撃一撃にしっかりとわずかな間をあけることでミハルの動きを伺っている。

 ラーシュが一突きし槍を引く間に、ミハルの動き次第で次も突くか体ごとバックするかの二択を何度も選んでいる。恐ろしい集中力と観察眼。

 ミハルが攻めるならば突きが来た一瞬であるが、すでにその時点でラーシュがバックすることを決めてしまっていたならば再び刀のリーチ外へとなってしまうからだ。


「なんでさっきみたいに攻めないんだろう」

「相手の攻撃が常に攻防一体だから攻めれきれないんだ」

「でも、ミハルの攻撃も速いよ。防御される前にやっちゃえばいいのに」

「ミハルさんは確かに攻撃中に動作を変更できるくらい卓越してるけど、それは相手も一緒。踏み込み一回で距離を詰められるほどの脚力を見せられてるからプレッシャーがかかるんだ」


 堂々と一対一を申し出たミハルであったがあの先の攻防でプレッシャーは凄まじい。下手な攻撃では次こそ一撃沈められる。

 そもそも、ミハルは長物に完敗した経験があった。



 それは師範代との稽古中のことである。


「はぁ……はぁ……」


 師範代が槍を想定した棒を使い美春が木刀を使うというリーチの差を克服する名目で行われた稽古。

 何度も接近しようと試みるがその度に肩を突かれたり手首を弾かれたりとすでに疲労困憊。呼吸も荒くなり踏み込む脚にプレッシャーがのしかかり思うように動かなくなっていた。


「どうした。もう終わりか?」

「ま、まだです……」


 どれだけ叩いても諦めない美春に師範代は呆れつつも助言をすることにした。


「美春、お前はまっすぐすぎるんだ。目的に対して最短距離で行こうとしている。確かにお前の速さならそれも可能だが長物相手ではその限りじゃない」

「でも、近づかないと倒せないですよ」

「近づくなとは言っていない。近づくまでにやるべきことがあるんだ。対象を本体ではなく武器に変更しろ」

「武器に……?」

 

 師範代は武器を持つ人間ではなく武器そのものを狙うことを教えた。

 その本質的な意味をこの時の美春は理解していなかったが卓越したセンスが自然と体を突き動かした。


「武器を狙って相手を斬る!」


 師範代が突き出した棒を力強く弾くと、それを予測していたように師範代はバックする。着地と同時に戦闘態勢が整い再びリーチを生かした戦法が始まるのだが、まだ構えが完全に取れていない間にもう一度棒を木刀で叩いた。


「ほぉ、やるな!」


 二度棒を弾かれれために攻撃が間に合わず美春は一気に師範代へと接近した。


「一本もらいますよ!」


 木刀と棒が接触する音が響き床へと転がった。

 しかし、それは棒ではなく美春の木刀だった。


「えっ……」

「二度目の攻撃の際、棒を斬り上げたろ。その勢いを使って回転し逆側で木刀を弾いたんだ。槍や棒の怖いところは上下どちらでも攻撃できるところだ。それに今回は使用しなかったが点ではなく線の攻撃も可能。最後の最後で油断したな」


 師範代が延々と突きばかりしていたのはそれが最善ではなく、突き以外の攻撃への意識を反らすための動きであった。


「槍か……。でも、なんとかなるかも」

「相手の想定を越えろ。槍や棒は武器の中では変幻自在な動きで畳みかけてくる。逆に言えば想定を超えたとき、必ず隙が生まれる。そうすれば桜にも負けないかもな」


 それ以降槍を想定した稽古をつけていなかったが、このゲームの世界で再び思い出すことになる。


 ラーシュの攻防一体の型にも師範代と同じように攻める隙はかならずあるとミハルは考えた。

 むしろ、稽古中よりも体の自由が利くため想像通りの動きが再現できる。


「よーし、やるぞ……」


 ラーシュの突きが目の前に来たのと同時に最小限の動きで交わし前へ。すかさず槍を軽い斬り上げで弾くがすでにバックが始まっており着地と同時にリーチの差が発生してしてしまう。

 ラーシュが着地すると同時にミハルは再び斬り上げ。


「この程度、反動を利用して!」

「さらにそれを利用する!!」


 ミハルは振り下ろされる槍めがけて飛んだ。

 

「想定を崩すのが隙を生み出すコツ!」


 振り上げた武器の最高威力と速さは筋力と重力の影響を受けて加速する。

 そのため、発生直前のこのタイミングならばあたってもダメージは低く、弾かれた反動に対して耐える動作が入るためほんの一瞬の硬直時間が生まれる。


 本来ならここで攻撃を中止し武器を放棄したりなどするべきだが、硬直時間が生まれたということはすでに力が入っているということ。

 ミハルは簡単にやってのけたが攻撃時に動作を変更することは尋常なことではない。

 ラーシュの槍はそのまま振り下ろされる。

 

 すると、ミハルは刀で槍を強く下方向へと叩いた。

 まるでラーシュをアシストするように。

 想定を超える力が加わり制御できなくなった槍は砂埃を上げるほどの威力で地面に叩きつけられた。

 ミハルは叩きつけながら跳躍した。

 ラーシュの後頭部や背中はがら空き。宙にいる間に体重をかけた一撃を狙った。


 誰もが決まったと思ったその攻撃は意外な結果となる。


「うぐっ!!」


 鈍い音が鳴りミハルは闘技場の壁付近まで吹き飛ばれていた。


「大丈夫かミハル!」

「は、はい。でも、なにが――」


 ミハルがラーシュのほうを見るとそこには槍を地面に突き立て逆立ち状態になっている姿があった。

 ラーシュは降りると槍を肩に乗せ自慢気な表情を浮かべた。


「まさか……。さらに利用されたの」

「ご名答! 嬢ちゃんが槍を叩いたときは正直びっくりしたがなんのことはない。その力を利用して嬢ちゃんの位置まであがり蹴り飛ばしただけだ」


 確かに想定の先をいった。

 それはラーシュの発言から間違いはない。

 しかし、ラーシュはその状況で新たな攻撃方法を繰り出したのだ。


「やっぱ一人じゃダメみたいですね。マキナさん、出しゃばって申し訳ありません。一緒に戦ってください」

「もちろん。騎士と侍の合わせ技、やつに見せてやろう!」


 ミハルはマキナの手を借りて立ち上がるとお互いに小さく頷きラーシュの前に出た。


 

 

 

 

 

 


 

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