第23話 暴走

「ギル! 逃げろ!」


 はたきを持ったまま阿呆のようにポカンとした表情のギルガメシュの襟首をつかむと、宰相ははたきごとギルガメシュを廊下に放り投げる。


「宰相様!?」


 放り出されたギルガメシュは訳が分からず、それでも慌てて部屋に戻ろうとしたが、扉の前に見えない壁ができていて中に入れない。


「宰相様? どうしたんですか!?」


 見えない壁をバンバンと叩く。


「宰相様!」


 その時だった。


グルルルル

   ギャルルルル

 グルガルグルウウゥゥゥ


 地底から響くような低い低音。獣の甲高い咆哮にも似た高音。が城中に鳴り響いた。


「宰相様!!」


 その音源は確かめる必要もないほど、目の前の扉の奥、魔王の寝室から聞こえてきている。


「この音はなんですか? 宰相様! 大丈夫なんですか!?」


 何か得体のしれない魔物が入り込んだのかもしれない。それであんなに慌てて自分を廊下に──


 青い顔で壁を叩き続ける。

 すると──


「意識はあるか?」


 透明の壁の前に宰相が立つとそう問いかけてきた。


「あっしは大丈夫です。それよりどうしたんです。何かあったんですか? 魔物ですか?」


 矢継ぎ早に質問をし返すギルガメシュの、頭の天辺から足の爪先までジロジロと見まわすと、少し小首を傾げながら「大丈夫そうだな?」と言った。


「大丈夫じゃないのは宰相様です。突然なんなんですか! 説明してください」


 ギルガメシュがめずらしく強い口調で言い返す。


「魔王様がお目覚めになった。ただ魔力が暴走しているから、弱い魔族たちは魔力に充てられて魔力酔いをしているかもしれない。中には動けなくなっている魔族もいるだろう」

「えっ?」

「至急、動けるものは動けないものを助けて城の外に避難するよう伝えよ」

「へぃ。わかりました。で宰相様は──」

「私は魔力が漏れ出さないよう、この部屋に結界を張ってるから──動けない」

「そうですか、じゃああっしはちょっくら行ってきます」


 話を聞いて走りだそうとしたギルガメシュに、宰相が付け加えた。


「あと、ギルはそれを皆に伝えたら、白湯とドロドロのおかゆを作って持ってきなさい」

「ドロドロのおかゆですか?」

「そうだ、この音が聞こえるだろ」


 眉間に皺を寄せながら宰相が言った。どうやらこの地の底から響くような、地獄の叫びのような音は、魔王の腹の虫だったようだ。


「できたら声をかけてくれ」


 そう言って宰相は部屋の奥に引っ込んだのだった。

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