No.39:空気を読んでくれ


「あれ、翔じゃん」


 振り返ると、ガッチリしたイケメンがいた。

 智也だ。


「あれ、智也……」


 隣にもう一人いた。

 亜美だった。


 僕とすみかさん。

 智也と亜美。


 これは気まずい。

 新年早々、こんなエンカウントってある?


「智也と亜美も、初詣か?」

 僕が無難に切り出した。


「おう。正月特にやることもなくて暇だったし。な、亜美」


「えっ? う、うん、そうそう。二人共暇だし、初詣でも行こうかって」


 智也はすみかさんをちらちらと見ている。

 亜美はなんだか小さくなっている。


「智也、こちらがすみかさん。会うの初めてだよな。それとすみかさん、コイツが智也です。前にも何度かお話ししたと思いますけど」


「こんにちはすみかさん! 話はいろいろ翔から聞いてます!」


「智也君だね。すみかです。私も智也君のお話は、翔君から聞いてるよ。よろしくね」


 僕はそのまま別れて行こうとした。

 ところが智也が「せっかくだし、どこかでお茶でもしようぜ」と言ってきた。


 智也、空気を読んでくれ。


 でもあまりにも智也の押しが強かったので、すみかさんも亜美も行かざるを得ない雰囲気になった。


 結局4人で参道の甘味処に行くことになった。


 すみかさんと亜美は、お汁粉。

 智也はだんごと抹茶。

 僕はコーヒーを注文した。


「でも話には聞いてたけど、こんな美人のお姉さんと一緒に住んでるんだな。翔、羨ましいぜ」


 口火を切ったのは智也だった。


「そんなこと……お世話になってるのは私の方なの。家賃も安くしてくれてるし、食べ物だって……翔君、よく作ってくれるし」


「あーそうですよね。俺達が遊びに行っても、いろいろ出してくれるもんな。主に冷凍食品だけど」


「文句言うなら、食べるなよ」


「冗談冗談。ありがたいと思ってるよ」


 本当にそう思ってるのか?

 亜美はずっと下を向いたままだったが……


「あのっ!」


 急に頭を上げた。


「あのっ! この間は、その、いろいろと、すいませんでした。ごめんなさい」


 亜美はすみかさんの方に向かって、頭を下げた。


「えっ? い、いいよ、そんな。私の方こそ、後から勝手に押しかけちゃったみたいで……なんか、ごめんね」


 このやり取りだけで、その場の雰囲気が随分やわらかくなった。

 注文したものが運ばれてきた。

 僕たちは飲み食いしながら、話をした。


「えー、すみかさん、早慶大卒なんですか? すっごーい!」


「一応ね。でも今は就職浪人中。いろいろとうまくいかないわ」


「でもすげーよな。俺なんか逆立ちしたって、早慶大とか入れっこないもんな」


 この後僕たちは、例のWeb戦略プロジェクトの話をすみかさんにしていた。

 僕が撮影していた時に、智也がセリフを間違えて何回NG出したとか。

 オープンキャンパスの時に、受験生に連絡先を聞かれたとか。

 すみかさんは楽しそうに話を聞いていた。


 ひとしきり話をした後、僕たちはお店を出た。

 会計は、すみかさんが全部払ってくれた。


「一応、私が一番稼いでるからね」


 僕たちは、お言葉に甘えることにした。


 智也と亜美は、これからおみくじを引きに行くらしい。

 僕たちと別れて、神社の方へ戻っていった。

 僕とすみかさんは、駅の方へ歩いていく。


「なんだかすいませんでした」


「ううん、私もいろんな話が聞けて楽しかったよ」


 全く偶然というのは恐ろしい。


「でも、亜美ちゃんと智也くんて……そういう感じなのかな?」


「智也は前から亜美に気があったんですよ」


「うわー……翔君それ知ってたの?」


「まあ、はい。なんとなくですけど」


「うーん、本当に世の中うまくいかないね」


「本当ですよね」


 帰りの電車の中で、Limeのメッセージ着信音。

 智也からだ。


 智也:さっきはありがとな。亜美は前からすみかさんに謝りたいって、ずっと言ってたんだ。だからいい機会だと思って、声をかけさせてもらった。すみかさんにも、お礼言っといてな!


「なるほど、そういうことか」


 空気を読まなかったんじゃない。

 しっかり読んでいたんだ。

 さすがイケメンは違うな。


「どうしたの?」


「あ、いえ。智也と亜美から、ごちそうさまってメッセージがありました」


 これ以上言うのは野暮だろう。


「今日の夕飯、どうしましょうか? すみかさん、何が食べたいですか?」


「えーっと……翔君、よかったら今夜、外食しない?」


「僕はいいですけど」


「ご馳走するから」


「いやいや、さっきもみんなの分ご馳走してくれましたよね?」


「あれはおやつでしょ? それにほら、先月たくさん働いたから。お姉さん、ちょっとお金持ちだよ。ちょっとだけね」


 すみかさんはそう言ってにっこり笑った。

 ちょっとお姉さんの顔だった。


「えーいいんですか? 甘えちゃいますよ」


「うん、甘えちゃって甘えちゃって。何が食べたい?」


「うーん、回転寿司とかどうですかね?」


「あ、いいね。うん、回転寿司にしよう」


 僕たちは電車を降りた。

 家の食材が寂しかったので、まず買い物することにした。

 業スーで少し買い出しをした後、回転寿司に向かった

 回転寿司のスシジローは、サンゼリアのすぐ向かい側にある。

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