第50話 魔王は目をつぶる

「おい、ギルガメシュ。いったい何があった」


 不機嫌気まわりないというようにラエンが心ここにあらずという感じで掃除をしているギルガメシュの背中に詰問する。


「へ? なんでしょうかラエン様?」


 ラエンがその腑抜けた様子にハァと大げさなため息を付く。


「だから、何があったんだ。リーレンもお前も最近おかしいぞ」

「…………」


 ギルガメシュがシュンとしたように視線を下げる。


「別に。あっしはあっしの仕事をちゃんとこなしているだけですよ」


 その様子にラエンが余計にイラつきを募らせる。


 目覚めてすぐにラエンが目にしたのは、まだ父であるラセツが生きていた時のように、柔らかい笑顔を取り戻したリーレンだった。

 父の目指す平和な魔界に尽力を尽くしていたリーレンだったが、その父が死にラエンが魔王になってからは、その笑顔は次第に減っていった。

 貴族魔族の反発や衝突も増え最後には勇者にまでこの魔王城まで攻め込まれてしまった。

 でも自分が眠っている500年で、魔王城は再び平和を取り戻し、リーレンも昔のような感じに戻ってきたと思っていたのに。


「じゃあここ数日のあのかしこまったしゃべり方はなんなんだ」


 魔王のラエンを差し置いて、どう考えてもリーレンの方にかしこまった言葉遣いをしている。


「いや、あれが普通だと……」

「お前のいいところは、身分に関係なくズケズケと言いたいことを言える無礼な態度と、人の感情などお構いなしに、自分勝手な思い込みを平気で押し付けてくる無神経さだろ」


 ぜんぜん褒められてない、寧ろけなされている。


「そんな、あっしはいつだってお二人を思って」


 負けじと言い返す。


「ほら、そうやっていいかえす。普通の家臣なら、上がいったことはただ『はい』とだけきくものだ。『たとえ黒いものでも上の者が白と言えば白になる』それが常識だろう」

「そんな常識あっしは知りません」


 ブスッとした態度で言い返す。だがラエンは怒るどころが、フンと鼻でわらった。


「そういうところだ。なのに、おまえは……今更かしこまってどうしようというんだ」

「そんなこと言われても」

「だいたいリーレンより偉いのは俺なのに、なぜ今更リーレンに、へりくだるなら俺にしろ」

「ラエン様もあっしに頭を垂れろと」


 常識的には垂れてるのが普通だと思うのだが。


「いや、やっぱ気持ち悪いから垂れなくていい。それに俺は今は魔王でなく、ラエンだからな」


 その言葉にギルガメシュが小さく嬉しそうに笑った。


「で、何があった。リーレンがお前にそんなことを要求して来たのか?」


 ギルガメシュはそうしてリーレンと何があったかを話し出した。


 ☆──☆


「はぁ。それはたぶん、いや、絶対お前の勘違いだ」


 話を聞き終わり、ラエンが額を抑える。


「でも、ツノですよ。普通触りますか!?」


 語尾を強く言い放つ。


「まぁ、ツノの扱いは種族同士それぞれ色々思うところはあるのだろうが、普通触らないのが原則常識だろうが」


 別に触ってはいけないと教えられてきたわけではないが、食事をしないと死ぬと本能でわかっているように、ツノ持ちはむやみに他人のツノを触ったりしない。


「まだツノを持っていないならわかりますが、宰相様にもツノはあるじゃないですか」


 言いたいことはよくわかる。だが


「アイツのあれって本当にツノなのか?」


 ツノとは獣系魔族にとってはもともとは武器の一つであった。しかしリーレンの角は後方に向かって伸びている、それにあのほそさあれではいくら頭突きをしても相手にダメージをあたえることはできない。

 なら悪魔族のようなツノなのか。悪魔族にとってのツノは。武器として使えるツノもあるが、ほとんどが意味をなさないものが多い、ならば悪魔族にとってはツノとは、そうそれは美しさの象徴である。

 現に魔王のツノの先も前ではなく後ろに向けて先が向いている。悪魔族は別に角で攻撃をしたり防御したりする必要はないのだ、ただツノの形により、美形がさらに格好よく見えたり、残念になってしまったり、そういうものなのだ。

 だから攻撃のためのツノ持ちより、手入れなどは慎重で、人に触られるのを嫌悪する傾向がある。

 しかし、リーレンは特にツノを丁寧に磨いていたり、大切にしてるように見えない。


「昔から自分でやるというのに、ガシガシ俺のツノ磨きにきてたからな」


 頬を赤らめながらラエンが口を尖らしなが言う。


「アイツはツノがどんなものなのか全くわかってないんだ」

「確かに」


 ギルガメシュが深く頷く。


「だから、事故にあったと思って気にしないでくれ。俺からツノについてはもう一度ちゃんと説明しとくから」

「……へぇ。ラエン様がそうおっしゃるのなら。あっしは良いんですが」


 ☆──☆


「まさかツノにそんな意味があったとは」


 リーレンがよろめく。


「ラセツ様に肩車をしてもらった時、ちょうどよい持ち手があるといつも握りしめていたので、子供を落とさないためのつかまり棒ぐらいにしか考えていませんでした」


 確かにラセツのツノはザ鬼魔族というような、子供の手にも握りやすそうな二本の真っ直ぐな円錐のツノが頭部から少し前向きに生えていた。肩車された子供からしたらちょうどよい持ち手になるだろう。

 それはそれでどえらい限定な使い方な気がするが。

 親父も注意しろっていう感じだ。まぁリーレンは親友の忘れ形見であり、自分の子のようなものだったから、ツノを握られるぐらい気にならなかったのかもしれないが。

 それとラエンのツノは鬼魔族でなく悪魔族似なので、ツノに対する本能的抵抗感も違うのかもしれないが。


 龍神はリーレン以外出会った事がないので、どんな考え方をしてたのかわからない。でもリーレンを見る限りツノを触られることに対して無頓着な種族だったに違いない。


 そしてリーレンにとってはツノはラエンの父親ラセツとの思い出。もしかして、最近疲れていて、無意識に感傷に浸りたくなってしまったのかもしれない。


「……たまになら、俺のツノ触ってもいいぞ」


 耳まで赤くしながらラエンが呟く。


「いや、(ラエン様は間違いようがないので)大丈夫です」


 きっぱりとリーレンがそれを断る。


「──っ!! お前! 本当にそういうところだよ」


 プンプン怒りながらベッドにもぐりこんでふて寝をするラエンに、首を傾げるリーレンであった。

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